愛しい天使
「ただいま」

ガチャリ、とドアを開ければ、家中に焼きたてのパンの香りがした。

「お帰りなさい、秀一!」

パタパタと軽やかな足音がしてシルヴィアが姿を見せる

「? ヴィー? どうしたんだ? 学校返りにパンの大人買いでもしてきたのか?」
「ふふっ! 学校の帰りにスーパーで材料を買い物して作ったの」
「学校って、帰ってきてから?」

赤井はキッチンのテーブルに並ぶ、はっきり云って、何処をどうやったら学校から帰ってここまで作れる、という位のパンの量に目を見張る。

「―…… 力、を使ったな?」
ジト、と横目で見る。

「学校の家庭科でね、ピザを作ったの。 でも、授業で作るピザだし、女子生徒とはいっても今の子は、料理なんてしないでしょう? パン生地は個人で作るから自信はあったのだけど、トッピングが…ね。」

くすり、と笑ってごまかす。

「なる程… 濃かったりしたわけだ?」
「トッピングは洗いものの関係で班毎に作ったから…。班によってはトマトソースを煮詰め過ぎたり緩かったり、玉ねぎやピーマンのスライスは分厚かったり薄すぎたり……」
「お前と比べられたか気の毒だと思うがな」

ほう、と溜息を吐いた少女に向かって苦笑する。

「なので、リターンマッチで作ったのよ。 ピザの生地はフォッカチャも作れるから。 秀一が食べないなら明日、お弁当で持って行ってもいいかと思って」
「それでパン・ド・ミとバター・ロールに胡桃パンまであるという事か」
「そ! でも、イーストじゃないわよ?」
「と、いう事は天然酵母か?」
「ええ。 十勝野酵母を使ったの。 市販の天然酵母は24時間かけて起すのだけど十勝野は20分位で使えるようになるの。起きたばっかの酵母ちゃんにお願いして低温発酵で3時間かけて発酵するのを可也縮めて貰ったの。週末だったらおもいっきり時間かけるのだけどね」

にっこりと笑うシルヴィアをみて赤井は溜息を吐く。

「便利な力ではあるが、他に使ってないだろうな?」
「勿論よ。 授業で記憶操作もしてないから1次発酵が上手にいったのは、パンを捏ねた生徒が頑張って叩いて良い生地ができたと思われただけ。」
「ほー? 先週の全国一斉模擬テスト、手は抜いてないようだが」
「あ……」

シルヴィアは目を見開く

「大学は是非我が校へ、もしよければ即日付属高校へ特特待生での編入も考えます、と仕事先に何件掛かってきたと思う?」
「そ、そうなの? 手は抜いたと思ったのに」
「正式発表は来週の月曜だから、学校行ったら大騒ぎだぞ?
900点中896点。全国2位の子は887点だったから僅差ともいえるが総合的にもお前は堂々一位という事だ。」
「ドコで間違ったのかしら… 受験生が頑張ってるから手を抜いちゃ悪いと思って本気出したのに」

本気で考え込んだシルヴィアに赤井は深い溜息を重ねる

「ヴィーは事故の後遺症で記憶がないから保証人である俺が日本で仕事をしてる間、一緒に連れてきただけで、何時かはアメリカに帰るから、といったんだが、学校サイドは完全な寮生活を保障するし、学校側で保証人を探す。勿論記憶が戻ったらご両親と掛け合う事もするになんならセキュリティマンションを用意する。 生活面も学費も保障するから是非面談をという内容の問い合わせが午前中だけで6件だ。 俺はお前の両親が見つかるまでの身元保証人だから決められないと断るのが大忙しだった。」
「ごめんなさい。やっぱり手を抜いて860点位に抑えるべきだったわ」
「それでも十分高いと思うが」
「でも、手の抜きすぎは学校がこまるでしょ?」
「俺が追ってる組織は天才とかを外部トレードする。
今回の事で奴等はお前に目を付ける筈だ」
「ん〜〜 そうねぇ。 その時は丁重にお断りするわ」
「ほー……?」
「もう! そんな心配はいいから、ご飯にしましょ? 
ほら、さっさとシャワー浴びて来て! スープも副菜の紅茶豚のサラダも作ってあるわ。
それに、朝、セットしておいた水だしのアイスコーヒーも充分冷えてるから」
「すまないな。 お前は食べなくても平気なのに。」
「気にしないで。 それに食べても死にはしないから。」
「そうだったな」


本当の年齢は2世紀を越した年齢で、それでも天使の中では若いという。
アメリカで行動する時は見かけは平均的な12歳だが外国体系なので日本では十分14〜5歳で通用する。
今だ当時の傷は癒えず、赤井が身元保証人として引き取って一緒に暮らしている。
それから人として少しずつ見かけを変えて成長させている為に今は中学生。
本来の外見は17〜18歳だが、躰のサイズも見かけも自在に変えられる。

だが、たった一つ、シルヴィアが人になれる方法を俺は聞いた。
だが、それをすれが彼女は2度と元の世界に戻れない。
ヴィーのパートナーは嘆くだろう
供に居られるのはあと3〜4年が限度だろう。
それまでに覚悟を決める事ができるのか、今の赤井にはまだ決められなかった。

「秀一?」

人目のない、満月が近い日の夜の数日だけ本来の姿に戻るのは傷を癒すため。

「ん?」
「私ね、秀一に感謝してる」
「感謝?」
「貴方に助けて貰ったら、天使だったら絶対出来ない経験をしてる。 学校とか料理なんて、彼方の世界じゃ必要ない事だもの」
「そういえば、俺に合わせて食事をする位だったな。 食べなくても平気だと」
「そうよ、太陽と月のエネルギーは無限だもの。 日蝕やと月蝕と闇夜は動きが鈍るけど。」
「そうだったな。以前、新月の前後は日中でもぐったりしていた」
「人工的に作られた光じゃ力にならないのよ。勿論、日蝕や新月でも力がでる天使もいるけど、私はダメ。力の半分が消えてしまう」
「だが、俺としてはぐったりしているお前はとても可愛く見える。 ―… 人らしく見えるといえばいいのか…」
「ふふっ。 3階級に上がるまでは仕方ないわ。」
「3階級?」
「3階級になれば新月でも力を喪う事はない。 2階級になれば日蝕も月蝕でも普通に動けるようになる。」
「ほぉー…?」

シルヴィアはくすりと笑う

「でもね、階級が上がるには人と同じで経験とか人の魂の浄化とか、沢山の誓約があるの。 私達は、人の生きざまに関わってはいけないの。 どれ程悲しんでいる女性がいても祈るしかできない。私達にとって、人の世界の10年20年は瞬きのようなもの。 向こうの世界に還ったら、僅か数分で、秀一は老人になってるかもしれない。
だから、人の世界にいる事を、この時を、私は楽しんでいるわ。」
「俺もだ。 天使と暮らすなんて、身分不相応だと思ってる。」

細く優美な躰を抱き寄せる

今はまだこの生活を壊したくない。

しっかりしてるようで一寸ヌケた所のある優しい天使と人と同居生活。


赤井はそっと、愛しい天使に口づけをした。
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