少し前から、私はずっとおかしくなっていました。
それは辰也さんとお話するとき。私の中で動いていないはずの心臓がどくどくと脈打っているような錯覚が起き、通っていないはずの血液が顔に集まってぼうっとするのです。幽霊のくせに、変なこともあるのだなと思っていました。

そんな矢先です。私がおかしいのは恋のせいだと、敦さんに気付かせていただいたのは。
生前の記憶も無く、自分の名前すら覚えていない私にも、誰かを愛する心があったなんて。信じられなくて、でも私が確かに人間だったことが分かって、嬉しかったのです。
しかし私は死人で、彼は生きている人。この想いは虚しく悲しい片想いに終わることでしょう。でも、それでも良いのです。最後に人らしくいられるなら。

早く未練を晴らさないと。そしてこの想いの美しいままに、成仏してしまわないと。
そう思って、私は敦さんたちの学校に向かいました。私の未練の手がかりを探すために。


***


「広いです…」

確かミッション系の学校だと聞きました。内装が綺麗です。私と似た背格好の女の子がお喋りしながら歩いていきます。制服のスカートはチェック柄で可愛らしい。典型的な女子高生といった感じです。

彼女たちを追いかけると教会のようなところに入っていきました。
さすがミッション系、お昼のお祈りでしょうか、沢山の人がいました。正面には綺麗なステンドグラス、銅像が立っていて、十字架が飾られています。

左右に並んだ木のイスに腰掛けて、横の生徒さんを見つめました。彼は手を組みながら少し眠そうです。

私はその静謐な時間を、見知らぬ彼の横で祈りながら過ごしました。


***


生徒さんたちが出ていく流れに逆らって、私は十字架の前に立ちました。神聖だとは思うものの、祓われる訳ではありませんでした。
生前の私が神を信じていたのかは分かりませんが、こうして幽霊になった以上そういったものがあることも易々と否定出来ません。

「かみさま」

声が静かな聖堂に響く。生きていたならそうなったのでしょうが、私は死人でした。

「かみさま、」

手を組んで、胸の前へ。それは救いを求める信者の真似事でしかありません。死者が神に祈るなんて、馬鹿馬鹿しい話です。

そう、私は幽霊。つきん、と胸に何かが刺さるような気がしました。

私もこんなところにいたんでしょうか。さっきの女の子たちみたいに制服を着て、当たり前に勉強をして、部活に夢中になったり、帰り道に何か食べたり。どうして私は自分が死んだ理由すら知らないんでしょうか。かみさまがいるとして、私にどうして死後の安らぎをくださらなかったのでしょうか。

今も、いつでも、私は一人ぼっち。

「寂しい…」

ふと呟いた言葉は、本当に幽霊のようなものでした。情けないなと思います。本当の幽霊にはならないって敦さんと約束したのに。
目の端を拭った、その時でした。

「大丈夫?」
「!!」

私は背後から抱きしめられました。首筋辺りに埋められる顔。私がまるで生きているような錯覚を起こさせてくれる、ただ一人の人。

「辰也、さん」
「レイ」

優しい声音が返ってきました。

「お祈りなら、もう終わりましたよ」
「ちょっと、忘れてたことがあって」

温もりが身体から離れました。私の横に彼が並びます。

「レイ、オレは、レイの未練が何なのか、分からないままであってほしいんだ」
「え…」
「未練が晴れて、成仏して、そうしたらレイはいなくなっちゃうだろ?」
「そう、ですね」
「嫌なんだ、それが」

綺麗な瞳が伏せられます。

「大切な人なら、幸せを第一に願うべきなのに」
「………」
「オレは自分勝手だ」
「そんなこと、ありませんよ」

言葉が零れる。目から雫が落ちました。

「辰也さんの、せいですからね。涙が、とまらないのは」
「レイ」
「どうして、でしょうか、わたしは、なんで、しんじゃったんですか」
「…泣かないで」

抱き寄せられて、彼の胸に顔を埋めました。

「レイ、好きだ」

苦しそうな辰也さんの声。私はその声に返事ができないまま、ただ泣きつづけていました。

prev next

戻る

情交と街