++死が二人を別つまで/桜庭薫






 君が死ぬ夢を見た。

 ここはどこだ。冷たい大理石にこつんこつんと足音がいくつも聞こえた。皆一様に喪服を着て、さめざめとその場に立っている。焼香のにおいが鼻につく。ぞろぞろと葬儀会場の中から出てくる人の群れにどうにも既視感がある。ああそうだ、姉の葬儀だ。
 こんなに若いのに×××ですって、そんな声が隣から聞こえて、はたと振り向く。これは誰の葬儀なのか。何人かの男性たちが棺を霊柩車に運んでいく。××さんお気の毒にね、後ろからそんな声が聞こえた。霊柩車に乗る人が抱えた遺影が、一瞬こちら側に向けられ、見えた。よく見慣れた姿だ。いつ撮ったのだろう。笑顔で、よく見せる笑顔の、それは紛れもない彼女の写真だった。



 心臓がうるさいくらいに鳴っている。どくんどくんと静かな部屋の中で響いているようにも思えた。震える息を吐き出す。どうにも、どうにも嫌な予感がした。
 ベッドサイドに置いた眼鏡を手に取り、冷たいフローリングに足の先をつける。どちらも不規則な生活だ。寝室は別にしようと決めていた。時計の秒針が進む音と、床がきしむ音。焼香のにおいが、夢にしか過ぎないそのにおいが鼻先にこびりついている。唇が乾燥している。真っ暗闇の中でひたひたと歩を進めた。
 彼女の部屋の扉を開ける。どくりどくりと心臓がうるさく鳴っている。彼女を最後に見たのは、たった数時間前だ。いたって元気で、変に体の不調を訴えることもなく、けらけらと笑っていたじゃないか。横になって布団に丸まっている彼女の髪の毛を横に流して、恐る恐る首に手をあてた。脈がある。はあ、と息を吐き出した。生きている、その場に崩れ落ちそうだった。

「……薫さん?」
「すまない、起こしたか」

 薫さん、泣きましたか?、するりと僕の目元を拭った彼女がそう尋ねた。君が言うならそうなのかもしれない、と返答する。

「君が死ぬ夢を見た」

 名前は少しびっくりしたように目を開いて、そうして、そこは寒いだろうから、と僕をベッドの上に座らせる。

「てっきりわたし、ころされるのかと。首、しめようとしてるし。もしかして脈はかろうとしてました?」
「……ああ」
「だいじょうぶですよ、わたし、そんなに簡単には死んでやりませんから」

 ばさりと彼女が僕ごと布団に包んだ。う、寒い、と呻くように笑いながら。そうして垂れた僕の頭を心臓の音をよく聞かせるためなのか、抱きしめた。とく、とく、と心臓が動く音がよく聞こえた。ね、動いてるでしょ、と眠そうな声で彼女が言う。

「ねえ、薫さん」
「どうした」
「一緒に、ねむりませんか?」

 寒いので、と付け足す。湯たんぽ代わりか、と返答すると、そうです大人しく湯たんぽになってください、と彼女が言った。大して僕も温かくはないだろうに、シングルベッドをぎゅうぎゅうにさせながらぼすんと倒れて横になる。

「薫さんさむい。もっと上にきて」
「あ、……僕の腕枕は高いからな」
「高さありすぎて首痛くなりそう。やっぱいらない」
「この贅沢め」

 小言を互いに挟みながら、微睡んでいく。とくんとくん、と2つ分の胸の鼓動が耳によく響いた。
 ふと、頭によぎる。僕一人が蚊帳の外で居た彼女の葬儀の夢だ。棺を運ぶこともなく、位牌や遺影を持つことも無かった。姉の葬儀でおぼろ気ではあるが、その順序はよく知っている。持つことができるのは故人の親族や、近しいひとからだ。彼女が病に倒れたときもそうだ。親族が、その次に親交のある者が優先される。もし、もしもの話だ。考えたくもないことではあるが、彼女が危篤になったそのとき、すぐさま駆けつけるには、僕の身元があまりにも不安定だ。婚姻関係ではない。僕たちを結ぶものはなにもない。彼女の最期を看取ることができないし、同じ墓に入ることもできない。このまま法的な関係を結ばなければ、他人のままだ。紙切れ一枚、たかが紙切れ一枚で僕らの関係が明白になるというのなら、何を後込みする必要があるだろうか。目の前の人間が、明日命を落とすかもしれない。そんなことを誰よりも近くで見てきたというのに。

「結婚、しないか」
「んん?」
「結婚しないか、と言っているんだ」
「冗談ですか?」
「こんな冗談を言う人間に見えるか」

 結婚をするにはまだ早いと思っていた。僕はアイドルであるし、彼女は働くことの方が楽しいと常々口にしている。この生活の体制は変わらないにせよ、同じ生活が出来るかということについては疑問が残る。僕は近いうちに結婚の報告をしなくてはならないだろう。そうなれば事務所としての損失は少ないとは言えない。彼女もその補填に追われる日々が続くだろう。それでも僕はしたいと思う。彼女と、結婚を。
 沈黙が永遠のように思えた。まさか寝てしまったのではないか、と恐る恐る名前の顔を覗こうとした。

「あした、」

 もぞもぞと彼女が腕の中で動いた。これが夢じゃなかったら、言葉を続ける。あさごはんたべてから、婚姻届、だしにいきましょう、と。







20190206






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