「私これから、薫さんのこと薫せんせって呼ぼうと思うんですけど、どう思いますか?」
「本人を目の前に尋ねてくるか?」
「いや〜、だって聞いてくださいよお」
休憩中、先日友人から振られた話題について彼に話しかけてみれば、彼は呆れたような表情をしたものの、話は聞いてくれるようだった。無論今は休憩中なので、プロデューサーとしての私として話をしているわけではなく、一ファン兼彼に相談する者として話をしているのである。彼は湯気の立った紙コップのコーヒーをテーブルの上に置き、楽譜を見ながら椅子に背を付けて腰をかける。その姿勢といい本当に病院に居るお医者さんみたいだ。まあ彼は元々はそうなのだけれど。
「まずは先日同じくアイドルに首ったけな友人と話したことがきっかけなんです。単刀直入に申しますと、アイドルを名前プラスさん付けで呼ぶと、とてもそのアイドルが現実世界に強く根付いている気がして生々しく感じ、一人の男として意識してしまうのであだ名で呼ぶべきでは、という議題でした」
彼が口をつけたコーヒーに咽せる。けほけほ、と前屈みになっている彼の背中を大丈夫ですか?、と擦れば、大半は君が言ってきたことのせいだぞ、と起き上がった彼が私を一睨みする。まったくのその通りである。
「だってその理論で行くと私、輝さんのことてんてるって呼ばなきゃだし、翼さんのことは翼くんで、いやもうどうしようって感じじゃないですか?」
「そもそも僕らは現実世界に居る」
「めったに触れない、めったに生で会えない時点で二次元に片足突っ込んでるんですよ」
「君は常に会っているだろう……」
呆れたように薫さんが言う。
あだ名理論で行くと、弊害はドラスタだけではない。ファン時はS.E.Mの三人は名字もしくは名前に先生呼び、あとハイジョの五人は名前にくん呼びをしているから、あとは名前にちゃん呼び、くん呼びをしている以外のその他の面々について要検討が必要になるわけだ。とても悩ましい。私のファン活を揺るがす大事件である。
「しかも今更あだ名で呼ぶ恥ずかしさあるじゃないですか。あと年上の方も居るので、口を滑らせてあだ名で呼んでしまった時の申し訳なさが」
「一応本人に面する時とで、使い分けるんだな……」
「普通に見ず知らずの人からあだ名で呼ばれるって、は??って感じするじゃないですか。ファンであるという身分は弁えないと、と思って」
「……君は見ず知らずの人間では無いが」
「一般論的にです」
私は彼の方を向きながら、ぎゅっと握った手を両膝に乗せる。本当に診察の光景に近い。
「加えて私よく休憩時間にライブDVD見るじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「あの時の独り言が、薫せんせまじ腰つきやばい、ほっそ、えろ、待っててんてる顔アップむりすぎない? カメラワーク天才か……。 うがああ翼くん笑顔煌めきすぎでしょ、まってむりむり……、みたいになるんですよ」
「気持ちが悪い」
「まあ確かに気持ちが悪いんですけど、それ元々からなので。事務所は私だけの空間ではないので、必然的に他のアイドルも居るわけで、その時に自分のあだ名で呼ばれているのに遭遇して気分を害してしまうのではないかと」
「その声を抑えれば良いんじゃ無いのか?」
「その時の私は呼吸をするように言葉を紡いでるので無理です」
私もまた、自分の机に置いている冷め切ったコーヒーを口に含む。沈黙が怖い。私のコーヒーが喉を通る音が異常に大きく聞こえた。薫さんもまた、コーヒーに口を付ける。そして言葉を続けた。
「──君はプロデューサーとしてプロダクションに居るわけだから、もちろんアイドルたちとの関わりも、一般のファンと比べたらかなり多くあるわけだろう。その中で特定のアイドルと恋愛関係に発展する可能性もなきにしもあらずだ。つまりアイドルが現実に居るという感覚は誤っていない。なので普通の男として意識してしまうと言う、名前プラスさん付けのままでいいんじゃないか」
「やばい薫さんから爆弾放り投げられた」
20170513