++小話まとめ/twst




メイク/エース・トラッポラ

「やっぱ飛行術の後って化粧よれるよなあ」

 メイクポーチからアイライナーと手鏡を取り出したエースはそう言った。
 講堂はまだ人がまばらだ。
 魔法解析学の教科書が机の上に無造作に置かれている。

「油性ペンでかけば、そのハート」
「やだよ。デュースじゃん」
「……え?」
「冗談に決まってんだろ」

 デュースとグリムは少し遅れるとのこと。彼らの分の席も取ってある。
 エースは手鏡を見ながら、器用にハートの部分を手直ししていく。汗でにじんだ模様がアイシャドウやアイライナーで書き足されていくのは見ていて不思議な気持ちになる。元居た世界ではこんなふうに顔に派手に模様を描くためにコスメを使う機会には早々無かったからだ。あったとしてもハロウィンぐらいだろうか。この世界に居ると年がら年中お祭りが催されているような気分になる。

「エースってノーファンデ?」
「そ、ノーファンデ。式典の時はつけるけど、さすがに日常使いしてたら顔面ドロドロなるし。このハートもアイシャドウでかいてるから落ちやすいのか? でもアイシャドウよりカラバリあるのもないしさあ」
「タトゥーシールは?」
「あ〜いいね。でも風呂で落ちなさそう」
「そこ重要なのね。あれは? ヴィル先輩がCMしてるやつ。ウォータープルーフすごいって聞くけど」
「あんなんハイブランドすぎて手でねえよ」「あげようか? 私先輩に貰ったやつあるから」
「いやいいよ、自分で使えよ。恐れ多いわ。てか名前ってメイクしてる?」
「ベースと眉毛ぐらいはしてるけどそれぐらいかな。オンボロ寮ってそういう化粧する規律みたいなやつないし、元の世界は高校生がメイクするのどうなの、みたいな所だったしなあ。あんまりお化粧って乗り気じゃないんだよね」
 
 日本というものは難儀なもので、化粧をすることは半ば高校まで禁止されているというのに、高校を上がれば化粧をすることがマナー、化粧をしない女性はマナー違反だなんて後ろ指指されるような社会だった。コスメには興味があったけど、体育や部活で化粧なんてすぐ落ちるし、学校では日焼け止めを塗って眉毛を整えるぐらい。
 それに比べてこの世界はどうだろう。この学校が特殊なのかもしれないけれど、男性が化粧をしていて、新作のアイシャドウやネイル、リップについて盛り上がるのだ。最初こそ驚いたものの、ここに何ヶ月か居たらそれにも慣れてしまった。最近流行りのアイラインの引き方やら、涙袋の作り方やら、眉毛の処理の仕方、何気ない会話の中で出てくるのはそう言ったことで、そんな所は私が通っていた高校と大して変わらないような気がする。おおよその女子生徒が話すことと言えば、服の話題とコスメの話題と、おいしいお菓子の話題と恋の話。ここでの話題もそれらを大体網羅していると言っても過言では無い。
 エースは私の肌をまじまじと見て、深々とため息を吐いた。私としてはいきなりため息を吐かれたのである。少しショックだ。

「……ほぼ化粧なしでその肌のきめの細かさは羨ましいわ、男女差? 今週末一年で泊まるだろ? その時化粧させて」
「化粧濃くなりそう」
「別人みたいに変えてやるよ」
「お手柔らかにお願いします……」
 




おこぼれ/ヴィル・シェーンハイト


 あんた肌が乾燥してるわよちゃんとケアはしてるの?、頬を無遠慮に捕まれて品定めするような目が私を射抜く。い、一応、と歯切れ悪く返答すれば、いったい何を使っているのかしら、と眼光が更に鋭くなって私は更に萎縮してしまう。

「使っているものは何?」
「え、あのエースやデュースが合わないって言っていてくれた貰い物なんですけど……」
「他人の使いさしを使っているわけ?!」

 キイィンというような声が耳をつんざく。
 そもそも私は限られた最低限のお金が学園長から月々貰えるだけで、自分の身の回りにさくお金なんてそんなに無いのだ。ラウンジで週何回かアルバイトをしているけれど、それも生活雑貨や消耗品、あとは余れば外に出歩く用の洋服を一着か靴を一足買うぐらい。貰えるものでまかなえるのならそれで十分だった。

「信じられない……。男と女じゃ肌の質も違うし、それだけではなくて性別が同じでも人によって違うというのに、本来であれば自分の肌に合った基礎化粧品を選ばなきゃいけないのに。まさかアンタ、リップやコンシーラー、ファンデーションも……」
「はい…」

 ヴィル先輩は私の顎をガシリとつかむと、マジマジと顔を見る。手袋を外した手がすっと頬を撫でて、やっぱり、とひとりごちた。

「肌のきめが細かいわ。それに手触りもすごくいいし、シミも少ないのね。民族性……? 髪の毛も細すぎず太すぎず、日に焼けて痛んでいないし健康的。前から思っていたけど、アンタ肌や髪の毛の質がこの学園に通う生徒とまるきり違うのよ。そんな人間が人からの貰い物で十分なスキンケアや化粧ができると思う? これから時間ある? ポムフィオーレにいらっしゃい。アタシがアンバサダーをしているメーカーからの貰い物がたくさんあるから。ノーとは言わせないわ」
「ひいいい……」




お弁当/ヴィル・シェーンハイト

「……正気?」

 先輩が心の底から疑いきった声でそう呟いた。
 今日のお弁当のメニューは、海苔を巻いた塩おにぎり、ひじきの煮物、わかめとシーチキンのサラダ、にんじんしりしり。
 ナイトレイブンカレッジでは食事はある程度保証されている。新年度に一日一食分の食券が配布されるのだ。多くの生徒は昼休みに食堂で食事をし、朝食夕食については各寮で摂る、もしくは食堂は朝から夜までしているので食堂で食べる人もいるようだった。
 この学校で提供される食事というのはおおよそ西洋風のものだ。トマト、塩、オリーブオイル、ポテト、パスタ、それらのローテーション。つまり何が言いたいのかと言うと、そういった食事に飽きてしまった。最初こそ喜んで食べていたものの、ややもすると味噌と醤油の味が恋しくてたまらなくなった。サムさんの元へダメ元で尋ねてみると、なんとあったというのだから驚きだった。元々、食事のメニューも男性向けなところもありボリュームも多ければカロリーも高い。たくさん食べればお腹がいっぱいになりすぎて午後の授業が眠くなってしまう。そこでお昼は可能な限りお弁当を持って行くことに決めたのだ。私の分の食券はグリムに横流しをするか、それとも知り合いに買い取ってもらうかをして融通している。このおかげでグリムの食費は浮くし、食券を現金化することで私は私の自炊用の材料や調味料を買える。 
 いただきます、と大口を開けた瞬間に背後から現れたヴィル先輩の正気?という一言である。私のことか?、と上を見上げると視線がばっちりと合った。どうやら私のことらしい。彼は多めの温野菜サラダと鶏肉のソテー、ライ麦パン、コンソメスープをトレーに乗せていた。

「隣いいかしら?」
「どうぞ」
「あの三人はどうしたの?」
「部活のミーティングとか補習とかあるみたいで今日は一緒じゃないです」
「そう」
「はい……」
「それよりアンタ、なにその昼食は」
「普通の昼食ですが」
「バランスが悪いわ。タンパク質は? カロリーや量もそれでは足りないでしょう」
「卵入ってますよ! それにこのぐらいが量ちょうどよくて……」
「何言ってるの? こんな食事してるから細いし筋肉もつかないんでしょう? 何このお米に貼ってある黒いもの」
「海苔です。海藻です」
「こっちの緑のびらびらしてるものは?」
「わかめです。海藻です」
「消しカスみたいな黒いものは?」
「消しカス?! 失礼な、ひじきです。海藻です」
「アンタの言うそのカイソウって何?」
「え、っと海で穫れる野菜みたいなもので、オクタヴィネルから大体調達できます。あそこってすごいんですよ。わかめとかすごい生えてて、しかもアズール先輩も好きなだけ取っていってくださいって言ってくれますし。無料で食べられてお腹も膨れて最高なんです」
「……正気?」




食べられる物とそうでないもの/ラギー・ブッチ


「タンポポっておいしいんですか?」
「名前くん、味を考えちゃいけないんスよ。毒があるかそうじゃないか、重要なのはそこッス」
「まあそこまで美味しくないんですね」
「まあ生えてる草より育てられてる野菜の方が美味しいッスよね〜。ところで名前くん、最近良い無料飯になる食材を見つけたと聞いたんッスけど」
「そうなんです。オクタヴィネルにあるんですけど、好きに食べて良いって言われていて。良ければ食べに来ませんか? タンポポと違ってちゃんと美味しいので。味は保証します」
「本当ッスか? どんな食べ物なんですか?」
「海藻って言う海の野菜みたいな食べ物なんですけど。私最近乾燥ワカメを作っていて。すごいんです。食べると胃の中の水分を吸収して、胃の中で五倍ぐらいに膨らむんです」
「夢のような食材ッスね……」
「スープにいれてもサラダにしても美味しいので。しかも根に近い所はネバネバしてて、茎のところはシャキシャキしててこれもまた美味しいんですよ」
「美味しくて無料なんてそんな都合がいい食い物なんてあるんスか……。オレちょっと怖くなって来たッス……」






夢見の良くなる薬/デイヴィス・クルーウェル

 起きろ仔犬、その声が聞こえて背筋が凍える。しまった、いつの間に眠ってしまったんだろう。冷や汗が背中から吹き出てくる。今何限目、そんなクルーウェル先生の授業で眠ってしまうなんて失態今までしたこと無かったのに。顔の血の気が引いていくのが分かる。
 おい、そう肩を揺すられて、本当にスミマセン!、と飛び起きると、そこは教室ではなく図書館だった。そういえば授業の復習をするために放課後図書館に来ていたことを思い出す。それを思い出せないぐらい深く眠りについていたということなのだろう。

「こんな時間まで残っている生徒が居るかと思えば。しかも魔法薬学の教科書を広げて開けっぴろげに居眠りとは。ずいぶんと肝が据わっているようだが?」
「本当にスミマセン……」
「……仔犬、顔を見せてみろ」

 いつもどおりのふわふわのコートを羽織った風体のクルーウェル先生は私の顔をひっつかむと、目の下に触れて、下に引っ張った。元の世界でもおなじみの、健康診断の時に赤目して、言われるときのそれだった。

「貧血気味か。それに隈もひどい。薬を調合してやろう。来い」
「荷物が……!」

 先生が杖を一振りすると、机の上に散らばった教科書類が全て鞄の中に収まる。そのまま先生の周りを鞄が浮遊してついて行く。そのまま先生は私の首根っこを引っ張る。どこに向かうかは分からない。



***


「──魔法士、ひいて魔法薬学の起源は森に住まう薬草を扱う老婆だった。物語上でもよく目にするだろう。森奥深くに住む腰の曲がった白髪で鷲鼻、大鍋をかき回し人々に畏怖される魔女。薬草の知識に長け、医者のいない時代、医療が発達していない時代には魔女の秘薬に縋る者も多かった」

 教師には個人個人に研究室が与えられている。本棚にずらりと並ぶ本は、分類、著者ごとに整頓されており、薬学や錬金術に使用する素材の入った瓶もまた几帳面に並んでいる。実験机もピカピカに磨かれていた。
 課題を提出するときに来ることはあれど、それ以外で招かれこうやってマジマジと眺めることは初めてだった。
 先生は入り口にあるスタンドにコートをかけると、私を来客用のソファに座らせた。そして魔法でハーブティーを一瞬にして出すと自身は何やら実験の準備をし始めたのだから驚きである。先生の眠たくなるようなゆっくりとした口調の話と漂う薬草のにおいに眠気が誘われる。最近は疲れやすくて仕方がない。この世界で過ごして三ヶ月も経ったか。おそらくここに来て疲れやらなにやらがどっと身体に出たのだろう。

「魔女の薬は何も得体の知れないものではない。熱冷ましにはヨモギ、咳止めには杏子、先人の知恵だな。そういったものの中には、今でも薬の材料として使用される素材もある。風邪にはネギがいいやらすり下ろしたりんごが良いやら、いわゆる”おばあちゃん”が言うような民間伝承は正しい時もある。そういった各地の伝承を体系化し、学びやすくした学問が魔法薬学だ」

 ぽふん、という空気の破裂する音がした。完成した、その声と共に瓶に入ったシロップが手渡された。
 薄く紫色に色づいたその液体はたぷんと揺れる。なんですかこれ、と尋ねるとよく眠れるようになる薬だと彼が答えた。

「大方気が張っているんだろう。眠る前に大さじ1杯だ。よく眠れるようになる」
「ありがとうございます……」
「無くなったらまた作る。今日は疲れただろう。ゆっくり休め、送っていく」







20201019


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