++火照る/山下次郎



 アイドルの体調を気に掛けるのもプロデューサーの勤めだと思っている。昨日の撮影は水を使うもので、冷え性のきらいがある山下さんには辛そうだと、温かい飲み物やカイロを準備したのだけれど、どうやら風邪を引いてしまったようだった。
 ごめん名前ちゃん、身体だるくて、今日の仕事無理そう……、そう連絡が来たのは朝の9時前のことだった。少しこもったがさがさの声だ。10時からのお昼番組の生放送のために1時間前に集まった舞田さんと硲さんが居る時間に連絡が来たのは本当にタイミングが良かった。その場で山下さんに何か欲しい物は無いかと尋ね、彼がよく服用している風邪薬の確認を取る。番組のプロデューサーに山下さんが体調不良で生放送に来れないことを謝罪した。そのあとにスケジュールを再度確認。今日の仕事が生放送とレッスンであることに感謝しつつ、後のレッスンの先生にも山下さんが体調不良であることを伝える。
 それから生放送の途中まで彼らを見守りつつ、必要な物を買って山下さんの家に着いたのは10時半も回った頃だった。
 何かあったときのために鍵は一応持っている。途中で電話が切れてしまったが、山下さんにも家に行きますと連絡したし、大丈夫かな、と思いながらインターホンを押した。

「出ない……」

 やむを得ないので合鍵を使わせて貰おう。私はがちゃりと鍵を差し込んだ。舞田さんや硲さんと一緒に、何度か山下さんのお部屋にお邪魔したことはあるけれど、一人で行くというのは初めてだった。
 お邪魔します、と小声で言いながら、慎重に彼の部屋に入る。いつも見ている部屋とあまり変わらない。閉め切った部屋のドアを開ければ、布団にまるまっている山下さんの姿があった。顔は赤く、周りにゴミ箱に捨てる前に力尽きたであろう使い終わったティッシュが錯乱していた。
 彼の熱を測るために、首筋に手を当てると、その熱さに驚く。彼の方も私の手の冷たさに酷く驚いたようで、びくりと身体を揺らした。

「……名前、ちゃん?」
「薬と、スポドリと、あと簡単に食べられるもの持ってきたんです。薬飲みましたか?」
「まだ……」
「汗でべたべたしません? 使えるタオルって、」
「洗面所のところ……」
「了解です。お水とかも借りますね。喉も渇きしたよね」 

 山下さんが頷く。
 布団近くの机には空になったコップ。きっと最初なんとか汲みに行けたけど、熱が上がってそれも無理になったのだろう。私は彼をどうにか支えながら上半身を起こさせた。そしてコップに買ってきたスポーツドリンクをいれた。
 山下さんに持たせて、まず飲むように促す。ごめん、と彼が言いながらそれを飲み始めた。
「これお金とかって、」
「今はいいですから。治ってから。もう少し飲みます?」
「飲む……」

 とぷとぷとコップに注いだ。次にタオルを水で濡らして、あとは買ってきた茶碗蒸しをレンジで温める。
 人肌程度に温かくなったタオルで彼の顔や首を拭う。背中に添えた腕が、彼の体温を吸収して熱すぎるぐらいだ。熱がずっと高いようだったら、病院の受診も考えなければいけない。そのまま、タオルは彼に手渡して冷えピタを額に貼る。
 ぐらりと山下さんの体が傾げた。山下さんの背に腕を添えていた私も、それに釣られて体が地面に吸い寄せられる。

「山下さん、大丈夫ですか? 辛いなら病院受診しに行き……」
「名前ちゃんさあ、」

 呼気が荒い。
 男の部屋にのこのこ一人で来て、大丈夫だと思ってんの?
 絡んだ指が、彼の熱を伝えてくる。じんわりと汗ばむぐらい熱かった。それが私の体温をも変えるようだった。一気に顔が赤くなるような感覚さえあった。
 一筋に私を見ている。いつものへらへらと笑うような目じゃなくて、真剣で、それが私を酷く混乱させる。絡んだ熱い指に力がこもった。彼の身じろぎする音でさえ脳髄に届くようだ。名前ちゃん、私の名前を彼が呼ぶ。掠れた甘い声。それに体の機能が全て停止してしまったように動けなくなってしまう。もう片方の手が私の頬を撫でる。ゆっくりと山下さんが微笑んで、呼吸だけに使われた唇をゆっくりと開こうとしたとき、くしゅん、と山下さんが目を反らして横を向いてくしゃみをした。少しだけ気まずい沈黙が続く。

「あーもう、格好つかない」
「病人は黙って看病されててください」

 山下さんが広げた手で目を押さえながらそう言った。私はするりと彼から離れて、おかゆなら食べられますか?、と問いかける。それに彼が頷いたので、台所と食材借りますね、と台所に向かった。
 卵と味噌と葱のおかゆがいい。山下さんがそう小さな声で私に訴える。
 私の心臓は、ばくばくと大きく脈打っていた。






お題箱より。大人の色気を出してくる山下次郎。


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