Act-04 仇の行方
突然、意識が上昇して目を開くと、光が眩しくてクラクラした。
「やっと気がついたか」
カツカツ、と音がして黒いスーツの男性…… ジン、が覗き込んでくる。
「ジ ン?」
自由に成らない躰をなんとか動かしてみれば、病室である事が分かる。
ベッドも広く、TVがあって、大きなソファもある所から特別室だろう。
3つ位の時に酷い風邪で熱が下がらなくてお父様が勤務している病院に1週間位入院した時の部屋に似ている。
あの時、お父様は忙しい手術の合間を縫って傍に付いててくれた。
夜は部屋に簡易ベッドをおいて、傍にいてくれた。
咳が止まらない時、背中を撫でてくれた。
”大丈夫だ。お父様が治してあげるからね。 お勉強はしなくていい。沢山眠って、沢山食べて、元気になるんだ”
そういって、ー…… 勿論、他の患者さんが優先だったけど、お昼や夜ご飯の時間になると、短い休憩時間であっても、顔を見せてくれた優しいお父様は、もう居ない。
起き上がろうとしてふらついて支えられる。
「多量の血液交換と平行して耐毒性の遺伝子治療をさせておいた。身体に馴染むまで暫く掛かるが日常的行動に問題はない筈だ。起きた継いでに薬を服んで水分を補っておけ」
「ん……っ」
余り力の入らない手でジンの手の平に置かれている複数の錠剤を口に含んで、グラスを受け取りゆっくりと飲み干してほっと息を付く。
「ジン? お父様は? お父様を殺した奴等はどうなったの?」
「組織が画像解析で割り出した。 独りはお前の撃った弾で警察病院に搬送されていたからな。潜り込ませた奴からソイツのカルテを入手したが、お前の弾は見事に手首の骨を砕いていた。リハビリしても、右手は飾りで2度と使い物にならないが。 残念ながら足はリハビリすれば歩けるようにはなるだろう」
「腕を撃った人が、もう一人いたはずだけど?」
「残念だが、かすった程度だったようだ。リハビリ等で時期に治るだろう」
「―…… まだまだ練習不足ね。」
「わかってるじゃねぇか。 だが、お前の年齢を考えれば幹部候補生としてAランクの評価が着くだろう。」
「一発で殺せるようにならなきゃAランクじゃないわ。」
「云う様になったじゃねぇか」
溜息をついた巳恩にジンは苦笑する
「だが、一人には日常生活に多大に影響が出る程度の怪我を負わせた。 初めて人を撃った感想を聞いてやろうか?」
「分からない。でももっと力を付けたいと思ったわ。ジンが持つようなベレッタやマグナムのような大型のを使えるようになりたい」
「そうか」
ジンは喉の奥で笑う。
「それでこそ幹部候補生だ。お前の父親を撃った奴は保護対象を説得できず、子供に見つかり反対に撃たれたというのは、どこの所属組織であったとしても信用を失うには十分な話題になるだろうな」
「でもお父様は還ってこない。 葬儀はどうなってるの?」
「巳恩が意識の無い間に埋葬をするわけにはいかねぇから、葬儀はお前の意識が戻ってからと遺体安置室にある。お前さえよければ来週早々だな。 表面上は世界的権威の外科医として知られているからDr所属の病院主催で大々的な葬儀を執り行う事になるだろう。 国家警察だって犯人捜しをしなきゃならねぇ。 お前は父親を殺されたシーンを目撃した普通の子供より一寸だけ頭のよい6歳の子供、という事になっている。 家に地下シューターがあって、必死に逃げ込んで助かったものの警官に助け出された時は放心状態になっていたが犯人の顔をみた可能性がある、というニュースを流してある」
「私はどうなるの」
「立場上は殺人犯の顔を見た為に命を狙われる可能性がある子供として、体力が戻ったら生活の基盤をここから海外に移す。」
「あの家を売るの?」
「あの家はDr有間邸として有名だからな。当分組織のダミー会社で管理する事になっている」
「売り払ったりしないわよね!?」
「処分する方が安全だ」
「嫌よ嫌!! あの家はお父様の想い出があるの! お父様を撃った奴等、お父様を撃った場所で殺して頂戴! あの家で! あの場所で! あの地下室に閉じ込めて殺して頂戴!」
「それは出来ねぇ」
「どうして!」
「Drを撃った奴の家族を俺のライフルの的にした。 組織の医療部門を束ねている幹部を殺したんだ。しかも、この俺の生徒の父親だ。」
「ジンが、処分してくれたの?」
「まだ死んじゃいねぇがな。 左手、右肩、左肩。そして両膝。どれも致命傷にならない程度にブチぬいた。 右の上腕骨を砕いておいたから手術で治らなかったら切断だな。 まぁ、今の処ICUで生きているが、リハビリには相当長い時間が必要だ。 間違いなく植物人間同様だ。だが、Drの娘であるお前は病院で入院中の為報復はできない。 間抜けな日本警察はDrに恩の有る人物が狙撃したんだろうとやっきになって探してるだろーよ。」
「もう一人は」
「こいつは組織にとっても邪魔になりそうなヤツでな。ウォッカが仕込みをしている。そのうち処分したという連絡がはいるだろう。奴等の家族も同罪として処分してやる。」
「そう。」
「あと、お前の通っている乗馬センターの顧客の一人が警察機構の狗らしくてな。アメリカ国籍で2〜3ケ月に一度、1週間ほど日本に仕事に来ている奴がいた。」
「乗馬センターの顧客が狗だったの?」
「今、アメリカ拠点の幹部が調査確認している。狗だと確定したら俺の権限で処分してやる。」
「あの乗馬センターはお気に入りだったのに… 止めた方がよさそうね。」
「そういうと思って手続きは取らせた。」
「流石はジンね。 私とお父様の馬は」
「あの2頭なら別のセンターに預けた。お前が元気なったら合わせてやろう」
巳恩は溜息を付いた。
「狗の方はどこまで調査してるかわからねぇ。だが、お前は心配せずに報告を待っていろ」
「分かった」
「あと、形ばかりだが、警察の事情聴取もある。お子様仕様の聴取だから、女性警官も同席する。 見たままの事を話せばいい。なんならお父様はどこ? とでも云っておけ」
「…… お父様は。 お父様はジン程じゃないけど、銃の技術を持っていたのに。」
「確かにDrは世界有数の狩猟グループの1員で、ライフルの技術も一流だった。」
ジンは溜息を付く。
「銃の登録もしてあるしライフルも鍵付きの飾り棚にある。だが、世界中に手術を待つ患者が多く、ハンティングをする余裕はないので専らクレー射撃を趣味とする、というのが公式だ。 ライフルをいれてある棚は開けてないし棚の硝子は防弾硝子。不審者に気づいて護身の為にもっていた銃の弾の火薬量は少しで大怪我には至らない程度という登録だ。 おまけに家庭教師もメイドも殺された。―…… いいな。これだけが事実。 事故の後だし 犯人の顔を見たの。お父様を殺した人を捕まえてと餓鬼らしく泣いてればいい」
”君はルナの子なんだ”
そういったあの不審者はお母様の何?
お母様は私を産んで、組織を裏切って逃げようとしたと、家庭教師の一人が言ってた。
お父様に一度、お母様の事を聞いたら普段は優しいお父様が怖い顔をして云った。
”裏切り者は処分する。疑わしきは罰する。 それが掟。 月奏もお前を連れて逃げようとしなければ、裏切りさえしなければ有間巌の妻として社交界を飾っていただろう。 巳恩はお父様を裏切らないでおくれ。 お前はお父様の宝物だ。手放すような事はしたくない”
”裏切るなんてしないわ。 私はお母様とは違うもの。 巳恩はお父様が大好きだもの! 私は大きくなったらお父様のように沢山の人を救える医師になるの。 天才外科医有間厳の娘として、お父様と一緒に沢山の人を助けるの”
”そうだったな! 頼もしい跡取り娘だ。 一日も早く幹部になって、貴婦人Drとして世界にお披露目が出来る年になっておくれ”
”ええ、お父様!”
(それだけ有間巌の名前は世界に知られているのだと)
「………。」
「どうした」
「お父様に、会いたい」
「Drはもう居ない」
「解ってる。でもっ もっと、沢山の事を、教えて貰いたかった……っ!」
「巳恩」
ジンは唇を噛みしめる巳恩を見つめる。
天才児であっても子供は子供。
Drは、教育こそ厳しかったが、其以外では親馬鹿同然。
医学会や雑誌でもTVのゲスト出演の時も、親馬鹿振りを披露していた。
氷砂糖を水飴で溶かし蜂蜜で風味を付けた程だと、評されたほどだ。
「いいだろう。 組織の事は俺が教えてやる。 勉強は今まで以上の教師を付けてやる。 医学もダンスもピアノも、これからお前が望む教科を含めて全て一流の教師を探してやる。」
「本当?」
「不服か?」
「なら、お父様を撃った奴等の家を教えて」
「教えたらどうする?」
「奴等の血縁者全員、お父様と同じ思いをさせてやるわ」
「……」
「だから、教えて」
「駄目だ」
「何故!」
「今のお前はまだコルトガバメントも扱えない。 もっと体力を付けて、腕を磨け」
「技術を付けろと?」
「その時は俺達がお膳立てをしてやる。」
「ホント?」
「あぁ。 お前の気の済むように仇を撃たせてやる」
巳恩は固く目を閉じる
「コードネームを貰ったら教えてくれるの?」
「そいつが生きてるかどうかの保障はないが」
「それでもいいわ。お父様を殺した奴が生きているなら心臓をぶち抜くわ。何時かそいつの仲間たちに報復するわ。お父様を殺した奴が生きてなかったら、変わりに家族に報復をする。」
「それでこそDrの娘で俺の生徒だ。 生活は組織が保障するとあの方のお言葉だが、Drが残した個人資産は膨大だ。俺がきっちり管理してやるから幹部になったら好きな場所に億ションでも戸建の家でも好きな家を買うといい。 有間邸もお前の名義に変えて組織を知らないダミー会社で管理してやる。多数の著書の印税も特許も全てお前の名義に変えてやる。」
「そんな事ができるの?」
「組織の権力を使えば1日もかからない。だが、お前にはまだ保護者が必要な年齢だ。俺が外の世界での後見人になってやる」
「ジンが?」
「外の世界で行動する時の名前がある。 黒澤陣。これが俺の外での名前だ。お前は有間巳恩と名乗っても、黒澤巳恩と名乗ってもいい」
「Danke schoen、JIN-Vater」
「Va… 誰がパパと呼んでいいと言った!? 誰が!」
「後見人になってくれるんでしょ? Vater」
にっこりと笑みを見せる巳恩の黒曜石の瞳にジンは溜息を吐いた。
「……いいだろう。警察に何か聞かれたら、俺はお前の家庭教師の一人で週に一度。護身術を教えていると云っておけ。 次いでにDrの部下だとでも云っておけ。 組織の中ではお前は俺の生徒として、外の世界では後見人だが、俺の娘同様に遇してやる。 だが、俺の名を汚すような真似をしたらベレッタの鉛玉が脳天を貫くと思え」
「Ja」
「くっ……ははっ! 最高だ!」
ジンは面白そうに口角を上げて笑みを漏らす。
(面白い事になってきた。 なぁ、ルーナ・ロッサ? テメェの娘はどうやら、テメェの世界より俺達の世界を選んだようだ。 Dr有間が娘を外の世界で育てると言った時、本部の過半数が反対をした。 だが、Drの教育は間違って無かったという事だ)
「少し眠って体力の回復に務めろ。俺はお前が起きた事を医師に伝えてくる。」
「事情聴取は」
「能無しの警官は特別フロア前の控室までしか来られねぇ。 入ってきてもお前が眠っていたら調書なんてとれねーさ」
「……意地悪するのが好きなのね」
「能無しの日本警察に用はねぇからな。 無駄足を踏ませるさ」
「分かった。 お休みなさい」
「あぁ。お休み」
ジンが部屋を出る。
ヘビースモーカーのジンの事。
戻ってくるまでに15分やそこらはかかるだろう。
(有間月奏… いいえ、ルーナ・ロッサ。 お父様と組織に逆らった馬鹿な女性。 私は、貴女のようにはならないわ……)
目を瞑ってゆっくりと深呼吸をして息を整えれば身体はまだ疲れているのか眠気が襲ってくる。
少し経って、ジンに声を掛けられた医師が病室と警官が病室を覗き込んだ時、巳恩は再び深い眠りの世界に入っていて、事情聴取は日延べとなった。
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