3/16 少しだけ思い通りにいかない日
 腹部にずきずきと残る鈍痛を引きずりながら、何とか家に戻る。
 窓からは明かりが見えていて、それが彼の方が帰るのが早かったのだということを教えてくれた。
「ただいま……」
「おかえりなさい」
 ドアを開けてその言葉を言うと、彼の返答が聞こえる。パンプスを脱いでいると、エプロンを着た彼が玄関先までお迎えに来てくれた。何かを煮ていることことという音と、キッチンからいいにおいが漂ってくる。今日の晩ご飯はクラムチャウダーだよ、そう言う彼に、私はたまらなくなって肩口にぎゅっとしがみついた。
「ハルトさん……」
「……どうかした?」
「もう疲れた」
 肩口に頭を埋めた私を彼もまた抱きしめ返す。彼のにおいがずっと濃く感じられて落ち着いた。
 今日の仕事がてんで上手くいかなかったこと、たくさん怒られたこと、帰り道に段差で踏み外しそうになったこと、ぽつりぽつりとそれを伝えると、彼は私の肩をとんとん、と一定のリズムで撫でながら、今日もお疲れさま、頑張ったね、と優しい声音で囁いた。彼の優しい声、温もりが嬉しくて、それに途方もなく救われている。
 彼が私の名前を申し訳無さそうに呼ぶ。そろそろ鍋を見てこないと……、そう切り出した彼に、私はやだ、ハルトさんと離れたくない、と子供じみたことを言って、彼を抱きしめる力を強くする。すると彼は困ったなあ、と少し笑いながらくすぐったそうに、ひしっとくっついた私を引きずってキッチンへと向かう。
「今日は随分と甘えん坊だね?」
「うん」
「今日はとても頑張ったみたいだから、デザートにプリンもつけようか?」
「それハルトさんが食べたいだけ……」
「食べたくない?」
「食べる……」
 鍋を運ぶから、プリンに免じてそろそろ離れて、と彼が言うので背中にくっつく。それに彼はもう、と呆れと少し嬉しさが滲んだような声音で言った。

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