クッキングスタジオ 〜鰹節編〜
赤井秀一がセキュリティマンションに帰ったのは10時を回っていた。
同居人は、普通の人間なら当に眠っていてもいいはずだが、生憎と普通の同居人ではない。

掌紋静脈認証システムをに手をかざして住民専用エレベータのロックを解除する。
朝5時から深夜11時まではフロントに警備員がいる為に宅急便はフロントを通るが業者専用エレベーターは外に面している部分の窓は防弾ガラスでこれまた録画装置が作動して赤外線までついている。
11時から5時までは警備員の姿はないが、360度録画のセキュリティカメラが数か所で回っている。
矢鱈と厳しいセキュリティはキッド・キラーマンションなどとも別名があり、一部の高校生が絶対に突破してやると息巻いているらしいが、何しろ同居人が同居人だ。

赤井は自分達の済むフロアの階に降り立つと、エレベーターホールにある静脈認証システムでゲートを開けた。

そして部屋の玄関のドアを開ければ鼻孔をくすぐる出汁の香り。

「蕎麦が饂飩でも作ったのか?」

何処かで習ったんじゃないかという位に蕎麦も饂飩もパスタも作る。
兎に角器用としか言いようがない。

「あ、お帰りなさい秀一」
「ただいま、これはなんだ?」
「本枯節の鰹節」
「鰹節だというのはみればわかる。 だが、なんでこんなに削ったのがあるんだ?」
「今日、蘭ちゃんと園子ちゃんと築地に行ったの」
「それは知ってる」
「でね、和食の料理店が合同でお寿司屋さんを借りて<美味しい出汁を取る為に鰹節を使いましょう>大会をやってたのよ。 参加賞はデパートとか売ってるパックと出汁パック。 中学生300円高校生400円、大学生が500円、その他は600円以上で任意。小学生が鉋は刃物で危ないから見学のみ。 参加賞は鰹節5g入りのパックが一つ。参加募集締め切りの5分前に偶然通りかかった園子ちゃんがお店の人が大工の鉋のように薄ーく薄ーく、削るのをみてやってみたいって言ったの。 
お家に鰹節削りがあって、和食担当のシェフの人が凄く上手に削るんだけど、指を切ったらテニスができなくなるからってやらせてくれないんですって。」
「ふむ?」
「蘭ちゃんは蘭ちゃんで師範のパックは何種類か使った事があるけれど自分では削った事がないからやってみたいっていうから付き合ったの」
「あり得るな。鈴木のお嬢さんは財閥令嬢だけあって料理は学校の授業位しかしないと聞いた。 毛利のお嬢さんは空手をやってるし家事を全部ひとりでこなしているから削るような時間は取れないんだろう。ならばお前は巻き込まれた、という所か」
「そ! ギャラリー決め込むつもりで列から外れようとしたらアンタも参加するのよっって、園子ちゃんが蘭ちゃんと私の分の参加費用をさっさと出してしまったの」
「なる程な」

赤井は苦笑した

「で、鰹節の効果云々という和食の料理人の説明があった後、それぞれ選んだ鰹節を程よく平らにしてくれたのを持って削り方をレクチャーして貰って、5分間の練習。私は見かけが見かけで留学生扱いだから英語が堪能な料理人の人が教えてくれたの。最初から綺麗に削ったらダメだから業と細かく削ったのよ。
1回戦は16名もいてまずは紅白戦のように選別して8名にしてね。1回線はそれぞれ4名に選別して2回戦は2名にするの。3回戦は削り節と削り器が指定されて競うのよ。つまりはオリンピック形式ね。」
「鈴木のお嬢さんと毛利のお嬢さんは削れなかった、わけだな?」
「殆どの方が散々。 園子ちゃんは鰹節削りはみた事あっても使った事はないから粉々で2センチ程度のがようやっと。それでも初心者にしては筋がいいって2回戦に進んだのよ。
蘭ちゃんは鰹節を削ろうとして勢いよく押したら力の入れ過ぎで鰹節をバラバラに砕いてしまってお店の人と、ギャラリーの笑いを誘って1回戦で落ちちゃった。 蘭ちゃんの選んだ鰹節の筋目が悪かったんだろうって主催者から参加賞の鰹節パックを1パック余計に貰ったのよ 園子ちゃんは参加賞と築地限定の1000円券。当日限りで1000円までなら何でも買えるの」
「お前は?」
「参加賞と鰹節削りと鰹節1本。ちなみに優勝したら築地にある回転寿の5000円まで無料のお食事券」
「… ならこの見事に削れているのはお前のか?」
「まぁ、ね」

テーブルの上に乗った大工が削ったような見事な薄さ。
「下手に優勝してもナンだから手抜きで準優勝。 園子ちゃんと蘭ちゃんはもー少しでお食事券だったのに!ってジタバタしてたけどね。」
「そうか」
「だから、今日の夜ご飯は鰹節の出汁で作ったお吸い物に築地で買ったものよ。 天然の生若芽と茗荷をいれたものに築地で買った鮭の柵とカマと焼き茄子の煮びたし。ご飯に漬物。 カマを焼くには遅い時間だから、鮭の柵の切ってお刺身にした方がいいわね」
「和食か」
「大概のものは作れると言ったでしょ?  後10分位でご飯が炊けるからお風呂入って煙草の匂いを取ってらっしゃい。 お茄子もお刺身も控えめの方がいいわね。ご飯も軽め。お吸い物は少し多め」
「分かった分かった」

赤井は両手を上げてハングアップのサインを出すと楽しそうに頬を緩めて浴室に向かった。
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