++お揃い




 鈴木さんこちらの現場にもいらっしゃったんですね、と声をかけてきたのは315プロダクションのプロデューサーだ。315プロダクション、最近メキメキと業績を上げている事務所の一つでなんと言っても売りは、多彩な経歴を持つアイドルが多数在籍していることだろう。バラエティでもドラマでも報道番組でも最近では引っ張りダコで、飛ぶ鳥落とす勢いの出世だな、とどこのチーフディレクターも揶揄している。
「今日も暑いですね」
「っすね。30度超えるらしいっす」
「アシスタントさん大変ですよね。たくさん動くから特に暑いでしょう? 水分補給しっかりしましょう」
「ありがとうございます!」
 彼女はニコリと笑って、それでは、と軽く会釈をした。
 ピンチヒッターで声がかかるのは下っ端でそこそこ局の内情に詳しいヤツ。とうとう俺もそんな立場に来ちゃったかあ、と思うのと同時に、普段ドラマ制作の担当をしているので違う枠の仕事をするというのも新鮮だ。 社会人3年目のアシスタントディレクター。ぺーぺーのアシスタントディレクターがする仕事なんて高が知れている。ディレクターの指示通りに機材やらなんやらを動かし、差し入れや小道具を準備し、出演者への連絡や調整をする。基本的には雑用仕事だ。自分から進んで入ったこの業界の仕事は正直言ってキツい。拘束時間は長くて会社に寝泊まりすることなんてざらにある。理不尽なことで怒鳴られて精神的に、力仕事で体力的にも削られる。
 そういう時に彼女みたいな業界人と会うと本当に心が救われる。というのもこの業界の人間というのは、職業柄なのか自己主張が激しい、もとい性格がキツい。女性も例に漏れずというところだ。まあ無骨で雑な男に囲まれて仕事してるなれば、気から強くならないと仕事が出来ないっていうのもあるかもしれないけど、とにかく俺が接したことがあるこの業界の女性というのは世間一般の女性の印象とは全く違う。そういう中にいると315プロのプロデューサーのような人は希少だ。いつもニコニコしてて笑みを絶やさないし、スケジュールの調整も可能な限り応じてくれるし、打ち合わせも簡潔に終わるし、しかも俺みたいな下っ端も覚えてくれる。
 一つに束ねた焦げ茶がかった髪の毛が揺れる後ろ姿をぼんやり眺めながら、あの人彼氏とかいるのかなと考える。
 普段俺はドラマ制作の担当で、315プロのプロデューサーと知り合いになったのもその現場だった。315プロに所属している桜庭薫が出演していた医療ドラマの現場だ。クランクアップの打ち上げの飲み会でたまたま席が隣になって、年齢もそう変わらないって話になって、自分たちが高校生ぐらいに流行ったドラマとかアニメの話でそこそこ盛り上がって、かと言ってその後なにかあるわけでもなくて、彼女は二次会に行くこともなく桜庭さんと帰ってたけど。そういや桜庭さんも結婚してるんだよな、とふと思い出す。仕事じゃ指輪も外してるから忘れそうになるけど、人気絶頂の最中、各テレビ局や新聞社に結婚した旨のFAXが送られていたのも記憶に新しい。しかも相手は一般女性だって言うんだから世間は大騒ぎだった。まさか桜庭に先を越されるとは思わなかったぜ、と同じグループの天道さんがコメントをしていたりして、祝福ムードと桜庭ロスとで混沌としていたような気がする。今では桜庭さんの深夜のラジオでたまに出るノロケ話は根強い人気で、これで落ちるファンも多数いる。そう言えば飲み会の時も左の薬指に細いシルバーのリングをつけていた。どうやらテレビやライブなどの表に出る仕事ではつけない主義らしいが、そういった仕事以外では肌身離さず身につけているらしい。見た目や印象とは裏腹に愛妻家な一面があるのも人気がある要因なのだろう。
「なあにボケッとしてるんだ鈴木」
「痛ッ!」
 脳天に直接手刀の衝撃が伝わる。声の出所は後ろで、なんだマサさんか〜と言うと、なんだとはなんだ、と彼が下痢ツボをグリグリ押した。
「本番30分前にはしては気緩みすぎじゃねえの?」
「そんなことないっすよ〜、ちゃんと気引き締めて頑張ってます!」
「本当か〜?」
 マサさんはケタケタと笑いながら俺の髪をワシャワシャと撫でる。マサさんは俺より三つ上の先輩で、数いるアートディレクターの中でも重要な役割を任されるような人だ。人望も厚くて情報通。下っ端の中では兄貴のように慕われている。
「あの人狙ってんのか?」
「狙ってはないっすけど、気になるというか何というか」
「止めとけ止めとけ、あの人結婚してるから」
「え?!」
 ほらよく見て見ろよ、とマサさんが彼女の左手を指さす。照明に当てられて左手の薬指の付け根が光っている。
「マジかあ」
「この業界イイ女にはもう彼氏がいるか結婚してるかのどっちかだよ」
 流石言葉の重みが違う。っすよね〜、と俺が力なく笑うと、じゃあお前知らないんだな、とマサさんがニタリと口の端を上げながら言った。
 彼女の横に居るのは、315プロに所属している桜庭薫だ。これからゲストとして、木曜の22時から放送されている医療ドラマの番組宣伝のために出演する。彼女は桜庭さんのピンマイクの調整のために少しだけかかとを浮かせてつま先立ちしている。何やら二人で会話をしているが、その会話は当たり前だが遠すぎて聞き取れない。彼のネクタイの位置を正す。桜庭さんの口が動いたかと思うと、彼女の口元がほころんだ。桜庭さんの表情も柔らかい。
「あの人旧姓で仕事してるし、指輪してないことあるからさ。よく結婚指輪無くすんだと。その度に旦那さんがどこからともなく見つけて机の上に置いててくれるって、飲み会のとき話しててさあ。そういう一面あるんだなって」
 桜庭さんが左の薬指から指輪を抜き取るのが見えた。それを彼女に手渡す。
「公言はしてないけど、業界の中じゃ結構知られてると思うけどな」
「まさか……」
 細身のシルバーのリング、彼女が身につけているものと桜庭さんが身につけているものとで、よく似ている。シルバーのリングなんて誰でも同じようなものを身につけていると思うかもしれないけど、そんなことを言われた手前もうペアリングとしか思うことができない。
 そのまさかだよ、マサさんのその言葉が頭にタライが降ってきたような重さで直撃する。なんというか、結構ショックだ。




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