ショートショート2

北村想楽
 サイドブレーキはここ、ライトはこれ、と運転席に座った北村にプロデューサーは横から順々に説明していく。
 これからの仕事に幅が出ると思うから、と北村が運転免許を取得したのは一週間ほど前で、試験に合格してから一度も運転をしていないのでペーパードライバーである。収録現場から事務所に帰るまで車の運転を練習させてほしいという相談があり、プロデューサーは快く了承した。
 車のフロントガラスに吸盤で着いた初心者マークが揺れている。北村が教習所から卒業と同時に貰ったものだ。葛之葉と古論は、俺たちの時はどちらも磁石だったよな、と驚いたように見ていた。
 決して広くはない駐車場の車外に大人が三人。それも二人は自動販売機サイズである。北村は三人とも車に入ればいいのに、と思っていたが何やらやることがあるようで三人が輪になって腕を中央に向けた。プロデューサーが重々しく言葉を切り出す。
「それでは漢気じゃんけん、しましょうか」
 負けられない戦いですね、と古論が続け、葛之葉が助手席は一番死亡率が高いからな、と縁起でも無いことを言った。
「三人とも僕に対して失礼すぎるよ」



天道輝
「プロデューサー、この濡れせんべいって……」
「はい。行ってきました! 電鉄にも乗ってきましたよ」
 天道は給湯室に置いてあったそれを1枚持ってきてプロデューサーに尋ねた。事務所にはお歳暮や暑中見舞い、相手方からのいただきものなどが届く。それらは自由に持って行っていいことになっているが、菓子類は余ることが多いので事務所の一角にお茶請けとして置いているのだ。家に持って帰ってまでは食べない、といったものも事務所に置いておけば何かしらで摘まんでいる。
「ちゃんと始発で行って輝さんの車内アナウンスを聞いて、電鉄の冬馬さんのアナウンスも聞いて、充実した休日でした……」
「プロデューサー、アナウンス録った時に確認で何回も聞いてたよな?」
「それとこれとは別! 現地で聞くと違った趣深さがありますから。ジュピターの皆さんの撮影に同伴するのでまた伺った際に濡れせんべいまた買ってこようと思います。カード欲しいので」
「完成版何枚も持ってるだろ……」
「事務所で貰ったのと現地で貰ったのとはまた別の良さありますから……」


若里春名3/30
「あのね春名さん、もう後がないんですよ」
 半べそをかきながら机にかじり付いた若里がいる。春休みの宿題が終わらない、と冬美に首根っこを掴まれて若里がやってきた。僕たちと一緒にいると進まないので、プロデューサーさんの目の前で勉強させてくれませんか、と特等席の指名である。本来は山村の定位置であるが、本日一日不在にしていたため、プロデューサーは快諾した。後から来た花園が若里が座っている姿を見てショックを受けたような顔をしていた。山村が居ないときは花園がそこに座ることが多いので、若里は思わぬ先客だったのだろう。若里の進級が危ぶまれていることを言うと、「それは頑張らなくちゃだね」と冬美や伊瀬谷が勉強しているミーティングルームへと入っていった。
「オレもあっちで勉強したい」
「春名さんと四季さんが一緒にいると進まないから離したんじゃないですか?」
「そんなあ」
「セムの皆さん今日夕方事務所に寄るっておっしゃってたので、分からないところ付箋つけておいてくださいね。特別授業してくださるそうです」
「やだあ」


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