Act-14 予知
嫌な予感がする。

この前のリサイタルも、その前も……
不安で不安でどうしようもなく落ち着かない。
ジン兄もウォッカも皆優しい。

「ディーヴァ …… そんなに心配しなくてもいい」
「そんなに不安なら護衛を増やしてやる」

そう言ってくれるけど……

前々回の<リサイタル>
果物を届けにきてくれた諸星って名乗った男の人は組織と違う音をしていた。
前回のリサイタルでは金髪の少年のような顔の人に違う音を感じた。

不安で不安で…… 2回とも、ギリギリまでジン兄の腕の中にいた。
ジン兄の直属の狙撃部隊のキャンティとコルンが見かねて何回か見回りをしてくれた程、怯えてた。

「ディーヴァ 今日もこんな怯えて歌えンのかい?」
「何 怖い? 俺…… ディーヴァを虐める奴、撃ってやる」
「ディーヴァが……ここまで怯えるって今までなかったわよね?」


いつもなら、リサイタル前はワクワクして、頭の中に賛美歌もクラシックも溢れているのに、考えられない。
頭の中で不協和音が鳴り響いて気持ち悪い。

寒い。
不安になった時、お姉ちゃまが私をさーやと呼んで抱き締めてくれると凄く安心できたのに、今日はお姉ちゃまが居ない……
ジン兄が抱いてくれているのに震えが止まらない

「落ち着け”ディーヴァ” 何があったってンだ?」
「嫌っ…… 怖い……」
「怖い?」

普段は冷静なジンも、自分の腕の中で抱いているのにも関わらず怯え続けるディーヴァの顔色に眉を潜める

「ディーヴァ? テメェは幹部だろうが?」
「……やだ! 傍にいて」
「わかった。 傍に居てやる」

ジンは深い溜息を吐く。

「おかしいわね? 今日のスタッフに怪しいのが居るのかしら? ディーヴァがこんなに怯えるのは始めてじゃない?  シェリーが来れないのが不安なの?」
「否。 ……シェリーが来れない時は今までもあったが、こんなに怯えた事はない。」
「なら一体何があったというの?」
「音…… 不協和音…… 嫌な音が聞こえる……」

ジンにしがみ付いて呟くディーヴァ。

「不協和音……?」
「どこかの狗でも紛れ込んだかしら?」
「かもしれねーな…… 今回を含めこの3〜4回程、ディーヴァが落ち着かないリサイタルだ 。本番には支障はないが、今回の<リサイタル>が終わったら、少し間をおいたほうがいいかもしれねぇ。 あの方には俺から報告しよう」
「そうね……」

まるで父親から離れようとしない幼児そのもの。
ジンはディーヴァを抱いたまま控室のソファに座りかけて、ふと、黒いカーテンの刺繍飾りの1点を見る。

「どうしたのよ、ジン?」
「どうすれば、ディーヴァが落ち着くかと思ってな……」

指で口を押えながら、目を細めて、ディーヴァを抱いたまま指でそこを指し示す。

「……っ」

ディーヴァがビクンとおびえてジンにしがみ付く。

「そんなに不安なら、警備主任の野郎を呼んで、<リサイタル>の間中、舞台裏でお前に張付くように言ってやる。 万一の時はテメェの命と、部下の命を貰い受けるってな」
「それがいいわね。 そうだわ、キャンティ。 ディーヴァにココアを上げて頂戴。サーモ・ポットの中に作ってきたのが入っているの。」
「あいよ。」

キャンティがマグカップにココアを入れる。

「ウォッカ。警備担当のチーフを呼べ」
「了解しやした。……仕事云々って言ったら兄貴の呼び出しって言っても?」
「ああ。構わねぇよ。」
「なら引っ張ってきます。」

部屋の片隅にはディーヴァの影武者として教育している歌い手が大人しく座っている。
ディーヴァの影武者である限り、家族の生活は保障され、他の歌い手よりも贅沢な生活が出来る。
洗脳しているため、自分がディーヴァだと思い込み、<リサイタル>で歌っていると信じ込んでいる。
そのため、沢山の呼びかけへの答え方はマニュアル化して覚えさせているがキーワードがない限り一言も発しない。

「ディーヴァ」

ヴェルモットが影武者のディーヴァに声を掛ける。

「私たちの”可愛いディーヴァ” 怯えなくても大丈夫よ。 窓辺のソファの方がエアコンが効いて暖かいわ。 甘いココアでも飲んで落ち着きなさい」
「はい……」

仮初めのディーヴァはココアの入ったマグカップを受け取って大人しく窓辺のソファに移る。

「ディーヴァ 俺がお前の傍に居てやる。 だから、<リサイタル>までゆっくり休め」
「大丈夫よ。ディーヴァ  今ならまだ少しは休めるわ……」

ベルモットは心得顔で、ジンの腕から小さな躰を抱き移すと母親のように抱き締める。

「後はジンに任せて <リサイタル>で歌う曲の事だけ考えなさい」

こくん、と頷くディーヴァ。

「いい子ね」


コンコン


「兄貴、連れてきやした」

ウォッカの声にジンからディーヴァを受け取ったベルモットがカーテンの影に入り、キャンティとコルンは残る。
ディーヴァの影武者である少女は弾かれたようにカーテンの奥に入ろうとする。

「ディーヴァ。 お前の護衛との初の顔合わせだ。今日はここに居ていい」

ジンの言葉にディーヴァは黙って頷くと、ソファに座りなおした。

「入れ」

ジンが云う。

「失礼致します。 お呼びだと伺いましたが」
「ああ…… 一寸ばかし用があってな。」
「何なりと……? 何かございましたか?」
「ディーヴァが前回と今日のリサイタルに限って落ち着かねぇ。 だからな? お前に頼みをしておこうと思ってナァ?」
「た…… 頼み? ディーヴァ……様? 確かスケジュールでは出演時間の1時間前までカーテンの奥でお休みになられてる筈のお時間では……」
「あぁ。テメェとディーヴァが顔合わせをするのは初めてだったな?」

悠然と煙草を取り出してマッチで火をつけるジン。
じらすようにゆっくりと煙を吸って、息を吐く。

「ディーヴァがここから舞台に付くまで……」
「は?」
「部隊が終わってから控え室に戻るまでと、車に乗って帰るまで……」

ジンがニッと笑う。

「お前にも俺とウォッカと一緒に護衛について貰う。」
「……!! 私も、ですか?」
「ああ……。 一応、お前は<リサイタル>会場の警備責任者だ。万一ディーヴァにちょっかいを出したがる野良犬とかいたら堪らないからなぁ?」

業とらしく盗聴器のあるあたりを見る

「……ジン 様……」
「お前に、<リサイタル>の警備を待たせて2年……3年になるか? 何かあったらお前に責任を取らせるぞ」
「はい……」

顔を硬直させる警備主任

「良いか?てめぇも幹部の端くれだ。ディーヴァの顔を知っても可笑しくはない頃合いだから引き合わせた。今から、テメェはディーヴァの護衛の一人として組み込まれる。 ディーヴァに万一の事があれば、お前は命を持って償う事になる。 お前も、バックヤードの部下達も一蓮托生で降格。 お前が可愛がっている新人は1年以内に幹部になると噂される候補生だが、延期の上、暫く海外に行かせる。勿論、設備なんてロクに無い場所にナァ…」

クックックッと笑うジン。

「何なら、右腕の1本位、前払いしておくか?」
「御冗談を。 警備主任として、ディーヴァ様を守るのは当然の義務。 お任せ下さい」

ディーヴァの座るソファーの前で中世の騎士の様に片膝を付く。
ディーヴァは伺うようにジンを見上げる。
ジンが頷く

「ならば、誓いなさい。」

仮初めのディーヴァが声を掛ける。

「お前はディーヴァのモノになり、今日の<リサイタル>からこれからも続く<リサイタル>でディーヴァの命を守りなさい。 歌媛である私の命を守りなさい。 お前が幹部としての生涯かけて守るならば、お前と、お前の部下達の命を保証するように、ジンに頼んで上げる」
「心得ましてございます。歌媛の命…… ジン様のように守れるかどうかはわかりませんが、命を懸けてお守りを」

警備主任は一層深く頭を垂れる。


(ジンは、アレに気が付いた。気が付いて業と聞かせる為に俺を呼んだ。つまり…… チャンスは今回限り……)

「……ジン様……? 他に御用は」
「無い。 言っておくが、一つの不手際も赦さない。 ディーヴァに擦り傷一つ、つけるなよ……?」
「承知致しました」
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