Act-24 好々爺
現役警視総監と顔を合わす機会なんて警察官であってもそうそうある事ではない。

忙しい合間を縫って邸に戻ってきたのは自分たちに会う為だろうと、コナンにはわかった。
顔なじみになった目暮や高木とはランクが違いすぎる殿上人。
警視総監を相談相手に巻き込む事ができれば組織壊滅にも拍車をかける事ができるだろうとは思ったが、一歩間違えば、疑われる。
好々爺のような顔でサンルームに顔を見せたものの、歴戦の強者を目にするようなもの。

「おじさま! お帰りなさい!」

唄を披露するために席を立っていた桜がパタパタと駆け寄り抱きつくと白馬は大きな手でサラリと頭を撫でて目を細めた。

「お帰りなさい、お父さん。随分と早かったですね。今日の帰りは深夜だと思ってましたが」
「ただいま。桜、探。 本庁においてあるフォーマルが汚れていたのでね着替えに戻ってきたんだが、その前に桜のお友達に挨拶しておこうと思ってね。 つい邪魔をしてしまった」

ニコニコと桜の頭を撫ぜる白馬。

「お邪魔しております。白馬君のクラスメートで小泉紅子ともうします。 このような服で申し訳ございません」

先陣を切って優雅に挨拶をしたのはほかならぬ紅子。

「いやいや、とても美しい魔女に会えて光栄だよ。桜が無理に頼んだらしいね。 君の魔法が見れなかったのがとても残念だ」
「恐れ入ります。 ですがたいした魔法ではございません。 子供相手の目くらましでございますわ」
「そんな事ないもん。紅子ちゃんの魔法、とっても綺麗だったの! タロットカードが虹色の蝶々になってサンルームを飛んだのよ!」
「そうなのかい?」
「えぇ。 本当に見事でした。 クラスにマジックを勉強してる黒羽くんという子がいるんですが、残念ながら桜に変装を見抜かれました」
「おやおや。 可哀想に。 元もワトソンがいる時点でこの家に入れないと思うんだが」
「と、云ったんですが、本人がどうしても、と。ですがワトソンと桜に見破られて撃沈されました。 しかも桜のマジックで硬直してしまって。」
「おや、我が家のお姫様はマジックを覚えたのかい? それも見逃してしまったようだ」
「あのね、お魚さんの形したチョコを、元太君が持ってきてくれたヤイバーのお菓子の袋から出してあげたの! ほら、こないだアメリカのお兄さんとお姉さんが沢山送ってくれた荷物の中に入ってた魚の形のチョコレート! そうしたら石像みたく固まったちゃった」
「あぁ。まるで生きてるような魚の包装紙のやつだね? 気の毒に。だが、心配はいらないよ。私がかえってきた時には石像は無かったから無事に息を吹き返したようだ」
「良かった!」

白馬の言葉に桜はにこり、と微笑んだ

「旦那様、珈琲位飲む時間はございますでしょ?」
「30分は邪魔するなと言い捨てて来たよ」
「でしたら、直ぐお淹れします。30分なら豆から挽けますし」
「ばあやの珈琲は美味いからね。 一口貰おうか」
「じゃあ、桜が珈琲豆を挽いてあげる」
「挽くって、機械でガーってやらねーのか」

コナンが首を傾げる

「白馬のおじ様はミルで挽いたのが大好きなの。桜は珈琲はよく分からないけど、味が柔らかくなるんですって」

部屋の片隅に置かれた珈琲ミルに豆を入れて貰って取手を回すとガリガリと音がする。

「へぇ〜 面白いですね。お父さんが昔持ってて写真見た事があります。捨ててなければ物置に有る筈です」
「歩美はデパートで見たことあるよ! 珈琲メーカーがあるから、買わないって言ってた。でも、お祖母ちゃんの家に有るんだよ」
「俺は無い。 母ちゃんはいっつも粉になってるのを買ってきてるし。」
「ね、桜ちゃん。歩美も挽いていい?」
「ん! じゃあ、此所をね、右に回して。」
「右側?」
「うん。でね、挽き終わるとカランって取っ手が軽くなるの」
「ぼ、僕もやりたいです!」
「俺も!」
「元太君は馬鹿力で壊してしまいそうだから駄目です!」
「壊したりなんてしねーよ!」
「あ! 元太君!! 割り込みは禁止です! 歩美ちゃんが先です!」
「じゃあ、小嶋君の代わりに私が挽こうかしら…」
「ひでぇ! 桜、なんとか言ってくれ!」
「って言っても。おじ様の分だけじゃあっという間に引き終わる… あ、そうだ! 探君と紅子ちゃんにも淹れて上げて! そしたらみんなで挽けば丁度いいわ」
「そうですわね。 じゃあ珈琲豆を少し増やして… たまには和柄のカップをお出ししましょうか」

ばあやに何事かを言われたメイドがパタパタとサンルームを出ていく。

(つったく、たかが珈琲豆ごときで。灰原も灰原だよな…。 けど、豆をひく時の香りは久しぶりだ…。ってかブラックコーヒー… 飲みてぇ。 子供用のアフタヌーンじゃなくて大人の味の濃いビーフシチューとフランスパン。スパイシーなインドカレーとガーリックナンのコース料理とか香辛料の効いたタイ料理…)
しれっとしたあきれ顔のコナンを除く子供達は入れ替わり立ち代わりでガリガリと挽いていく。

「いいものだね。子供達の笑顔は。珈琲の味が楽しみだ」
「コナン君は混じらなくていいのかい?」
「あぁ。 ミルなら俺んちもあるからいーんだ。 もう10年近く使ってねーけどな。珈琲淹れるなら俺も砂糖ぬきのブラック珈琲飲みてぇ…」
「10年? コナン君は桜と同じ6才だろう? それに子供に珈琲はカフェインが強すぎてダメだよ」
「!!! って、新一兄ちゃんが言ってたんだ! 本を借りに行った時、見せてくれてね!今は自宅で焙煎出来るのも置いてあるんだよ。 新一兄ちゃんブラックコーヒーが大好きで毎日ガバガバ飲んでいて、その影響で僕も飲んでたから」

コナンはあわてて言い繕い哀が呆れたような溜息を吐く

白馬は子供達が入れ替わり立ち代わりで挽いた豆でばあやが出した珈琲を飲む。

「うん。 ばあやの珈琲は何時も美味いが子供達が挽いてくれた豆は絶品だね」
「そうですね。  紅子さんは珈琲は大丈夫でしたか?」
「えぇ。 珈琲も紅茶も好きですのよ。 それに子供達が挽いてくれた豆ならいつでも歓迎いたしますわ」

子供達と和気藹々と話をしているとサンルームのドアがノックされて私服警官が遠慮がちに顔を見せる

「ご歓談中失礼致します、総監! そろそろ着替えて下さらないとお時間が…」
「分かった、直ぐ行く」
「明日のスピーチ原稿も預かってますが」
「それは車の中で読む」

軽い溜息を付く白馬。

「やれやれ。 もっと子供達を構っていたかったが残念だ。 探 パーティが終わったら子供達とそちらのお嬢さんはちゃんと自宅までお送りするんだよ。子供達は6時前には自宅まで送るようにな」
「勿論その積りです」
「それじゃあ、私はまだ仕事があるから失礼するが、ゆっくりとして行きなさい。」
「いってらっしゃい! おじ様」
「お気をつけて」

好々爺から警視総監に戻った白馬の顔が変わり、姿勢まで変わって足早に出ていく白馬。


「―… 残念だったわね。江戸川君?」
「あんだよ? 残念っつーのは」

哀がくすりと笑う

「あわよくば白馬警視総監とお近づきになりたいって顔してたわ。 もっと演技をしないと普通の子供じゃない事がダダ漏れよ」
「だってよー。俺達のは子供用の味付けだろ?白馬たちのはちゃんとした大人向けだぜ? お前だってそう思ってンだろ?」
「子供の体系なんだから仕方ないでしょ? それに子供に味の濃いものやカフェインの強いものはダメなのよ?」
「幾ら俺だって立場位解ってる。 高木刑事とかならまだ色々誤魔化す事ができっけど、警視総監は別格だかんな。それに白馬探もイギリスじゃ名のしれた探偵で、ヤードとの繋がりもある。 俺はガキの姿だし、高校生探偵っつーても日本の事件しか解決してねぇからな。 白銀の親父さんだってそうだ。娘を預ける位警視総監と付き合いがあるって事はそれなりの危険な仕事をした事があるって事だろーから、ランクが違うすぎるだろーが」
「あら? 江戸川君の事だから服に汚れがとか云いながらGPSの一つも付ける位はするのに」
「ンな危険な事ができっかよ」

(アメリカにいる兄姉? っつー事は親父さんの仕事の後輩の事だろうが、BQって何の略だ? BQも女性だからその人をお姉さんと呼んでたのか? いや、それよりも―)
「―…ま、暫くは近ずく手段をじっくり練っ―…「江 戸 川 君 ?」って〜〜〜! ってな、な、なに?」

コナンのブツブツとした独り言を聞きとがめた哀がゴンと打つ。

「ねぇ、歩美ちゃん、江戸川君はさっきから何をブツブツ言ってるの?」
「あー。コナン君ね、考えごとする時、どっか、とぉーい、とぉーい、とぉ〜〜〜〜い世界にいっちゃうんだよ。歩美たちには分からない言葉を喋り出すの」
「とぉーい世界?」
「そーそー、俺がちっせえときはー とかいうんだよな」
「あとね、ハワイで親父に、とかヘンな事もいうんだよ!」
「コナン君がブツブツと呟くのは何時もの事ですが、お茶会の時まで事件の事を考えるなんて招待してくれた桜さんや白馬のお兄さんに失礼ですよ!」
「あ、アハハハハハ… だね。」

コナンは冷汗を堪える。

「えっと、その蘭姉ちゃんとか園子姉ちゃんがこの場にいたらすっごーく羨ましがると思ってさ!」
「園子さんというのは鈴木財閥のお嬢さんですよね。 そのお嬢さんならウチのお茶会なんかよりもっと凄いパーティが出来るでしょう? それこそベルツリーホテルの宴会場を貸切で、世界一流のピアニストを招待して、マジシャンとかも呼んで」
「そうですよねー。園子お姉さんならやりかねません。」
「じゃあ、今度は園子ねーちゃんに頼もうぜ! ゴーセーなお茶会やって食えない程の土産くれって!って うな重100個とカレー100皿位だしてくれねーかなぁ…」
「はぁ… 元太君って夢がない…」
「そっか?」
「全くです。元太君はそこらのファーストフードで十分な気がしてきました」
「ほんと、元太君ってウナギとカレーが好きなのね」

桜がくすくすと笑う。

そんなこんなであっという間に時が過ぎる。
歩美が持ってきた和菓子がコナンの持ってきた懐紙の上に置かれて日本茶と一緒に出され、哀が持ってきたグラニテも口直しのタイミングで御洒落なグラスに入れて出される。
紅子がとても美味しい苺を沢山持ってきてくれたのでメイドが急遽ストロベリーのプティフールを作り上げて光彦の持ってきた紅茶と供に出される。
残ったのは元太の駄菓子だが、透明なラッピング袋に詰め替えられて、件の話題に上がった魚の形のチョコレートと合わせてお土産の一つとなった。
皿に置かれて食べきれなかったキッシュはお土産としてスコーンと一緒に御洒落な箱に詰められたが、元太は綺麗にペロリとたいらげたので量的には少なくぶーぶーと喚いたがこればかりは仕方ない。
5時に車の用意が出来たの連絡が入ると、未練がましくむしゃむしゃと食べ出した。

「元太君! 食い散らかしは下品です! ここは元太君の家じゃないんですよ! 後片付けをしてくれるメイドさんたちに笑われるのは元太君で! ひいては少年探偵団の恥なんですからね!」
「だってよ〜〜 勿体ねーし」
「だからといって椅子の下に食べ物を落としていいっていう法律はありません!」

見渡せばパンやらサラダの葉やら沢山かけて飛び散ったチーズの欠片はコナンたちの非ではない。

「光彦君は一番マナーが良かったわね。 歩美ちゃんも哀ちゃんもフォークの持ち方とか使い方、とても綺麗だったし。 光彦君は大きくなったら紳士に、歩美ちゃんと哀ちゃんも素敵なレディになるだろうね。 これから先がとても楽しみだよ」

探が褒める

「コナン君は?」
「そう、だね。 マナーも良かったけど別な意味で中々と面白いと思ったよ。」

カレー味のキッシュに合わせて出されたのは子供には苦手な香草で紅子は兎も角、元太ですら残したもの。
それを平気で食べて「美味しい」といって光彦や元太たちのを貰って食べて、もっと欲しいといったコナン。
哀も食べれるが業と顔を顰めて残した

「ー…ぇ」
「君のご両親はタイ料理とかお好きみたいだね。 子供の君がお友達の分の香草を平気で食べるって事は週1位は食べてたのかな?」
「!! つっと!! ぇ、 う、うん! とっても大好きだよ! 辛い料理とかね! (やっべぇ! 子供って香草苦手場合が多いんだった!)だ、だから、僕もなれちゃって」
「子供の内から辛い料理はダメだよ。成長の妨げにもなるからね。」
「う、うん。気を付ける、よ(ってか、灰原が残したのは疑われねー為か!?)」

(やっぱり幼児化しても素を隠すのは容易じゃないって事だけど… あの藤峰有希子を母にもつだけあって演技するのもそんなに苦ではない、という事か)
探は必死に言い訳で作ろうコナンの姿に苦笑した。
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