Act-07 闇の中 後編
姫湖の唇が動く。
けれど、声は出ていない。
大の男に絞められた首には手跡が残り、爪が食い込んで傷が残って居る為に包帯をまかれて居る。
意識が戻らない今、医師にも看護師にも姫湖が何を求めているのか、魘されているのか喉の痛みなのかも分からない。
「手話なら兎も角、唇を読めるのは…… 誰かいたか?」
「いえ……。 そもそも姫湖ちゃんが手話ができるのかもわかりませんし」
小さく動く唇。
「大丈夫です、Dr。 俺は多少なら唇が読めますから。」
赤井が答える。
FBI捜査官として、盗聴できすにスコープで除いた時に会話が分かるように覚えた。
障害者と面談する時にも役に立ち、録画されてる会話でも7割の正確率で読み取れる。
「そうですか……」
鎮静剤で眠ってはいるものの、恐怖が薄れるわけではない。
両親と兄を目の前で殺された。
―…… 1年で一番幸せで楽しい誕生日に。
姫湖は誕生日が来るたびに、両親の死を思い出す。
一生消えない傷痕は残る。
ー…… みず
姫湖の唇が動く。
「水? 喉が渇いて居るのか?」
ふと見れば、熱で渇き気味の唇。
ー…… お水……
「Dr。 姫湖が水を欲しがってる」
「水、ですか・・」
医師が眉を細める。
「少しだけ…… ですよ? 喉を痛めてるので沢山飲ませたら吐いてしまいますから」
「了解した」
赤井は喉に詰まらない様に抱き起こす。
「ー……?」
長い睫毛が揺れて、ぼんやりとした視線が宙をさ迷う。
「姫湖? ほら、水だ…… 」
水のみの吸い口を唇に当てれば、コクコクと飲んでいく。
「ー…… 赤井さん…… それくらいで……」
医師に止められて、赤井は水飲みを放す。
「……ぁ」
もっと飲みたかったらしい姫湖が、だだを捏ねる様な仕草を見せる。
「今は此処までだ。 沢山飲んだら喉を痛める……」
ポンポン、と宥めるように背中を撫でる
「もう少し眠れ。俺がー…… しーちゃんが側に居るから」
「しーちゃん」
唇だけが動く。
「お休み 姫湖」
「傍に居てしーちゃん」
俺が分かるのか分からないのか、姫湖の唇が動く
俺には、護ってやる事しか出来ない。
だから、護る。
姫湖の傷が癒される迄。
「ああ…… 大丈夫。俺はここにいるから…… ゆっくり眠れ」
ゆっくりと瞳が閉じられる
「俺が守る……」
俺の愛する小さな天使。
赤井はそっと額にキスをすると握りしめていた手を毛布の中に入れた。
「大丈夫ですよ、赤井さん。 熱はありますが脈は落ち着いています。ご家族の事は、目を醒ましてからです。 眠れる時に眠らせて上げましょう。 ―…… これから、眠れない日もでてくるでしょうから……」
「―……! 眠れない日……」
赤井はベッドで眠る少女を見る。
すでにニュースでは瑞樹准将一家惨殺のニュースが報道され、主犯はまだ不明。
襲った犯人たちは麻薬中毒。
司法解剖が終わって、来週にも一家の葬儀が国防総省主催で執り行われるのも決まっているが、衰弱の激しい姫湖が出られるかどうかは不明なので後見人である赤井が親族代理で出席する事になっている。
独逸とフランスにいる姫湖の祖父母たちも臨席する事になっているが、彼等の目的は姫湖が相続する多大な財産と家と多額の保険金。
家はすでにFBIの管理下にある為、葬儀の日に客間を使う事はできても、自分たちのものにはできない。
姫湖が相続する財産も、赤井が管理する事になっているので、引き取っても自分たちの自由になる事がない。
姫湖が回復して引き取ったとしたら、養育費として多大な財産をある程度は使えるが赤井は親族に預けるつもりは毛頭ない。
今、家に帰れる事はできないかもしれない。
それでも大きくなって、家を懐かしく思うかもしれない。
FBIの管理で、家の手入れをして、しっかりと守る。
「―…… 辛い事は…… 忘れてしまっていいからな?」
赤井は優しく話しかける。
「自分の事も…… 名前も記憶も 忘れられるなら全て忘れてしまっていいからな……?」
その言葉が聞こえたのかどうか
閉じられた目から行く筋も水が流れる。
―…… パパ…… ママ…… にぃにぃ……
「―…… 姫湖」
―…… 姫湖を独りにしないで…… 置いてかないで……!
「俺がいる。 俺が付いてる…… お前を独りにはしないから」
拭っても拭っても止まらない涙。
「―…… 鎮静剤を打っておきましょう。……点滴の用意をさせます」
「……」
医師の用意した点滴をして、姫湖の涙は漸く止まった。
漸く寝付いた少女をみて、赤井は、ほっと息を吐く。
(おじさんとおばさんと……聖さんを思い出して…… これからどれ程の涙を流すのか……)
涙で張り付いた髪をそっと避けて涙の残る頬や目の上に沢山のキスを落とす。
「俺は……」
赤井の言葉は宙に消えた……。
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