「マグルに盗まれるなんて、僕も可哀想に」

闇が辺りを包む中、私達はステージの中央に置かれた品物を注意深く見つめる。大勢の人間が真っ黒なローブにすっぽりと身を包んでおり、それは私達も例外ではなかった。

「私、こういうところに初めて来たんだけど……例のあの人の学生時代の記憶であるあなたが、こんなにも闇オークションのお作法に詳しいことに突っ込みを入れるべき?」
「闇の帝王の深淵に触れたいのであればご自由に」

ハハ、と朗らかに物騒なことを口走るリドル。闇祓い局の局長様から直々に指令を受けてオークションに来た私達(所属は違うけど)。時は遡ること数日前……。


「やぁアンナ、リドル。早速だけど君たちにしか頼めない案件が舞い込んでしまったんだ。聞いてくれるかい?」
「僕たちにしか頼めないと言っておきながら"聞かない"という選択肢を与えるのか?相変わらずだねポッター」
「息をするように皮肉を言う君も相変わらずなようで安心したよ」
「あなた達は会う度にギスギスしなきゃ気が済まないの?ええと、ちゃんと聞くから。その案件って?」

リドルとハリーの軽いじゃれ合いにため息を吐きながら目の前の偉い人が座る椅子に堂々と座る旧友に―――いや実際偉いんだけど―――話を促す。

「ヴォルデモートが拠点として使っていた屋敷の一つからリドルの日記のようなものが見つかったんだ。分霊箱として機能はしていなかったようだけど、その日記には確かにヴォルデモートの記憶が移されているものだ。世の中に出回っていい物じゃない。ずっとあいつの手元にあったのであれば尚の事、その思想を持った記憶の危険性はわかってくれるはずだ」
「それを僕も居るこの場で言うなんて……酷い男だ。 賛同するけれど。僕は僕1人で十分だ」
「相変わらずな君の思想もどうかと思うんだけどね。で、それがなんの手違いかマグルに盗まれちゃって行方がわからなくなったんだ」
「は!?何それ一大事じゃん!」
「マグルに盗まれるなんて、僕も可哀想に」

はぁ、とおちょくるようにため息をつく論点のずれているリドルのことを無視しながら私はハリーに詰め寄る。

「闇祓いは何してたのよ!」
「まぁまぁ。ヴォルデモートのことを未だに恐れている人は多い。そんなあいつの記憶が閉じ込められた日記を恐れる気持ちもわかるだろう?」
「はぁ……つまり私達でその日記の行方を探って回収しろってことね?」
「ご明答。まずはロンドンで開かれるマグルのオークションに行ってほしくて―――」


……というのが数日前。そしていま、私達はオカルト的事象を信奉しているマグルのフリをしてオークションに潜入しているという次第だ。とはいってもマグルのいう“オカルト的事象”を日常的に目の当たりにしている私達からすれば、誤った知識を至極真面目な顔をして話し合うマグルたちを笑わないようにすることが大変なだけで、後はいつも通りの格好だ。
リドルはマグルの中に混じることが嫌なようでずっと横で文句を言っていたけれど、私が「じゃあオークションが始まるまで頁の中に居れば?」と言えば「マグルが信奉する僕たちの世界には興味がある」とかなんだとか言って、私の側を離れることは無かった。

「それにしてもなんの魔力も込められていないガラクタにこれだけの値段……物の価値がわからないとは嘆かわしいことだ」
「まぁ…マグルからしたら何が本当で何が錯覚かなんてわからないわけだし、信じられるものがあるうちは幸せなんじゃない?」
「物は言いようだな」

いくつかの品がオークションにかけられていたが、どれも魔法道具とは程遠い眉唾ものばかりだった。これは期待はずれかと思い、リドルと帰る準備をしていた時だった。

「―――さぁこれが最後のとっておきの品!触れると不思議、跡形もなく消え去る呪いのビッグジュエルだ!」

辺りがざわめき立つ。リドルはそんな会場の様子を一瞥したあと、「ポートキーか」と呟いた。

「ポートキー…なるほど、確かに触れると移動するから跡形もなく消えたように見えるね」

思わぬところでハリーへのお土産ができてしまった。オークショナーがとっておきと言うだけあり、会場は沸き立ち、どんどん値段が上がっていく。リドルはつまらなさそうにその光景を見ているが、私は誰が競り落とすかしっかり覚えなければいけないため、つまらなさそうにはできない。リドルのマイペースは今に始まったことではないから咎めることはしないが、ちょっとだけ腹が立ってその無駄に細くて長い脚を蹴り飛ばした。
あっという間にものすごい値段まで跳ね上がったポートキーを競り落としたのは、いかにもお金を持っていそうな老人だった。ていうか、日本人だ。和装に身を包んだ老人が珍しくて私は思わず凝視してしまう。私の中に半分だけ流れる日本の血が懐かしいと言っているようだった。
商品はオークションが終わってから競り落とした人に渡される。日本人がわざわざイギリスまで来て闇オークションなんて、と思ったが老人の表情を見るに、オカルティズムに興味があるというよりはビッグジュエルに興味がある風であった。こんなところに来てまで宝石なんて、お金持ちの考えることはわからないなぁ。

「アンナの穢れてる方はお金持ちでしょ」
「その言い方やめてって言ってるでしょ。ていうか私今声に出してた?」
「さぁ。アンナが無防備なのが悪い、とだけ」

うっかり気を抜くと開心術を使ってくるこの男、油断も隙もない!

「ほらほら、あのご老人、もう帰ろうとしてるよ」

そのリドルの言葉に慌てて席を立ち、老人を追いかける。

「つまらなさそうにしていたのに、誰が競り落としたのかは見てたのね」

私がにやにやしながらリドルを小突くと、「本当、君って可愛げがないよね」と言いながら頁へ消えていってしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
リドルが消えて1人になった私は杖を構えながら老人の周りから人が居なくなるのを待つが、ガードマンのような黒服の男達がずっとついていて隙がない。日本人のご老人は思ったよりもガードが固く、また大物のようだ。
仕方ない、と思い私は杖を振る。一時的に気絶させる魔法によりご老人を含めた黒服達がその場に倒れる。ご老人が大切に持っていたポートキーに入った箱を引き寄せ呪文で手元に呼び寄せた。これで一安心―――その時だった。

「うぅ…おのれ、ワシのビッグジュエル……」

うめき声を上げるご老人にびっくりして振り返る。その拍子に箱の蓋が開いてしまい、中に入っていたポートキーが飛び出てしまった。思わずポートキーを私は手で掴む。どんな魔法がかけられていてもとても価値のある宝石を落とすわけにはいかないという思いが強すぎたのかもしれない。そう、私はポートキーを手で掴んでしまったのだ。
あ、と思った瞬間にはもう遅く、私はぐるぐると脳みそをかき回されるような不快感に包まれてしまうのであった。