プロローグ

―――日本某所にて。真っ黒なローブに身を包み、痩せこけた男が怪しげな笑みを浮かべていた。傍らには小綺麗な服装の整った顔立ちの男がつまらなさそうな顔を隠しもせず佇んでいる。

「さぁバーボン、今宵は満月。絶好の魔術日和だと思わないか? 早速だがいまからあのお方へ捧げるための魔物を召喚しんぜよう」

まるでお祭り前の子供のようにはしゃぐ痩せこけた男に対し、バーボンと呼ばれた眉目秀麗な男はその整えられた眉を潜めて「はぁ、召喚ですか」と言った。

「魔術を見せていただけるのではなかったのですか?」
「召喚術も立派な魔術の1つさ」
「なるほど。そういうことであれば、ぜひ見せていただきたいものですね。それが本当に組織にとって有益なものかどうか興味があります」

ツンとした口調でバーボンは言った。これから行われることに対して1ミリも信用していない様子のバーボンなど意に介さず、痩せこけた男はスキップでもしそうな勢いで地面に模様を書き始めた。とうに50歳を過ぎたであろう大人が大はしゃぎしている姿ほど痛ましいものはないなと内心思いつつその様子を見守る。

組織からこの男が研究している魔術について調べ、有用性のないものであれば男を始末しろと命令されたバーボンは、既にこの任務を引き受けたことを後悔していた。どう考えても有用ではない眉唾ものの儀式すぎる。ジンにでも押し付けてしまえばよかった、と。酷すぎる眼前の光景になんとか耐えながらバーボンは男を観察する。地面を引きずるほどの長いローブに、身の丈ほどある長さの大木を削って作ったような杖。なるほど見た目は確かにそれっぽい。だが男がしようとしている魔物の召喚という内容があまりにも突拍子のないことで、子供のおままごとに付き合わされている気分だった。

「さて、後は生贄を添えて、召喚のキーアイテムを真ん中に置く…杯には触れぬよう……」

ブツブツと男が呟きながら、人が1人入るには十分すぎる大きさの麻袋をずりずりと引きずりながら陣の真ん中へ配置していた。微かに香る鉄の匂いと、男の呟きを拾ってしまったバーボンの中で、あぁもうこいつは始末しよう、とバーボンのような別の誰かが叫ぶ。こんな眉唾ものの犠牲になった命があるなんて!
苛立ちのまま懐に忍ばせていた拳銃のグリップを握ったバーボン。だがその引き金が引かれることはなかった。男が生贄と呼んだ大きな袋の傍らに置かれた杯が、目を潰すかのような勢いで光り始めたからだ。
は?まさか―――閃光弾? そう思わずにはいられない現実主義のバーボンは、勢いに飲まれ思わず目を瞑った。