++君の生まれた季節/桜庭薫



「私ずっと、秋のどことなく甘い香りって何のにおいなんだろうって不思議に思ってたんです。金木犀なんですね」
「いったい今までなんの匂いだとと思っていたんだ?」
「うーん、花?」
「大ざっぱにもほどがあるだろう、君は」

 夜中、人通りが少ない道を横に並んで歩く人影が二つ。ケーキの箱を持って上機嫌で歩く彼女を呆れたような何とも言えない表情で、桜庭が見やる。
 近頃は日が暮れるのもずいぶんと早くなってきた。暗闇には人がよく溶け込む。こうやって二人歩いても、周囲の人間には気がつかれないように。タクシーを家の少し手前で降りて、こうやって散策をするのも良いものだと桜庭は思う。明るい時分はどうしても気兼ねなく出かけることは難しいのだ。

「ろうそく何本立てます? 年の数だけ?」
「1ピースのケーキの上に乗ると思うか?」
「薫さん手先器用だからたぶん乗せられますよ」
「蝋が垂れてくるようなケーキを食べるのは嫌だな……」
「普通に食べるならおいしいもの食べたいですもんね」

 今日も家の少し前でタクシーを降りた。おもむろにスマホを取り出し、地図アプリを片手に満面の笑みで画面を桜庭に見せた。なんと近くに夜も営業しているケーキ屋さんがあります、そう言って、あれだけ食べたのにまだ食べるのか、と辟易する桜庭の腕を引っ張ったのである。甘い物は別腹とかなんとやら、先ほどたらふくご馳走を食べたというのに彼女の腹にはまだ余裕があるようだった。
 ぽわぽわと仄かに赤くなった顔が月明かりに照らされる。桜庭は舐める程度の酒では酔わないが、彼女は食前酒でも酔っぱらってしまう程度の酒の強さらしい。それに加えて二杯ほどアルコールをあおったのも効いているのだろう。

「あのね、薫さん。私、金木犀のにおいすきですよ」
「好きな人間が多いと聞くが。香水にもなるくらいだろう、この匂いは」
「そういうことじゃなくて! 薫さんが生まれた日もこんな風に金木犀が香ってたんだなあ、って、だから好きなんです」
「そういうことか」
「そういうことです」

 実際どうかわかりませんけど薫さんの家って関西ですし、と名前が付け足す。
 雲のかかった蕩けそうな月が出ている。名前はケーキの入った箱を右左上下と振り回しながら、満面の笑みで尋ねた。

「……ね、薫さんケーキやっぱり半分こしません?」
「食い意地がはりすぎだ」
「イテッ、つねらなくても!」







20200924


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