++二人分の体温/渡辺みのり


プロデューサーというよりマネージャー寄り



 雨足が不穏だ。近くからは雷がごろごろと鳴り響く。帰る頃には止んでるといいんだけど。
 カメラ特有のカシャリという電子音とフラッシュが連続的に場に残る。カメラマンと複数のアシスタントの中央に居るのは、我がプロダクション期待のアイドル、渡辺みのりだ。最近はユニットのお仕事だけではなく、個人でのお仕事も増えてきた。最近ではピエールさんは遊園地のパンフレットだとか、恭二さんは上背もあるしスタイルもいいから雑誌モデルとか。みのりさんも大手花卸売り店の母の日のポスターだとか。三人とも個人でのお仕事はもっぱら紙媒体だったのだけれど、今日は初めてのCMの撮影だった。
 視線もうちょっとこっち、そうカメラマンに指示されるとみのりさんの視線の先がすっと変わる。現在はCMを取り終えて、雑誌に載せる広告の撮影だけれど、いつものふわふわとした彼では無く、表情が獰猛な一人の男という感じがしてとても心臓に悪い。
 この仕事のオファーが来たのはおよそ二カ月前ほど。Beitのテレビでの出演が増えてきた頃だ。テレビでの彼の艶やかな髪を見た企業側が直々に渡辺みのりが良いのでは無いか、と提案してくださったのだ。
 水に濡れた髪の毛をかき上げ、普段しっかりと衣装に身を包み露出などほとんどしない肌が、薄いシャツにぴったりとくっついているせいで間接的に見える。みのりさんは男性にしては華奢な印象があるけれど、こうやって眺めていると全身に程よく筋肉がついていて、均整な体つきをしていると思ってしまう。特に体を見せる仕事をしているからか、二の腕や胸、お腹の筋肉はしっかりとついているし、普段彼の穏やかで柔らかい雰囲気や姿を見ているせいでその男らしいギャップはくるものがある。

「――じゃあ今日の撮影はこれで、」

 広告の総プロデューサーのその一言で場の張りつめた雰囲気が一気に解れる。みのりさんは現場の面々に挨拶をし、私もそれに続く。その際にいいものが出来そうだ、と担当のプロデューサーさんから言われて、自分のことでもないのにとても誇らしく思えて、プロダクションでも随一ですから、とそのままBeitや他のアイドルについて話していると、隣の彼がくしゅんとくしゃみをしたので、互いに握手をして次のお仕事でもぜひ、と言い別れる。

「みのりさん、お疲れ様です」
「名前さんもお疲れ様」

 撮影が全て終わったので、スタジオを出る際に再度挨拶をして、控室へと向かう。
 みのりさんにバスタオルを手渡す。彼はそれで髪をわしゃわしゃと拭いた。彼が十分に拭くことが出来ない背中にタオルを押し当てる。

「今日の俺、名前さん的にどうだった?」
 
 彼が少し不安げに私にそう尋ねる。みのりさんは趣味でアイドルが好きということもあり、見ている人がこうしてほしいという部分を上手く突いて来るあざとさみたいなものしっかりと心得ていると思うのだけれど、やはり自分が周りからどう思われている、見られているかというのはかなり気になるようだった。

「さいこうでした!」
「いっつも名前さんそれしか言わないからなあ……、本当にそう思ってる?」
「もちろん! それにみのりさん、自分がだめだったところは自分で分かってるでしょう? 私が言わなくても大丈夫だって知ってます」
「うーん、嬉しいような、ちょっと悔しいような、複雑……」
「ちゃんと褒めてますよ。みのりさんの意外な一面も見れましたし」

 意外な一面って?、と彼が尋ねたところで控室に着いてしまった。時計を見れば夜の9時も上回ったところだ。事務所に着くころには11頃になってしまうかもしれない。流石に彼の着替えているのを見ているわけにもいかないので、社用車で待ってます、と伝えてその場は別れる。


・・・


 シャツに黒のチノパンというラフな格好だけれど、顔とスタイルが良い人は本当に何を着ても似合う、という感想しか思い浮かばなかった。今日は結構な労働だったし私も疲れているのかもしれない。みのりさんが車に乗り込んで、シートベルトを付けたことを確認してから発車させた。外に出てみると、案の定土砂降りだった。

「名前さんの運転って丁寧だよね」
「そりゃあ、運転得意な人隣に乗せてれば、もう緊張しすぎて丁寧になりますよ……」
「えー、俺そんなに運転得意じゃないんだけど」
「特技、運転中の抜け道探しって言ってる人が得意じゃないって言うの信じませんからね」

 サイドミラーで彼の表情をちらりと見れば、そんなことにのになあ、と穏やかに笑っているのが見える。
 雨がフロントガラスを叩く音と、スピーカーから聞こえてくる新しいシングルの曲。彼がそれを口ずさむ。ワイパーが右に左とカシャカシャと動く。車の中ってこんなに狭かったっけ。信号待ちの最中、隣にいる彼との距離感がとても小さいように思えて、少し縮こまるけれどその距離が遠くなることはない。

「名前さん、さっき聞いたことの続き教えて?」
「えー今聞きますか?」
「うん。今聞かないと忘れちゃいそう」
「車運転してるときにお喋りしたら、ハンドル操作誤りそうで怖いんですけど……」
「その時は、ハンドル代わりに握ってあげるから」

 ね、お願い、と言われて私は思わず言葉を詰まらせる。彼が私の横顔をじっと見てくる視線に耐えかねて、渋々と口を開いた。

「すごい、失礼かもしれないんですけど、」
「うん」
「みのりさんっていつも見てる感じだと穏やかで優しくて、男性にしては華奢な感じがするなあって思ってたんですけど、今日の貫くような獰猛な視線とか、……あー、やっぱり恥ずかしい」
「恥ずかしくないから続けて?」

 私が恥ずかしいんです!、と彼に言えば、大丈夫大丈夫、俺しかいないからとフォローにも何にもならない言葉が返ってくる。こんな言葉を本人相手に投げかけてしまうことがもう恥ずかしくていたたまれないのだけれど。耳が赤くなっているような気がする。顔が熱い。彼はそんな私の反応を楽しむように催促した。

「あーもう! 普段は見えない筋肉だとか、とても男らしくて、もう今日は更に艶やかな感じが増してて、すごい心臓に悪いと思いました! 以上です!」
「名前さんもドキドキした?」
「しましたよ、私でもすごい心臓に悪いと思ったのでこれ雑誌買ったファンの子たちは瞬殺だと思います」
「そっかあ……」

 みのりさんの表情がとても嬉しそうだ。
 とても恥ずかしくて思わずひー、と言ってしまう。みのりさんはたまにこうやって意地悪なことをしてくるのだ。事務所で隣で歩いている時に何気なく指を絡めてきたり、彼の飲みかけのコーヒーを間違えて口に含んだ時にぽろっと間接キスだね、と言ってきたり。それが私をからかうのが楽しいから、というのは重々承知なのだけれどもう心臓に悪くて仕方がない。今日もやられた!、と私が憎々しく思っていると駅が見えてくる。

「今日も駅までで大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫、ありがと……?、」

 駅前のタクシー乗り場が傘を持った人で溢れかえっている。いったいどうしたのだろう、と思っていれば彼がスマートフォンで調べていた。

「雷、大雨注意報で電車運転見合わせだって」
「家まで送りましょうか?」
「名前さんは?」

 乗用車降り場を通り過ぎて、とりあえず彼の家、事務所の方面へと車を走らせる。一応何度か彼の家に送り迎えをしたことがあるから場所は何となく分かるのだけれど。細かい道順は分からないかも、まああとで彼から教えて貰えばいいか。そう思いながらウィンカーを出した。

「私ですか? みのりさん送った後に事務所戻って、ソファで寝ます」
「それじゃあ俺も事務所で」
「何言ってるんですか」
「名前さんだいぶ疲れるでしょ? さっきからちょっと白線飛び出そうになってるし。俺に運転代わってくれるならいいけど」
「いやそれ本末転倒じゃないですか、私がみのりさんに送り届けて貰ってどうするんです……」

 疲れているときの運転は事故を招くし、一人で事務所帰ってる時に事故になったら嫌だし。そう隣からガミガミと言われるのに反論も何も出来ないのが私だ。今ようやく軌道に乗り始めた315プロダクション。その職員である私が事故でも起こして死んでしまったら、もっと最悪なのは人を轢いてしまったりなんかしたらプロダクションの勢いを損ねてしまうんじゃ無いか。みのりさんのその言葉に左右されて、反抗の余地がありそうだけれど、疲れ切った私の脳みそは彼の言葉にだいぶ従順になっていて、車を事務所へと向かわせていた。


・・・


「私椅子繋げて寝るので、みのりさんソファどうぞ」

 身体が資本のお仕事をしている彼にはきちんとした休息をとって貰わなければ。確か明日、彼は朝早くは無いけれど、Beitのメンバーとの撮影があったはずだ。そのためにきちんとした休息をとって貰わなければいけないと思いながら、手持ちのタオルとブランケットを使ってどうにか居心地の良い寝床を作っていると、みのりさんが駄目だよ、と言った。

「名前さんこそソファで寝るべきだ。俺たちのスケジュール管理から車だしまでしてくれているんだし。名前さんが風邪でも引いたり体痛めたりしたら、俺たち仕事できなくなっちゃう」
「アイドルは身体が資本! 駄々こねてないでさっさとソファで眠ってください! みのりさん明日も11時から雑誌のグラビア入ってるでしょ」
「それ以上に名前さんも大変なんだから」

 俺が床で寝るなり椅子繋げて寝るなりするから、名前さんはソファで寝て。みのりさんが私の腕を引っ張る。時間は12時を上回っている。シャワー室あるなら仮眠室も完備してよ。私はもう眠さで限界なんだ。紳士なんだか駄々をこねる31歳児なのかどちらかは分からないけれど、強い力であれよあれよという間に引っ張られて、ソファにぼんと座らされる。ぽんぽんと降ってくる毛布。流石にそれには抗わずにはいられなくて立ち上がる。

「私は替えがききますけど、みのりさんはみのりさんじゃなくちゃ駄目なんです。撮影でくたびれた姿見せてファンの方々心配させてしまったり撮影滞ったらいやでしょう? もう駄々こねないでソファで寝てくださ……」
「それじゃあ二人ともソファに寝れば問題ないか」

 立ち上がった私の肩を軽く押してソファに逆戻りさせてから、彼が隣にとすんと座る。毛布を自身と私の肩にくるくると巻くようにかけて、リモコンで電気を消した。寒いだろうと思って入れた空調の音と雨が強く窓を叩く音が聞こえる。彼が呼吸をする音、心臓がゆったりとした速度で脈打っている音、唾液を嚥下する音。彼は私の頭に自身の頭をもたれかけさせるような姿勢になる。

「……問題大有りなんですけど」
「名前さん食い下がってくるし、俺だって譲れないし。これなら二人でソファに眠れるから一件落着」
「一般的に考えて、男女が一緒に眠るって駄目だと思うんですけど」

 もぞりと彼が腕を動かして、私の肩を抱き寄せる。すると私の体勢もずいぶんと楽になって、彼の胸に寄りかかる形になる。胸にしっかりと筋肉がついていることも、彼の体温が存外に温かいことも知ってしまった。ふと、今日の撮影で見た彼の身体を思い出して、頭に血が上りそうになる。だめだ、そのことは考えるな。私は彼の胸に顔を押し当てて、それも彼の甘いような、だけれど男の人らしいにおいが肺の中に入ってきて顔が熱くなっていくのを感じるのだけれど。
 雨足が激しい。ぴかりと雷まで落ちて、その後何秒か置いてから地響きで揺れる。

「俺が雷が怖くて、名前さんに一緒に眠ろうって懇願したことにしてくれていいよ」
「プロフィールに怖いものは雷って付け足しておいてくださいね」
「うーん、善処します」

 彼がくすくすと笑った。二人分の体温が溶けて、温くてまどろみが加速していく。名前さんって体温高いんだね、彼の低い声が直接聞こえてくる。







20170415



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