
その日私は星を見た。
沢山並んだ本棚。その影に隠れた窓際の席が私のお気に入りの場所だった。古い紙の香りと緩やかな陽光とが私を包む特等席。図書室の片隅のその場所には何故か私くらいしか寄り付かない。こんなにたくさん生徒がいるのに、こんなに素敵な場所なのにどうしてだろうと思いながら、私は毎日ここで本を読む。
本は大好きだ。本は私にいろんなものをくれる。それは夢のような別世界だったり、過去にあった様々な出来事だったり、まだ知らない呪文だったり。こんなに面白いものに触れられるのもここの生徒である特権だ。だから卒業するまでにたくさん読んでしまわないと。全部なんてきっと無理だから、せめてこの高いたかい本棚ふたつ、みっつぶんくらいは読んでしまいたい。そんな小さな決意を抱いてから何年か経ったけど、いまだに本棚の半分も読めていないから大変だ。目標を下に修正しないといけないかも。
だから私は今日も図書室に向かう。昨日やっとドラゴンの育て方の本を読み終わったから今日は他の魔法生物の本にしよう。植物の本でもいいかもしれない。少し分厚くて難しいものを読みたい気分だ。山のような本の中から目的のものを抜き取る。ぱらぱら開いて中身を確認。香る紙の匂いにホッとしながら棚の向こうに回って。
そこに、先客がいた。
ふわっとした黒髪の男の子。多分年下だろう。ネクタイの色は緑色だから、スリザリン。読んでいるのは魔法生物の本。少し難しい内容だ、ドラゴンの本の前に読んだけどとても苦労したのを覚えてる。それを、静かに読んでいる。指の形が細くて、とても綺麗だと思った。
「邪魔なようなら退きますが」
気づかれていた。黙って立ち尽くす私の方を見上げる彼の目は、夜空みたいな色だった。
それもまたとても綺麗で、私は少しだけ言葉に詰まる。
「邪魔じゃない……です」
「そうですか」
彼はまた本に目を落とす。私も、いつまでも立っているわけにはいかないから彼の斜め前に座った。本を広げる。いろんな人に読まれた、端の方が少し茶色くなってしまった本。新品も勿論大好きだし、こういうのも大好きだ。本ならなんでもいい。目を落とす。寒冷地におけるサラマンダーの生態、寒い場所にサラマンダー?読み込む。読んでいく。ページをめくる。インクの跡を辿っていく。
気がつけば窓の外は真っ暗になっていた。もしかしたら夕食を食べ損ねたかもしれない。斜め前にいた彼の姿はいつのまにか無くなっている。私が没頭していて気づかなかったのか、彼が音を立てないように出て行ったのか。多分その両方だと思う。
この本は借りて帰ろう。眠る前にもう少しだけ読んで、明日の授業の合間にまたここにきて読もう。重い本を持って立ち上がれば、首がポキポキとなった。
そういえば、彼の名前を聞かなかった。初めてこの場所に来た人。彼も本を読むのが好きなんだろうか。
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情交と街