バレンタイン・ラプソディー
「らぁぁぁん!!」

バタバタと息を切らして駆けてくる園子

「ど、どうしたの、息を切らして。」
「あ、当たったのよ!」
「当たったって、何が?」
「もう! アルテミスよ、アルテミス! バレンタインブッフェ! 日曜日の13時の回!キャンセル待ちで当選したの!! 規定の振込もしてきたわ!」
「ぇ…… 」

蘭の目が点になる

「す、凄い! 私、かすりもしなかった! お父さんとお母さんの名前も借りたのに! ポアロの梓さんと安室さんも外れたって」
「私なんて姉貴とパパとママと、小父様の名前迄借りてやっと1回! 」
「それでも凄いよ、園子!」
「ア、アルテミスっていえばスイス本店の、唯一の支店は日本のアルマーニホテルに有るっていう、あの、アルテミスですか?」
「光彦君、アルマーニホテルを知ってるの?」
「姉が申し込んでキャンセル待ちも外れたって喚いてたのでそのお店かと思いまして。」
「んなに有名なのか?」

一緒に歩いていた少年探偵団の子供達がいう

「そりゃあもう! スイスが本店だけに店の名前が付いているチーズケーキは絶品よ! スフレチーズケーキはイートインのみの店舗限定な上先着なのよ! 3段重ねで1枚が5センチはあって、上にチーズのアイスが置いてあるんだけど、これがまたふわふわで! ソースは蜂蜜かメープルの選択なんだけどね。 でも、個数限定だから、タイミング外したら食べられないのよ! 15センチの高さのケーキが上から下迄一気にふんわり切れるの! 」
「後、月限定の3種類のチーズケーキも毎日の販売個数限定で予約不可だしねー……。」
「スフレはイートインだから兎も角ね、チーズケーキだけでもと、学校帰りに何回も寄ってるんだけど、限定が買えたのは2〜3回よ」
「しかも月毎に味が変わるし。 」
「園子ねーちゃんの力でも無理なのか!?」
「カフェ・アルテミスが入ってるホテルは正式名称を、ホテル・アル・アマーニ・ジャパンといってね。鈴木の資本が入って無いの。 スズキの主催するパーティでスィーツケータリングを頼んだ事があるんだけど、ホテルのサービスに支障が出るケータリングと1番人気のチーズケーキの提供と、スフレパンケーキのアルテミスを作る事はできませんからって断られたの。」
「へぇ… 園子お姉さんにも出来ない事、あるんですね」
「まぁ、ね… 小父様経由でホテルの支配人に頼んでみたけど、アルテミスのオーナーは1日の純粋売り上げとして1千万の小切手を見せつけられても首を縦に振らないでしょう、と言われて、流石の治郎吉おじ様もショック受けてたわよ。未記入の小切手出したって」
「なぁなぁ、そのバレンタインイベントとか、俺達も連れってくれよ! 俺、チョコならいくらでも食えっから金も無駄にはならねーよ!!」
「歩美も! 歩美も行きたい!」
「ぼ、僕も、行きたい。です」

口々に言い出す元太と歩美と光彦

「連れっててあげたいのは山々なんだけど、無理だと思うわよ」
「えー!! なんでだよ!? 鈴木財閥に出来ねー事は無い筈だろ! なんなら札束見せて参加者から買うとか!」

さらっと言った哀の言葉に、元太が反論する

「アルテミスのバレンタインイベントはペア限定なの。男女のカップル問わずで園子さんと蘭さん、毛利の小父さんと蘭さんでもいいけど、1回20ペアで90分だか100分の時間制。 しかも抽選で期日指定の前払い。 ブッフェにしてはかなり高額だけどお土産付き。… だったかしら?」
「哀ちゃん、よく知ってるわね」
「例にもれず博士がね、一人1回第3希望迄のメール規定を破ってパソコンやスマホやらネットカフェやらと何通も送って複数応募の為、抽選対象外となりました、という主旨の返信が届いたの。フサエさんが来るっていうから連れて行きたかったみたいでね。呆れてモノが言えなかったわ」
「あー… そう。 気の毒に」
「博士にやってきた老いらくの恋なのに… 運命の女神様ってば、恋人達に試練を与えるのがお好きでらっしゃる…」

(フサエさん!)
(博士(ひろし)さん!)
(貴女の為にアルテミスのバレンタインブッフェの予約を取りましたぞ!)
(わたくしの為!? まぁ素敵! わたくし、一度行って見たかったんですの……!)

「そして二人は熱〜いラブな夜を過ごすのよ〜〜。朝は窓から差し込むお日様の光で目を醒まして熱いキスを交わして、二人でシャワーを浴びて、ペアのマグカップで珈琲を………」

ぽわわわわ〜〜〜んと夢の世界に入る園子

「そ、園子!しっかり!」
「〜っってね! 兎も角、そのガキンチョのいう通り、そのアルテミスのイベントよ! 」
「なー!! 鈴木のおっちゃんの力をかりれねーのか!? そーいわれっと、なにがなんでもいきてー!!」
「可哀想だけど、お店に入る時点で無理だと思うよ」
「うん…… 今回はね……」
「なんでだよ! ぺアっていうなら、園子ねーちゃんと蘭ねーちゃんと、俺と歩美と光彦と灰原で、あ、コナンがいるから、もーひとり……… 梓ねーちゃん誘って! で、ちょーどだろ!?5倍の金払えば売ってくれるんじゃねーか?」
「あ、それいいですね!」
「ね、ね、歩美、ママにお願いしてちゃんとお金払うから! 人数の追加、出来ないの?」
「当日のキャンセル待ちはないから無理だわね」
「なんで―… って? っ?? ぇ? 誰だこのねーちゃん」

「誰っていわれても、坊やたちが駐車場の入口前を陣取っているからバイクをいれられなくて、話がきけちゃったのよ」

そういわれて園子たちが周囲を見れば駐車場の真ん前でたむろっており―… 細い赤ラインの入った黒いスーツ姿の細身の女性がたっている

「あ〜〜! ごっ!! 御免なさい! ほら、皆、謝って。 邪魔になるから退いて退いて」
「あー… ホントだ。 ごめんなさい、お姉さん。」
「ごめんなさい!」
「あちゃぁ。 私が呼び止めた場所が悪かったわね。つい、嬉しくて、申し訳ない事をしたわ。子供達は悪く無いから怒らないであげて。 」
「怒るなんてとんでもないわ。次から気を付ければいいだけの事だもの。 目的のお店の駐車場が満車で、一寸離れたここまできただけだから。」
「ハーレーの1300cc。 凄いバイクに乗ってるんだね、お姉さん! でもハーレーを止める音、しなかったけど。」
「ふふっ ありがと。眼鏡の坊や。  ハーレーは音が大きいから、駐車場近くと家の前の公道では出来るだけ押す事にしているのよ。大型に乗りなれるとね、普通のバイクじゃ物足りないの。ダイエットにも成るし。」
「へぇ…… 」
「でっけえバイク。姉ちゃん、そんなに細いのにすげぇな」
「大型もだけど倒れたバイクを起こせなきゃ免許、取れないもんね! お兄さんかお父さんのを借りたの?」
「詳しいわね、坊や。 残念ながらこのバイクは私のよ。卒業祝いに貰ったの」
「そ、卒業祝い? 中学で乗れるの?」
「免許はスイス政府発行よ。 ー… スキップ使って医大を卒業してるの。 」

銀色の狼が描かれた黒いヘルメットを脱ぐとさらさらと流れる黒髪が目に入る

(巳恩!?)

哀が目を見開く。

「そうそう、そこの茶髪のお嬢さんの言葉に補足するとね、アルテミスのバレンタインイベントはペア参加で高校生以上から。 保護者同伴で小学生中学生の応募も受け付けるけど、お友達同士や年齢を誤魔化せないように連絡先とカード決済番号が必要なの。 甘い物が大好きな男性カップルでも女性カップルでも差別はしないけど、イベントの間は喫煙席がないからスモーカーにはキツイでしょうね。 当選したら指定期間内に2名分の内1名または全額の前払いなの。 忘れたらキャンセル扱いで他のキャンセル待ち希望者に回るわ。去年、遊び半分にスィーツ男子ペア優先席を入れたらの意外と人気で今年もいれたの」
「前払いの訳を聞いてもいい?」
「いいわよ。 実は数年前に予約しても来なかった外国人とか、抽選に落ちた有名人がね、札束ちらつかせて入れろと暴れる事件があったのよ。その時は私はまだスイスに留学中だったから後で聞いただけなんだけど、 時間厳守と明記してあるのに1時間も遅く来て予約を取ってあるから入れろ、次のお客様の分まで払うから居させととか言い出して。かと思えば時間になっても出ようとしなくて、時間制限の事は書いてなかったとか言い出して 綺麗に盛られたケーキを下から突き崩して大声で喚いて、”私達は客なのよ、お金払えばいいんでしょっ!”  って、逆キレして札束を見せてごちゃごちゃ掻き回す国の人もいて、スタッフはホテル警備員呼ぶとか、てんやわんやだったらしいわ。 だからアルテミスでも其なりに警備員を雇う事にしたんだけどそれでもマナー知らずが多くて。だからイベントの時の応募規約はより厳しくしたの。ー…… 今年は多重応募が多くて、日本語を読めないのか聞きたい人が続出よ。 知り合いに複数送ったお馬鹿さんとか居るわね。」
「え……!」

巳恩の言った言葉と同じような提案をした元太や光彦が頬を染める

「複数送ったその人は、どうしたの?」
「抽選対象外の返信で終了。大方意中の女性に格好付けたかったんでしょうけどね。バレないとでも思ったのかしら、あむろんの分際で」
「あ、あむろん? 呼び名にしては可愛わね」
「安室っていうの。だからあむろん。何処かの喫茶店でバイト生活。女性なら兎も角ね、良い大人がバイト生活よ? 情けないと思わない? あむろんって呼ぶと嫌そうな顔するのが楽しくて」
「そ、その喫茶店の名前知ってる?」
「さぁ? 興味無いもの。 車にお金つぎ込んでるバイト生活の男と仲良くなっても仕方ないし? 自慢はサンドイッチらしいけど、サンドイッチだけっていうのも残念よね。美味しいパンはもっとあるのに」

(((あ、安室さん! / 安室さんの事だ! / ってもしかして、コイツ組織の!)))

園子と蘭は顔を見合わせ、コナンは目を細める

「あ、あのさ、お姉さんは…………」
「博士みたいな人っているんですね………」

コナンが言いかけた時に光彦が言う

「博士? その博士も?」
「私が一人1通って書いて有るって言っても、PC変えて、タイムラグで送ればバレないと複数送ったお馬鹿さんなの。」
「それは残念だったわね。」
「最も同情する気は無いんだけど。」
「そんな訳でね。バレンタイン限定チョコレートタワーは無いけど、ほかの日にいらっしゃい」
「うん…… でも、その後はいつするの? 来年?」

しょぼん、となる歩美

「5月にキッズイベントがあるからその時は中学生迄の子供優先よ。 webサイトから応募をかけるわ。 ただし、赤ちゃんを使っての応募はNG。 お土産とかもまだ未定。 勿論中学生高校生大学院生でもいいけれどお子様優先で抽選するから外れる可能性が高いので祝日以外の応募をお勧めするわ」
「歩美、キッズイベント迄我慢する!」
「良い子だわね。カチャーシャの似合うお嬢ちゃん。」

バイク専用の駐車フロアに止めてキーをかけて盗難防止のロックを掛けて、ぐすんとなりかけた歩美の頭を撫ぜて声をかける

「随分詳しいけど、お姉さん… アルテミスの人?」
「関係者ではあるわね。」
「アルテミスの!? オーナーシェフのお嬢様とか!?」
「残念だけど外れよ。 鈴木財閥の園子さん」
「私を―… 知ってるの?」
「えぇ。 アルテミスから連絡が来たわ。鈴木財閥から一千万の小切手でケータリングのオファーがあったけど断りました、とね」
「ぇ……!」
「え? 鈴木のオファーを知ってるって… 事はアルテミスの経営者のご家族?」
「一寸違うわ?」
「じゃあ誰よ?」

むっとなって聞く園子

「私は有間巳恩。カフェ・アルテミスの現出資者よ。最近、日本に帰国してきたの。これでも医者の卵よ。」
「「あ、アルテミスのオーナー、様!?」」
「そうよ。 亡くなったお父様が現パティシエのファリス・エドモンドの友人だったの。先代が手術で店を続けられなくなった時、他の店舗で修行中だったファリスを呼び戻して全面的に資金提供したのが始まりよ。」
「それでオーナーって…」
「アルテミスをご贔屓下さるのは有りがたいけど、財閥の御贔屓店とかで名を売ろうとは思わないのよ。 基本的に店の経営に口を挟むつもりはないけれど、支店を広げて味を落とす事はしたくないの。 私個人はイベントはどうでもいいし、バレンタインなんてお菓子業界がやりだした事でしなくてもいいと思ってる。カトリックじゃないからクリスマスもどうでもいいしね。それに、私はアルテミス以外のケーキも好きよ」
「じゃあなぜ続けてるの?」
「―… 亡くなったお父様が、甘いものが大好きだった私の為に始めてくれたイベントだったの。スイスの方はファミリーでのイベントにしたから日本は大人のイベント。でもそれじゃあ子供が楽しめないから、子供の日に合わせてキッズイベント。 お父様が作ってくれたイベントだから―… かしらね。チーズスフレはアルテミスの代表のケーキだからと、アルテミスと呼んだのもお父様なのよ。」
「へぇ… 余程仲が良かったのね? 貴女のお父様とアルテミスのシェフは」
「お父様がチーズスフレが大好きだったの。スイスにはお父様の教え子もいたから。 まぁ、そんな繋がりでお父様亡きあとは私がそのまま遺志を継いだの」

巳恩が懐かしそうに云う

(そうだった―… 有間博士は巳恩の事をとても可愛がっていて―… 巳恩が年頃になった時に知る人ぞ知るイベントにしたいと、教えてくれた)

幼い幹部候補生を真っ先に認めてくれて、沢山の知識を教えてくれた恩師にもあたる人。
巳恩はスイスで出会った大切な友人

「それじゃあね。 イベントを楽しんで頂けると嬉しいわ。 店にはスイスの養護施設の子供達がスタッフと作ったスィーツも売り出すの。 ちょっと不恰好だけど、その売上は赤十字に全額寄付をしてるから御協力いただけるとうれしいわ。 それにね、バレンタインイベントに外れたからと嘆く事は無いわ。 天使の祝福を受けたような美味しいケーキのお店は沢山あるのよ。 アルテミスのオーナーの立場で云う台詞じゃないけどね。」

ウィンクをしてカツカツと歩いて行く巳恩。

「さーてと! 私は私でガブリエルのショートケーキを堪能しにいきましょうか!」

くすり、と笑う。

(ねぇ、志保? 貴女は、ショートケーキはガブリエルの方が美味しいって言ったわよね? それはきっと、ガブリエルで使ってる材料の違い。 恐らくは粉とバター。 粉が違えば当然の事ながら味も変わる。だからといってアルテミスで作るショートケーキの材料を変えるつもりはないのだけど)

眼鏡の少年がこっちをみているのが分かる。
下手をうてば、バイクにGPSとかを付けているかもしれないが探知機があるので問題はない。

(組織を裏切ったら死が待ってる。裏切り者は何時か断罪される。 ー…… それでもね、貴女が生きていて、良かったわ。)

天使の存在なんて信じないけど―…今日会えたのは、カブリエルの導き、なのかしら?
百合を持った天使の看板を見て、思う。

(また、いつか、ガブリエルのショートケーキとアルテミスのチーズケーキで医学と科学で議論を叩かせたいと願ってるわ… )

カラランと店のドアを開ける

”いらっしゃいませ〜〜 ガブリエルにようこそ!”

明るい3重奏の声に導かれるように巳恩は青い屋根の店舗の中に入っていった。
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