Act-12 出会い
キラキラとした音が1階フロアに満ちていた。

楽譜を持った子供達が飾られているピアノに向かって一生懸命弾いて、譜面をめくるのは教師だ。
つっかえつっかえ弾く子供をハラハラした顔で見守るのは家族だろう

「今日は随分と賑やかですねぇ」

落語のDVDを手に取って会計をして貰い乍らオールバックでスーツ姿の男が言う。

「お久しぶりですね、杉下さん。 教室の生徒達がチャリティイベントに向けて度胸を付ける為に弾いて居るんです。お耳障りでしたら申し訳ございません。」
「いえいえ。 僕もここのOBですからね。 もうそんな時期になるのかと思うと感慨深いです。 もしかしたらこの中から未来のピアニストやバイオリニストが出てくるかもしれないと思うと楽しみですよ。」
「確か留学為さるまで、かなり長い間ヴァイオリンでほぼ毎年でてくださったとか? ヴァイオリン課の生徒ではありませんが、実は今年は、先がとても楽しみな子が出るんですよ。」
「それはそれは。 では上級者コースの子でしょうか?」
「まだピアノの普通クラスの子なんですが、4月から上級者コースに上がると聞いてます。 まだ中学生なんですが、難しい技巧曲も可也こなしてて… 」
「中学生ですか?」
「ええ。今年入った子でー… あ、あの子ですよ。 雪乃ちゃん!」

店員がブラウスにキュロットスカート、背中にリュックという出で立ちの少女が入って来たのを見咎めて声をかける

「こんにちは。今日はレッスン日だったかい? 一人?」
「にぃにぃとこれからお昼ごはん。 会社の同僚からデパートのレストラン街で使える20%オフの券をもらったんですって。欲しい楽譜が届いたって連絡があったから行きがてら取りに来たの。いつもの30分フリーパーキング」
「また注文かい? 今度は何を?」
「ライオンキングのフルスコアが欲しくて」
「そう。楽しみだね。 ライオンキングのミュージカルは見たのかい?」
「えぇ! にぃにぃが連れってくれたの。 曲としてはオペラ座の怪人が好きだけどキャッツも楽しかった!」
「キャッツのメモリーは名曲だからね。もう弾けるようになったのかい?」
「まだ暗譜ではひけないけどなんとか覚えたの。回転席とか、素敵よね。 左側の席だったんだけどタガーに舞台に引き込まれて踊っちゃった」
「そりゃ凄い! 滅多に出来ない経験だよ」
「そうなの?」
「演じる役者さんにもよるんだけど、タガーがお客様を舞台に引き込むのは劇団のファンの中じゃ有名だよ。それにキャッツは何処の席でも楽しめるしね」
「そうね。色々な猫がステージを駆け回っていたわ。休憩の時に2階席に猫が出てきて席を外してるお客様の席に座ってたり、ポールからスルスルッと降りて来たり、とても楽しかった。オペラ座の怪人はファントムの声が凄く素敵でまた観に行きたい」
「雪乃ちゃんはホントにミュージカルが好きだよね。 僕もミュージカルが好きで色々と観てるー…。 あ、そうだ。 あのね、このおじさんは杉下右京さんっていうんだけど、ここの音楽学校のヴァイオリン科のOBなんだ。」
「ヴァイオリン?」
「そ! こう見えても警視庁の特捜科の警部さんで推理は警視庁内一番の和製ホームズ。 で、この子がさっき話した諸星雪乃ちゃん。」
(え? 杉下右京? 待って待って、ここってコナンの世界だった筈で、TVドラマとは関係ない筈ー…)

雪乃の思考力が停止する。

「そう怯えられると自己紹介がしにくいんですが…」
「!」
「可愛い後輩を虐めたりはしませんから驚かないで下さい。」
「あ…」
「全く、君が余計な一言をいうからですよ。」
「すいません。 ごめんね、雪乃ちゃん」
「い、いえ、 だ、大丈夫、です。」
「驚かせしまったようで申し訳ありません。 改めまして、杉下右京と申します。 確かに警視庁勤務ですが、暇を持て余している窓際族なのでご安心下さい。」
「ー…  諸星雪乃、です。」
「雪乃さん。 とても良い名ですね。 今日は学校はお休みですか?」
「杉下さん… 雪乃ちゃんは2期制のアメリカンスクールでもう春休みに入ってるんです。サボるなんた子じゃないんですから補導とかしないで下さいね それに今日は土曜日です」
「そうでしたね。 警察なんて商売してると曜日の感覚が無くなってしまいます。 そうそう簡単に補導なんてしませんからご安心下さい」
「大丈夫です。にぃに… 兄の会社も土日はないので。」
「おや、そうなんですか?」
「8連勤して3連休のシフトですそれにフレックスで出勤する時もあるので… 最近は土曜日曜で連休を入れてくれる日もあるの」
「シフト制というならデパートとかもそうですけどね。ですが8連勤ではお家に居ない日が多くて寂しいのでは?」
「でも、お休みの時はうんと甘えさせてくれるから! それにね、最近、お昼ごはんをお弁当にしたの。 にぃにぃ、とても喜んでくれるのよ」
「そりゃ凄い。 ご飯とか炊くのかい?」
「ご飯はタイマーで炊けるもん。 殆ど夜の残りもの でもスープやお味噌汁はジャーにいれて電気であっためておけるもの。あとはレンジでチンできるオカズばっか。手抜きでレトルトの具材を混ぜるだけのご飯とかもしちゃうけど」
「それでも喜んでくれるでしょう?」
「うん。会社の同僚や先輩や後輩に羨ましいっていわれたって。でもにぃにぃはシチューとか作るのよ。あとパスタ」
「でしたら一緒に作る時も?」
「時々… 」
「そりゃまぁ、妹が料理するようになってお昼を作ってくれるようになったって思えばお兄さんとしては自慢するしかないでしょう」
「そうかな?」
「雪乃ちゃんが年ごろになったらお兄さん大変だろうねぇ。張り手の2〜3発は食らわせそうだ」
「駄目!! 誰にも上げないもん!」
「雪乃ちゃん… それ、意味が逆だって」
「仲の良い… お兄さん、ですね?」
「はい。誰よりも恰好良くて強くて、自慢の兄です」
「でしょうねぇ。 雪乃さんの顔をみればお兄さんが大好きな事がわかります」
「ふふっ… そう、ですね。あ! 30分すぎたらパーキング代かかっちゃう!」
「すいません、御引止めして」
「いいえ。 じゃあ」

腕時計をみてあわれたようにペコリ、と頭を下げてエスカレータに向かう少女を見送る。
大人の子供が混在しているような不思議な少女。

「さて、あんな可愛い後輩が出るなら、僕も久しぶりにヴァイオリンを出してみましょうかねぇ… 」
「OB参加枠の申し込みは定員枠が埋まって終了してしまったのでキャンセル待ちになってしまいますがいいですか?」
「致し方ありませんね。 枠が空いたら連絡を下さい。 あ、でも当日の受付一般枠で行くという事もできますしね。 NHKのシャーロックホームズのテーマ曲でも披露しましょうかねぇ…」
「ははっ! 頑張って下さい、和製ホームズさん」
「たまには、弾いてあげないとヴァイオリンが可哀想ですからね」
「楽しみにしてますよ。ヴァイオリン課の後輩たちに先輩の姿を見せて上げて下さい。」
「ー… では、精々練習に励むとしましょうか」
「あー… そうそうヴァイオリン課といえば一寸面白い子がいたんですよ」
「”面白い子がいた” ですか? 過去形という事は止めたんですね?」
「少し癖のある弾き方をするのでプロにはなれない子でしたね。 ヴァイオリンを習いう理由っていうのが推理小説で読んだ ”シャーロック・ホームズ”がヴァイオリンを弾いていたっていうのが切っ掛けです」
「ほぉー… それはまた変わった理由ですね」
「同じ理由でサッカーをしてて。頭はイイんですが推理小説に夢中になり過ぎてレッスンの時間に遅れる事もしばしばあって…」
「おやおや」
「で、そのご両親はご夫婦そろってかなり有名なんですが、アメリカに行かれる事になった時に自分たちがいなければまともにレッスンにいく事もないだろうからやめさせる事にしたと」
「… その息子さんは日本に一人のこられたと?」
「まぁ、御近所に頼れる方とかいて、素封家ですから、家の掃除や生活も面倒みてくれる人がいるようで」
「あまり好きな一家ではないような言い方をされますねぇ」
「どこにでもいるお坊ちゃん、ですよ。 遅刻しても謝るまでに小説の内容とか、ニュースみて事故の分析とか原因とか所かまわず話だしてー… もて余してた生徒です」
「なる程、ね。 と、なるとそこまでの子を持つ有名人だと推理作家の工藤優作氏の息子さん、ですか」
「ー… よくわかりますね」
「そりゃまぁ、捜査一課の目暮警部補とは懇意にしてますから。時々アドバイスを貰う推理作家の息子さんが事故現場を見ると入りたがるから困ると。 小学生の頃から推理オタクだそうですよ」
「度が過ぎるのも善し悪しですよ。 杉下さんのようにプロの警察官なら兎も角、まだ子供です。ちょっと事件を解決して鼻を天狗にするような子は探偵だろうが警官だろうが大成しません」
「随分と手厳しいですね」
「あの子の生活はすべてご両親の上に成り立っているものです。所詮虎の威を借る狐ですよ。 隣が大手の本屋ですから推理小説の発売日にはせっせときて膨大に買ってる姿をよく見かけます。」
「目暮警部は褒めてましたけどねぇ…」
「さすがは工藤氏の息子さんだっていうんでしょう? 優作氏には申し訳ありませんが僕は好きになれません。 自分で稼いで買うありがたみっていうのを知らない子供にすぎません」
「ー… 反論するようですがあの雪乃ちゃんだってアメリカンスクールでしょう? 中学生でアメリカンスクールはお金かかりますよね? ご両親が素封家なのでは?」
「雪乃ちゃんのご両親は事故で無くなったんです。 雪乃ちゃんは奇跡的に助かったんですよ。」
「!」
「お兄さんが甘いのは事故を忘れさせるためですよ。 ピアノもミュージカルもね。ご両親の変わりに楽しい想い出を作ってあげるため。アメリカンスクールは環境を変える為、彼女を知らない学校を選んだんです」
「ー…」

そんな事を雑談していると楽譜の入った袋を抱えた雪乃がエレベーターから降りて来る。
杉下がまだキャッシャー近くで話をしてるのを見咎めて小さく頭を下げる雪乃に杉下は小さく手を振って挨拶とした。
パタパタと店を出ていく少女の足は弾んでいる。

「ふふっ… 可愛い年頃ですねぇ」
「可愛いだけじゃなくて頭も良くて優しい子ですよ。」
「でしょうねぇ。あの子が通ってるアメリカンスクールは授業の殆どを英語でする所でしょう? つまりお兄さんも英語がペラペラ。」
「まぁ、実際ミュージカルは英語の方が上手に唄いますよ。 声楽を勉強してもトップレベルになるかもしれないですね」
「ますます イベントがたのしみになってきましたよ」

杉下は事件の謎解き以外で久しぶりにわくわくするような感じを自覚した。
12/12
prev  next
←夢幻の果てに