渡辺みのり3/22
「ただいま〜、プロデューサー何してるの?」
「現像した写真を見てます。年度末に学生されている皆さんの写真を、保護者の方にお送りしているんですよ」
事務所のカメラで撮った写真をプロデューサーがデスクの上に並べているところを渡辺が声をかける。
いつの間にか真向かいに座って、可愛い〜、格好いいと壊れたおしゃべり人形のように言葉を発している渡辺だ。満面の笑みで垂れた目がいつも以上に垂れており、口許もゆるゆるである。
「俺も欲しい。恭二とピエールの。言い値出すよ」
「闇取引してるみたいじゃないですか。バイト映ってるもの全部差し上げます。代わりにみのりさんの秘蔵のアルバム見せてください」
「いいよ。何冊持ってくるといい?」
「何冊もある……?」
「ピエールと恭二のだけで10冊あるからさ。これでも厳選してるんだけど……」
黒野玄武7/22
「無い。ウエストが無い。こんなんしかない」
プロデューサーはわなわなと震えながら、ジュースのアルミ缶のほどの幅を手で作った。その様子に黒野は、流石に言い過ぎだぜ番長さん、と溌剌と笑っている。
使用頻度の関係で事務所で保管している衣装が何点かある。使用する前に裾がほつれていないか、汚れがないか確認をしたプロデューサーは、手に取った黒野の衣装の身幅が細すぎることに気がついた。ことの発端はまさにこれである。
「な、内蔵入ってます?」
「入っていなかったら生きてないぜ」
「いや、あのそうなんですけど。ちゃんと食べてますか、ご飯足ります? 今からたまこやでご飯買ってきますか? 暑中見舞いでいただいたお菓子食べますか?」
「いやさっき食ったばかりだから心配要らねえ。……アニさん方からも飯食え〜プロテイン飲め〜って言われるから、最近厚みが出てきたと思ったんだが」
「厚み?! どこが?!」
秋山隼人11/22
おつかれ〜、と事務所のドアを開けた秋山が、くん、と鼻を鳴らした。キョロキョロとあたりを見回して、不思議そうな表情をしている。
「プロデューサー、誰か来てた?」
「誰か……?」
プロデューサーは頭をひねらせる。朝から内勤をしていたが、今日は来客は無かった。いつもどおり事務所所属のアイドルが来て、仕事の打ち合わせや他愛もない雑談などをしていた。秋山の言う誰か、というのは事務所所属のアイドルのことではないだろう。
ウーンとうなりながら、プロデューサーお茶を口に含んだ。先ほど来た渡辺からの貰い物の工芸茶だ。お湯を入れるとジャスミンの花弁が広がるもので、タンブラーに入れているため真上からしか見えないのが残念だが、ガラスのティーポットに入れれば映えるだろう。
「えっと、綺麗なお姉さんがつけてる香水みたいなにおいがするな、って……」
「30分ぐらい前までみのりさんが居ましたよ。今日金木犀っぽいにおいの香水つけてたかも」
秋山が膝から崩れ落ちた。
桜庭薫9/24
プロデューサーの顔を見るや否や、桜庭が吹き出した。
「ちょっと! 私の顔見た瞬間笑うの失礼すぎますよ」
「すまない、あまりにも輪郭が四角になっていて……」
先日親知らずの抜歯の手術をした。通院が手間だと四本一気に抜いたのだ。下顎は腫れると事前に手術を担当する医師に言われていたが、その期待を裏切らず盛大に腫れた。痛み止めが効いているので痛みはないが、外見だけはどうしようもなく、外部の人と仕事をするときはマスクを着用して難を逃れていたのだった。
桜庭が肩を震わせながら笑っている。ここまで破顔した桜庭の姿を見たのは久しぶりだが、プロデューサーも自分自身が桜庭をそうさせているので微妙な心境である。
「いや、想像以上で……。君の顔がヤバいとは聞いていたんだが」
「ヤバい?!」
「殴られたボクサー並だと訂正させてくれ」
「訂正されてもなんも嬉しくないですからね」
天峰秀12/1
「恭二さんや隼人さんとのゲームの配信中、誰かしらが差し入れ持って来るのって狙ってやってたりする?」
天峰が事務所のソファでスマホを触りながら尋ねた。プロデューサーは一瞬きょとんとした顔をしたが、天峰の言いたいことを理解して含み笑いをした。
315プロダクションにはプロダクションの専用のSNSアカウントがあり、そこでは様々な動画を配信している。その中でも天峰たちが行っているゲーム実況は定期的に行われておりコアなファンが多い。
「ごめんなさい、最近はちょっと狙ってます」
「やっぱり? SNSの反応が良くなる。ネットじゃああいうのって親フラって言うらしい」
親フラグの略語だ。何かしている最中に親が突然部屋に入ってくることを言い、普段天峰を含む事務所のアイドルたちは別室のミーティングルームで配信をするため、入室者はドアを叩かなくてはならない。
「最初は何も狙っていなかったんですけど、初めて乱入した荘一郎さんのオカンぶりが大変好評で……。スイーツも美味しそうでしたし、その後少し混じってゲームするときもゴテゴテの大阪弁が良いと……」
信玄誠二12/24
「自分がプロテインを他のアイドルたちに勧めていること、プロテインハラスメントと呼ばれているらしい」
信玄があまりにも深刻そうな顔で言ったので、プロデューサーは笑いを堪えることが出来なかった。
プロテインメーカーのタイアップをしていることもあり、メーカーから定期的にプロテインが送られてくる。それについて信玄が厚意で、自由に飲めるよう事務所に置いてくれるのだ。そのプロテインハラスメントという言葉にはプロデューサーも身に覚えがある。プロデューサーの食事を見た信玄がタンパク質が足りないと脇にそっとプロテインを添えることが何度かあったからだ。
プロデューサーは魔女のように引き笑いをしたが、それに信玄はむっとして付け加えた。
「言っておくが、プロデューサーがご飯食べたかもっと食べるか聞くのも、飯ハラと呼ばれている」
「思いのほかショック受けました」
伊集院北斗2/14
「北斗さん、車擦った時って、どうします?」
「またですか、プロデューサー」
「私じゃないですって!」
訝しげに伊集院がプロデューサーを見遣ったので慌てて弁明をした。
鷹城が免許を取った。アイドル業も忙しく、教習所に通うのも長引いたということなのでようやく取った免許だ。免許を取り立ての人間は何をするかと言えば、経験豊富な人間を助手席に乗せてドライブをするわけだが、車内は阿鼻叫喚だった。ブレーキ!と叫びながら助手席には無いブレーキを踏もうと足をドンドンさせる、車の天井に着いている取っ手に運転中はずっと掴まるなど酷い有様だった。途中まではどこにもぶつけずに善戦したが、最後の最後に縁石に乗り上げて車の底を擦ったのだ。
「社用車なんてぶつけてなんぼみたいなとこあるし、見えないところだし……」
「この前もそれ言ってましたよね」
「……恭二さんの首根っこ掴んで社長に謝り行くかあ」