Act-03 緊急コール
巳恩にやったペンダントの緊急コールが入った時、俺は任務から帰って来たばかりで、シャワーを浴びてブランデーを胃に流し込んで居る所久々にゆっくり出来る夜になる筈だったが……
電話に出たのはペアを組んで5年目のウォッカ。
銃の腕は今一だが、記憶力は抜群だ。
俺の事を兄貴と呼ぶ。

「兄貴! 本部からです。」
「本部?」
「有間邸の警報システムが作動したと」
「何だと? 誰か行ってるか? 」
「へい。 有間邸に向かってる連中からの連絡です。5分程前に緊急コールボタンが押されたと。邸近辺に停車しても怪しまれない様に警察車両と救急車を使用しています」
「分かった。 行くぞ。車をまわせ」

ウォッカの電話の応対を聞きながら、普段の黒いスーツに着替える

「へ? 兄貴が自ら?」
「巳恩が間違ってコールボタンを押すとは思えねぇ」
「わかりやした。 もしもし? 聞いた通りで。 此所からだと40分位はかかりやす。 ……はい。伝えます」

電話を切るウォッカ。

「状況によって、兄貴を待たずに邸に入ると」
「当然だ。巳恩はあのDrの子供だけあって判断力も餓鬼にしては並外れている。だが、長期戦は不利だ。早く着くに越した事はねぇ」
「先に出てパーキングに車を回します。」

俺が銃を確認している間に駆けていくウォッカ。

巳恩は幹部候補生として、教育中の子供達の中で頭脳的にはトップグループだが、邸で勉強ばかりしていて、外に出て無い生活が長い為に体力は今一つ。
だが、先が楽しみな餓鬼でもある。
有間医師は医学部門では押しも押されぬトップに君臨していた。
外部では天才外科医として、世界を飛び回る。
アシスタントの一人だったセラピストの女医と結婚したのは知る人ぞ知る事実だが、事実は外の世界に対するカモフラージュ。
だが、間に生まれた娘の事は掌中の珠以上に可愛がっていた
当然その娘も注目の的。

組織の教育のアシスタントも有ったが、2歳になる前から蕾を出して、幼稚園に入る3歳の時には小学生で習う事を理解しだした、俗にいうなれば超天才児。

ー…… その娘。

俺を恐れない子供。
父親譲りの黒髪と黒曜石の瞳で髪はダンスを習わせている所為か綺麗に伸ばしている。
身体的バランスも良く、今はまだ体力が無いが、鍛えればライフルも扱える様になるだろう。
容姿は…… 多分そこらの子供よりも可愛い。

もう一人、先が楽しみが餓鬼がいるが、その餓鬼は先日、幹部候補の中でも特に優秀なメンバーのみを教育するスイスの研究所に留学をした。
日本の支部に戻ってくる時には幹部としてコードネームが与えられているだろう。
その子供には3歳上の姉が居るが、6歳までの間に受けさせる知能テストで幹部として役に立つ可能性は10%に満たないという分析が出た。
だが、両親の血統と妹のIQの高さから組織の依頼に応じてDNAを採取する事を条件に生きる事を許され、組織の息がかかった夫婦に養子という名目で監視養育に出した。
いわばあの両親のDNAを持つ血液銀行のような物。


「兄貴! 裏道を通ります。上手く抜けれたら予定よりも10分程早く有間邸につきますぜ」
「ルートは任せる」

ホルスターにしまっている銃と予備の断層を再度確認して、ジンは瞳を鈍く輝かす。

ゆっくりと呼吸をしていると、遠くに紅い煙が見えた。

「屋敷の居間の爆薬の煙ですぜ」

目敏く見咎めたウォッカが云う。

「急げ。紅い煙は15分前後続く。 下手したら皮膚から毒を吸収して死ぬぞ」
「了解。飛ばします。」

ポケットに入れたスマホのセキュリティを解除して電話のメモリーを押すと1コールで出た。

「…俺だ。巳恩が居間の爆薬を使って、侵入者の目眩ましと時間稼ぎをした様だ。専任の医療班は向かっているか? 下手したら血液交換が必要になるかも知れねぇ。準備をしておけ。」

ウォッカはハンドルを切る。

有間邸の近くは野次馬が来ている。

「録画装置は」
「抜かりはありませんや。 顔認証以外の侵入者警報が届き次第360度録画に切り替わる装置ですからね。 其を知らないのは裏切ったルナ有間位でしょう」
「Drは邸の設備に関してはルナに必要最小限しか教えてなかったからな。 Drを襲った奴等を捕らえられるとは思わねぇが……。」
「ま、捉えられるような馬鹿な連中なら有間邸を襲ったりしませんや。 Drは生粋の組織育ちじゃありやせんが組織のNo2確実とまで言われて"あの方"の片腕と云われ、サシで話ができる上級幹部。 結婚したのはカモフラージュ。 奥方も巳恩が産まれるごろに組織の事に気づいて、FBIだかCIAの証人保護を条件に逃げ出そうとして失敗。 子供を欲しがってたDrは奥方を処分せずに出産させた。 そして赤ん坊が2ケ月がそこらで再び脱走を試みて失敗して夫人は病死を装い処分された。」
「だが、娘に罪は無いしDrの血を引いて頭もよい。 しかも3つかそこらで小学校の勉強を理解しだした。上手に育てれば天才医師になるだろう」
「だから兄貴が?」
「フン……。 Dr直々の依頼じゃいかな俺でも断れねぇよ。 巳恩はまだやっとジュニアコルトを使えるようになったばかりだ。 だが、俺のような大型を扱えるようになるかは疑問だな」
「それは、兄貴と比べる方が可哀そうです。」

ウォッカは苦笑した。

「そこを曲がれば2分程です。」

邸の正面と裏口に赤色灯を回して止まる警察車両に扮した組織の車。
比較的近所の住民が興味本位で顔を見せているが世界的権威の外科医の邸は広大な敷地、20を越える部屋、広いリビングにキッチン、そして、地下室が有る。
逃げ込んでいるとしたら地下室だ。

だが、本部の救援隊の連中は掌紋登録をしていないから開ける事はできない。
ソファと電気、冷蔵庫に水と、酸素ボンベはあるが、油断は出来ない。

ジンにしては僅か2分程の時間がとても長く感じられた。

俺達が有間邸に付いた時、予想通り侵入者供は姿を眩まし、……正確に云うと逃げた後…… だったが、リビングの壁は崩れ、所々焦げ、今だ紅い煙が残って居た。

警察に扮した救出部隊が、Drの遺体を確認し、ストレッチャーに乗せられて運ばれる所だった。
あのDrが何故撃たれた?
狙撃部隊ほどではないが、銃に慣れ、体術にも優れていたあのDrが。

「ジン様! キッチンの…… いえ、地下室のドアが破壊されてます! どうやら、侵入者が何かいじったらしく、本部の暗証コードが変わってます」
「なんだと!」

ジンは居間を通り抜けると隠し扉の前に立つ。
認証用のシステムをこじ開けようとしてぎりぎりで逃げ出したらしく銃でシステムを破壊して、ドアを開けようとしてらしく、ドアが数ミリ程度あいているが緊急エラーでがっちり動かないように防除システムが作動したらしい。
隙間から酸素を送り続けているが、意識を取り戻す気配もないという
隙間から赤い煙が入っていたら脳に達して呼吸障害を起こしている可能性がある。

「チッ! AEDを用意しておけ! キッチンの食器戸棚の横にあるだろう!?」
「はい!」

ジンは警報システムの緊急エラー解除の特殊コードを手早く打ち込む。
そして容赦なく、ベレッタに装填してある弾丸を撃ち込む。

少し経つとギギギ・・・と鈍い音がしてゆっくりとドアが開く、

「ウォッカ! ドアを開けておけ! 3分ほどで2重扉が閉まって地下シューター内部に紅い煙が再噴射される。」
「へい! 兄貴が戻るまでがっちり開けときます!」

ジンは階段を駆け下るとシューター内を見回す。
階段下に転がっているジュニア・コルトを拾ってポケットにしまうと、ソファでぐったりと気を失っている巳恩を目ざとく見つけて横抱きにするように抱き上げると階段を駆け上がる。

「兄貴! 早く!!」

2重扉は1トンを支える鋼鉄製。
ジンはあと10秒遅かったらというタイミングで扉から飛び出す。
その背後でウォッカが息を切らして転がるように壁から抜け出てドアが閉まる音と何から噴射される音。

「巳恩! 巳恩っ!!」

ジンは少女の体を横たえて容赦ない力で少女の頬を叩くと首に手を当てて脈を診る
ピクリとも動かない。

「どうやらこじ開けられた隙間から入ってきた煙を吸っているな・・」
「ジン様! おどきください。ここからは医療班の仕事です」
「あぁ…… 任せた」

白衣の医師たちが少女に近寄ると応急処置を初めて無線で連絡を取り合う。

「住み込みのメイドと教師は」
「…… 残念ですが即死です。」

警官に扮している構成員がブルーシートに包まれた遺体を見せる。

「通いの教師とメイドを洗い直せ。画像解析は」
「あと1時間ほどで」
「ウォッカ! この場はこいつらに任せて本部に戻るぞ」
「巳恩についててやんなくても?」
「俺にできることはない。 だが、巳恩の親であるDrを殺した奴を見つけて報復してやることはできる。」
「了解。」
「巳恩の事は任せたぞ」
「はい。AEDで一瞬ですが意識が戻りました。全力を尽くします」
「そうか」

ジンは酸素マスクを当てられた巳恩の手を握り締める。
わずかに反応を占める小さな手。

「俺の生徒なら。あのDrの娘なら、此くらいでくたばるんじゃねぇぞ。」

ジンはストレッチャーに乗せられた巳恩に声を掛けると自分の車に戻る。

「行くぞ。俺の柄でもねぇが、Drと巳恩のお礼参りと洒落込もうじゃねぇか」
「へい。本部の依頼で支部の方で画像解析をしてる筈ですんで、そっちに直行します。」
「それから―……」

ジンは次々に指示を出す。

「外の世界で、Drの手術を待つ患者の報復だ。Drに手を出した事、その身で償ってもらおう。」
「全くです。」

ジンの瞳が暗く輝いて、ウォッカも当然とばかりに頷いた。
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