++繋ぎとめる



 街に出てみても、あまりにも代わり映えしなくて気が抜けた。少しだけいつもと違うことと言えば、行き交う人たちが私の身体を通り抜けていくことだろう。最初こそえも言えぬ変な感覚が身を包んだけれど、5分もすれば慣れてしまった。
 今頃、私の身体は何をしているんだろう。先週の桜庭さんが出演されたドラマの患者役の人みたいに、腕に点滴の針を刺されて、隣には心拍数と血圧を測る機械が置かれて、酸素マスクを付けられてベッドに横たわっているのだろうか。我が身のことながらあまりにも現実感がない。私自身がその私の身体を見ていないと言うことが原因だろうけれど。
 
「──すごい、目立つところで宣伝してくれてる」

 駅構内の壁面に貼られた、お菓子の広告。プレッツェルにチョコレートがコーティングされたおなじみのお菓子。先々週ハイジョーカーの面々で撮影をして、それの見本が届けられたのが五日ぐらい前。パッケージごとにイメージキャラクターとして各々撮影したのだけど、それがはまり役だと昨日見たSNSで話題になっていた。現物を見る時間が無かったのだけど、ようやく対面できた。屈託の無い笑顔を見せる秋山くん、ちょっと意地悪にポッキーを差し出す冬美くん、大人な雰囲気の榊くん、柔らかい笑みを浮かべた若里くん、そして一番はっちゃけた姿を見せる伊瀬谷くん。隣では、やっとみつけた!、と女子高生二人がぱしゃっと写真を撮っていた。
 そのまま構内を見て回る。アスランさんと東雲さん考案のコンビニパスタとスイーツのプロモーション、フレーム三人の公務員についてのポスター、今期のワールドカップの応援サポーターとなるダブルの広告、セムの学習塾の広告も目立つところに貼られてある。周りを見回すと、うちのアイドルの広告でいっぱいだった。それらを眺めながら、外に出る階段を昇る。
 最初は小さな事務所からの出発で、業界に名前も無く、色々と苦労したこともあったけれど、こうやってうちのアイドルたちが着実と世間の目に触れている、その事実を確認すると、誇らしくて嬉しくてしょうがない。彼らはこれからもっと活躍していくんだろう。
 人混みの中をかいくぐって、街頭ディスプレイの前に辿り着く。そう言えば、先週から、この前行われた全ユニット参加のライブDVDのプロモーションを流すという広告の契約をしていた。道路の真ん中、私はディスプレイを見上げる。最初の頃は本当に事務所が回らなくて、広告を出すのにも資金繰りが難航したし、営業に行っても良い返事が貰えないことがたくさんあって、泣きそうになったときもあった。それでもプロデューサーの私だけじゃ無くて、山村くんももちろん社長も、そしてアイドルの皆一丸となって歩んできた。その努力が今実って、色んな番組に、広告に、イベントに出させて貰っている。彼らはこれからも続いていく。そこでふと、だけど私は、もうここで終わりなんだ、そう思ってしまった。ここで終わりだ。彼らと一緒に、歩むことができない。無いはずの心臓がぎゅっと締め付けられた。隣で彼らをプロデュースするのは私では無い誰かになる。彼らの一番近くで、彼らを見ることはもうできない。ようやっと湧いてきた死の実感に、乾いた笑い声が出る。ああ死にたくないなあ、ぽつりと声が出てしまった。
 かさかさ、と何かがまとわりつく。何だろうと手を払うけれどそれはすり抜けていくだけだ。私の頭にがさがさと付きまとうのは、一片の白い紙だった。人型をしているその紙に見覚えがある。まさかとくるりと振り向くと、直線上に、見えた。あんなに身長が高い人が居て、目立たないわけが無い。淡い髪色、装いからたぶん撮影の現場からすぐに来たのだろう。葛之葉さんだ。葛之葉さんは私を見つけると長い足をコンパスのように動かして距離を詰めていく。私が見えるのだろうか。それにあんぐりと口を開けていると、間抜け面とでも言うように彼がくつくつと喉で笑ったような気がした。

「……葛之葉さん?」
「お前さん泣いていたのか?」

 彼は真っ直ぐと私の元に来ると、私の目元に触れた。触れたと言っても、それは通り抜けてしまうのだけど。独りでに出ていた涙を拭って、ちょっとだけ、と無理に笑った。

「とにかく時間が無い。急いで戻るんだ」
「戻るってどこに……!」
「病院に決まっているだろう。時間が経てば経つほど戻るのは難しくなる。お前さんがほっつき歩いているもんだから流石に探すのに骨が折れた」
「戻るって、私死んでるんじゃないんですか?」

 彼が触れられもしない私の手を引っ張って駅へと逆戻りする。私はそれにつられて半ば走りながら彼に着いていく。彼自身の歩幅と速さのままに歩く姿を見るとだいぶ余裕がないようだった。そのまま急ぎ足で裏口の、病院がある方に向かう。

「……名字、お前さん、自分が死ぬところを見たのか?」
「いやだって頭打ってましたし、救急車に運ばれてましたし、そもそも今私魂抜けてるじゃ無いですか……!」
「桜庭と医師の診断は聞いたか?」
「いやもう死んでるからいいかなって、聞く前に病院出ました……」
「お前さんなあ……」

 そもそも死んでいる人間が長々と医師の診断を受けるはずが無いだろう、と彼が言う。

「今のお前さんの身体の状態を説明すると、頭を打ったことで意識が無い状態ではあるが、脳に目立った外傷は無い。念のため集中治療室には居るが、ほぼ気絶しているのと同じだ」
「私、生きてるんですか……?」
「ああ。心拍数も正常だし、脳波も安定している。ただ、お前さんの魂が身体から離れたことで身体の機能が弱まっている」
「戻れば、また普通に生活できるんですか……?」
「ああそうだ。ただ身体と魂が離れた時間が長すぎると戻ることができないことがある。おそらくまだ許容範囲だろうが、早く戻るに越したことは無い」

 病院が見えてきた。彼は急ぎ足で自動ドアをくぐって、そのままのペースでエレベーターへと直行する。それに着いていくのに必死だった。つんとした消毒液のにおいがする。途中それにびっくりとした看護師さんと通りかかって、私は申し訳なく頭を下げた。迷わず4階のボタンを押す。ぽん、と音が鳴る。彼は集中治療室、との表示を確認するとその方向に歩みを進める。
 集中治療室は大きな扉の先にあるらしかった。彼は手慣れた動作で、内線の電話をとって、315プロダクションの葛之葉です、名字さんとの面会希望です、との連絡を入れる。するとドアが開いた。彼は大きな手にアルコールをふきかけて手に馴染ませると中に入っていく。私もそれに着いていく。
 集中治療室に初めて入った。看護師さんが忙しなく働いている。監視モニターが至る所にあった。葛之葉さんは私がどこに居るのか完全に把握しているようだった。色々なコードが床にくっついている。病室は円状に配置されているようだった。葛之葉さんが向かう方向に、名字名前と書かれた名札が差し込まれていた。明け放れた中を覗く。そこには今日オフの、もう仕事が終わったと思しき何人かが居た。
 ドラスタの皆さんが全員揃っている。桜庭さんがモニターを見てぐっと唇を引き結んでいる様子が見えた。伊瀬谷さんが私の手を握っている。こんな狭い病室の中で大の男が何人も居ると笑ってしまいそうだ。

「……戻ればいいんですか?」
「ああ、」
「私戻り方分からないんですけど……」
「触れれば戻れる」

 ごくりと唾を飲み込んだ。彼がこくりと頷く。それを合図に私は一歩、また一歩と自身の身体に近付いていく。伊瀬谷さんの隣に立って、まず自分の手に触れると、吸い込まれていく。驚いて彼を見るとこくりと頷いた。どうやらこれでいいらしい。安心感というか懐かしさが身を包む。


・・・


 瞼の裏が赤い。ぴっぴっという電子音が隣で聞こえる。右の手が握られている感触がする。蛍光灯の光にまぶしさを感じながら、私は徐々に目を開いた。ぴくぴくと瞼が動く。

「──名前ちゃん!」

 名前ちゃんの瞼動いたっす!、と四季ががたんと椅子を揺らした。それにんん、と声を上げる。

「うわあ、戻って来れた……」
「今看護師さん呼びますね!」

 ぷよぷよとしたベッドにそわそわする。私が起き上がろうとすると、桜庭さんが制した。安静にしていろとのことだ。はあ、と四季の隣に移動してきた葛之葉さんを見遣る。すっかりと安心しきった彼の表情に笑みが漏れた。大変だったんだからな、という彼のぼやきが聞こえてくる。

「もう皆心配したんっすよ! 名前ちゃん意識不明で、オレすごい不安で、集中治療室なんて入るの初めてだし、もうこのまま名前ちゃん死んじゃうんじゃ無いかって思って、」

 良かった〜!、と伊瀬谷さんががばりと抱きつく。おい怪我人に、という桜庭さんの言葉もなあなあに、ぐすぐすという鼻を鳴らす音が聞こえた。

「俺たちも肝が冷えたよな。頭ぶつけて意識が無くなって救急車だろ?」
「本当に桜庭さんありがとうございます……」
「当然のことをしたまでだ。…………なぜ君は僕が処置を行ったことを知っているんだ?」

 桜庭さんが不思議そうにそう尋ねる。あっ、と思うのも束の間、看護師さんがいらっしゃったので、その話は一旦打ち切りになる。後ろで雨彦さんがふっと笑っている気配がした。






20180128


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