++セックスしないと出られない部屋(全年齢)/桜庭薫



「こんなのあるんだ……」

 うわあ、という声が思わず口からこぼれ出す。部屋の中には私ともう一人、薫さんだ。彼は眉間を手で押さえながら、こんな馬鹿なことがあるかと言いたげな表情をしていた。

「馬鹿馬鹿しいにもほどがある。こんな悪趣味な……」
「典型的なラブホの一室みたいな部屋、出入り口はあるけど二人がかりでもドアが壊れない。でもやったら出られるんですよね」
「君は良いのか、誰が見ているかも撮影してるかも分からないが」
「着衣だったら、まあ……」

 二人がかりでドアを破ろうとしたもののびくともせず、テーブルの上に書いてある指示書を目の前にしている。
 気がつくと部屋に閉じこめられていた。部屋に閉じこめられる前に何をしていたのかよく覚えていない。こんな部屋が現実にあってたまるか、という話なので、これは私が生み出した夢なのか妄想なのか。それにしては頬をつねれば痛いし薫さんの言動挙動が生来の薫さんそのものなのである。

「これ私たちが双方に手を合わせることがセックスであると思いこめば、セックスをしたものと見なされたりしませんか? 言葉のあやというか」
「試してみる価値はあるかもしれない」

 はいセックス〜、と写真を撮るときのかけ声のように声に出し拳と拳とをぶつかり合わせてみるものの、扉が開く気配は無い。

「社会通念上のセックスってコト?!」
「頭が痛くなってきた」

 これでは薫さんと本当に性行為をするしかないのではないか。困る、いや困るというより気恥ずかしさの方が勝る。なにせ一回行為を終えたらもう二度と会わないようなものと異なり、薫さんとはほぼ毎日と言って良いほど今後も顔を見合わせるのである。
 どうにかして傷口が浅い選択をしたいと思っているのは私だけではなく薫さんもそうだろう。
 彼はこめかみに手を当てる。

「……いったん認識をすり合わせていいですか、薫さん的にどこまでがセックスだと思います? 私は挿入したらだと思いますけど」
「加えてどちらかが達したらじゃないか。誰かが監視していたとしたら、男性が達したときの方が分かりやすいから、そちらでカウントするかもしれない」

 傷口が深まる一方だ。
 薫さんのブツを私の中に突っ込むと、そして薫さんが達せられるように私が頑張る、と。

「地獄すぎる」
「誰かがカメラか何かで一部始終を監視していたとしたら、挿入するだけで済ませると思うか? 撮れ高が欲しいだろう」
「生々しい……」
「僕は覚悟は決まった。君が嫌ならここで飢え死するのを待っても良い。嫌がる人間とはしたくない」
「マジか〜、薫さん私で興奮します?」
「するが」
「私顔綺麗すぎる人だめなんですよ、ギリギリ輝さんくらいじゃないと」
「天道に失礼すぎる」

 薫さんであれば優しく抱いてくれそうだが、今後も顔を見合わせる人間なのだ。仮に薫さんがテクニシャンで私が感じ入ってしまったとして、その喘ぎ声を彼に聞かれてしまうのか。どうでも良い下着を着ているのを見られてしまうのか、最近筋トレをさぼっていてぽっこりしている下腹部を見られてしまうのか。悩めることは様々あるが、薫さんについて考えることも多々ある。こんなツンケンしてるけどこの人私とセックスして気持ちよくなって達したんだよな、しかも結構その顔が良かったんだよな、とふとした日常のワンシーンで脳裏に浮かんで欲しくないのである。
 覚悟、覚悟か〜、とやや唸りながら部屋の中を散策する。部屋の中と言ってもほぼラブホテルのひと部屋と言った具合で、ダブルサイズのベッドが一台、入り口の近くには水回りがある。あとはコンドームがチェストの上に何個か置かれており、引き出しの中にバイブやローターと言った大人の玩具が入っていた。それらを全部ベッドの上にひとまず広げた。まさにヤるだけの部屋である。
 広げたそれらはどれも新品のようだ。使用感があっても嫌だが。ピンク色の丸いフォルムのそれを手慰みにつついてみる。彼はほとほと呆れたようにその積み上げられたアダルトグッズを見た。何回戦させるのかという話だ。

「ローションある」

 蓋の部分にビニールがついているので、封が誰からも切られていないものだ。
 最悪これを膣の中に突っ込んで、適量入れたところで好きに挿入して達して貰えばいいか、と考える。どのみちやることをやらなければ出られないのだ。私の見られると辛い部分は薫さんに目を瞑ってもらい、出来る限り肌が見られないよう声を押し殺して行為に及べば双方気まずいことにはならないかもしれない。
 これ使いますか、とピリピリと封を切ると、薫さんは目を反らしながら否定の言葉を述べる。

「いや……」
「ローション嫌なんですか、じゃあ私自慰するので後ろ向いててくれますか?」
「そうではなくて……」

 沈黙。
 彼が何を意図して言葉を発したのか分かりかねる。
 そもそも薫さんは私とそういった行為に及ぶのは良いとも悪いとも言っていないが、私に興奮出来ると言った。ただローションを使うのは嫌だ、私が自慰をして事前に濡らした状態にされるのも嫌なのだと言う。後者の私の自慰が否定されたことにより、彼がローションに何らかのアレルギーを持つという線も否定された。つまり前戯をしたいということである。

「仕込みからしたいってこと……?」

 沈黙される。
 彼の目は反らされたまま。やや泳いでいるようにも見える。心なしか首や耳も赤い。目は口ほどものを言うということわざのとおりである。
 前戯をして私が感じ入ってあまつさえアンアン喘いでいる姿がわざわさ見たいということで合っているのだろうか。頭が痛くなってきた。
 情事前にこんなことを聞くのは情緒が無いことが分かっているが聞かなくてはならない。今後の仕事を考えるとそれもまあ頭が痛い話だが、ここではっきりしないまま行為に及ぶというのもそれはそれで影響があるだろう。
 
「薫さん私のこと本当に好きなんですか」
「好きだが?」
「そんなややキレながら言われても」
「君が、部屋がとてつもなく汚かったとしても、歯を磨くのを忘れて眠ることがあったとしても、風呂に何日も入らない時があったとしても、」
「いつも部屋荒れてないし、毎日忘れてるわけじゃないですけど?!」

 本当に失礼な話である。
 なぜこんな人を好きになったのか分からないとでも言うように、薫さんがぎゅっと目を瞑ってむちゃくちゃになった表情で言うので、思わず大声で言い返す。
 着ているワイシャツや持ってくるハンカチはいつも皺一つなくピンとしている几帳面で、必ず入浴後就寝しそうで歯を磨かず寝るなんてもってのほか、常に部屋が整頓されている世間一般的に正しい生活を送っていそうな薫さんからすれば、歴代好きになった方の中で私は相当外れ値なのかもしれない。
 薫さんが私の手を柔らかく包む。指、結構太いかも。きれいに切りそろえられた桜色の爪、なめらかな指先はよくケアをしているからだろう。顔がほんのりと上気している。のぞき込むように私を見る。

「……正直僕は、これが好機だと思っている」

 ドッ、と心臓がいやに跳ねた。なんなんだこの高鳴りは。熱が私にも伝播して、肌の赤みが徐々に広がっていく。顔が熱い。脳みそも沸騰しそうだ。
 お互い何の感情もなしにただ互いの性器をすり合わせて挿入して生理現象で行う性行為と、大鍋から溢れ出そうなほどの愛情を浴びてする性行為じゃ勝手が違ってくるだろう。私に愛の言葉を囁いて、よがりながらセックスをする彼の姿を至近距離で聞かなきゃいけないし見なきゃいけない。

「君は僕たちのことを恋愛対象として見ていない。小さい事務所の中でそうなってしまえば、仕事がやりづらくなるのは一緒だろう」

 ただこのセックスをしなくては出られない状況下であれば不可抗力で出来る。
 するりと薫さんの手が私の頬に、耳たぶに触れる。私の顔が熱いせいで、薫さんの手が冷たく感じる。空気に充てられたのか潤んだ目でしっかりと見据えられて、今度は私が視線を反らす番だ。
 好きか嫌いか、間違いなく好きだ。セックスが出来るか出来ないか、出来る。ただ今後の業務上の付き合いを考えるとしたくないというだけで、それを抜きにすれば、彼の見た目は魅力的だ。魅力的すぎて、自身の不完全さがいたたまれなくなるが。

「えっと……、します……?」

 ごくりと生唾を飲み込む音がした。




20241206


- 139 -

*前次#
ALICE+