「ふぅ…」

部活が終わって、へとへとの体を引きずりながら寮に帰る。今日も今日とてよく眠れそうだ。だがその前に課題をしないと。
部屋の扉を開ける。と、ガサガサと物音がする。いったい誰なんだろう。アツシ(幸か不幸かアツシがオレのルームメイトである)がお菓子でも漁っているのだろうか。

「アツシ?」

ぴたり。物音が止む。もう一度呼んだが返事はない。Invader─招かれざる客だ。すぅ、と頭が冷えていく。声をあげたのは迂闊だった。相手に気づかれてしまった。だがこの先にあるのは一部屋のみ。鉢合わせはもともと決まっていたことだ。

慎重に、一歩を歩む。ゆっくり扉に手をかけて─

「─誰だ?」

明け放す。
誰もいない。ように見える。隠れたのか。緊張感がひしひしと高まる。
相手はこちらに襲い掛かってくるだろう。迎え撃つのみだ。
部屋を見渡す。と、アツシのお菓子が机の上に散らかっていた。この部屋にいた誰かさんはこれを狙っていたのか?さすがにそれは…いや、限定モノもあった気はしなくも無いが。

刹那。

背後から忍び寄る何かの気配を感じ、オレは咄嗟にそれにエルボーを食らわせ、

「Up yours(くたばれ)!」

左足を軸に体を捻り、それを蹴り飛ばした。
確かに当たった感触。それは床に体を打ち付け、のびている。顔をみてやろうと近寄って、

「な、」
「ただいまーって室ちん早いね」

オレが侵入者の顔を見て驚くのと、アツシが部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。


***


「いや、あの…すまない。てっきり不審者かと思って全力で…」
「いえ、構いません。私としては人である貴方が何故私に触れることが出来たのか、それだけが疑問です」

テーブルを挟んだ向こう側、オレが蹴り飛ばしたそれは、アツシの真横で“浮いていた”。
無地のワンピースを纏い、長い髪をした綺麗な女性。ただしその姿はモノクロな上に半透明で、彼女越しに後ろの壁が見える。

「で、敦さん。この方は?見ていましたが、むろちんという渾名以外はわかりません…」
「んー?あー室ちんは、氷室辰也。オレと同じバスケ部だよ」
「敦さんのお仲間でいらっしゃいましたか」

あつしさん。アツシのことをそう呼ぶ彼女はアツシが食べているまいう棒を羨ましげに見ている。

「アツシ、彼女は?」
「ん?レイちんのこと?」
「レイ?それが貴方のお名前ですか?」
「いいえ、生前の記憶が無く、名前も忘れておりまして」
「レイちん。オレがつけた。ユーレイとか呼びにくいしー」

生前って。ユーレイって。非科学的な現象に驚く。え、何でアツシそんな普通なのさ。

「ではレイさんと、」
「お止めください氷室さん。私はもう死んだ身、敬うなどもっての他です」
「じゃあレイ、君は…」
「お察しの通り、幽霊です。ある時突然この部屋にいて、敦さんに見つかった次第です。しかし今の今まで私が見えていらっしゃらなかったのに…しかも私に触れるなど」
「え、室ちんレイちん触れんの?」

敦が腕を突き出すと、レイの頭を貫いた。心臓に悪い光景である。

「お止めください敦さん…ついでにまいう棒くださいな」
「これ新味なんだけどー」
「くださいなー、くださいなー」
「…はい、」

敦がお菓子を分けただと?レイは嬉しそうにまいう棒を見つめる。透けた手がぴり、と袋を開けて、彼女が食いついたまいう棒はそのまま口に消えていく。

「結構前からあげてたんだよねー、お菓子。じゃあ住み憑かれちゃってさー。たまにオレのお菓子勝手に食われるんだけど」
「住み憑かれたって敦…レイは食べ物を食べられるのか」
「はい。食欲は湧きませんが、娯楽として楽しむことはできます。近頃のお菓子はおいしゅうございますね、敦さん」
「それはよかったねー」

頭を撫でようとした敦の手が通り抜ける。本当に透けるのか。試しに腕を伸ばすと、

ぽふ。

「あらら〜?」
「乗りました、ね」
「Oh…」

オレの手は何故か彼女の頭に乗った。彼女は不思議そうにその半透明な手でオレの手に触れる。

「何故でしょうか…氷室さんは触れるんですね」
「レイちんさー、お菓子だったら触れんじゃん。室ちんもそんな感じなんじゃない?」
「成る程、氷室さんはお菓子なんですね」
「………………」

オレはお菓子なのか。ふわふわした感触は確かに存在するのに、彼女は幽霊だ。幽霊には触れられないのが原則じゃないのか。やはりオレはお菓子なのか。
…何を考えているんだ。落ち着けオレ。

「とりあえず、これからよろしくお願いいたします」
「え、ああ、こちらこそ」
「とりあえずもう今日は寝るからさー。また明日目覚ましよろしくねー」
「了解いたしました。ですがお菓子をくださいね」
「んー」

どれだけお菓子が好きなんだ。ってアツシは幽霊を目覚ましに使うな。
とか何とか考えていると、目の前のレイの姿が掻き消えた。
あ、本当に幽霊だったんだな、と思うと同時に先程の髪の感触が蘇って、変な気分になった。


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情交と街