いつかの王子様


柔らかいオレンジ色の灯りとアロマキャンドルの優しい香りがベッドを囲む。私はクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、おじい様に絵本を読んでもらっていた。


「…お姫様は王子様のキスで目を覚まし、二人幸せに暮らしましたとさ。おしまい」

「やっぱりこのお話、メイだいすきです。おじい様ありがとう!」


今日もいつものように大好きなおじい様に大好きな絵本を読んでもらう。そうすると、心がほっこりして温かくなって、すぅっと眠ることができるのだ。


「いつか、私もこの王子様みたいな人と出会えるかなぁ……」

「もちろん、出会えるよ」

「ほんとうに?」

「本当じゃよ。わしだってこの王子様みたいに心から愛する人と出会えた」

「ふふっ。おじい様が王子様みたいに?」

「ああ。そうじゃ」


おじい様のお嫁さんであるおばあ様を私は知らない。私がここに来た時にはもういなかった。だから、おじい様が王子様みたいということをうまく想像できなくて少し笑った。おじい様の私の頭をなでる手が温かくて気持ちいい。わたしを包むものも手伝ってだんだんと意識が揺らいできた。


「…メイ。いいかい。お前はライナー家の当主として、誰よりも相応しいと私は考えているぞ」

「おじい様…それはどうしてですか?みんないるではないですか…」

「…年寄りの勘ってやつかのぅ」

「ふぅん…私にはよくわかりません」


ふぁ、と欠伸をしつつも私の瞳には優しい表情を向けるおじい様が確かにそこにいた。“年寄りの勘”なんて言っていたから、私にはしばらく理解することはできないんだ。


「おじい様、おやすみなさい…」

「ああ、おやすみ」



―――――――
―――――
――



目を覚ませば、いつもの天井がそこには広がっていた。久しぶりにお祖父様との夢を見た気がする。外からは鳥のさえずりと共に眩しい太陽の光が差し込み、朝を迎えていることがわかった。


「あれ、私どうしてたんだっけ…」


はて。記憶がない。確か、昨日は義両親達よりも一足早く夜会を去り、いつもと違う馭者さんで馬車に乗り込むとアロマキャンドルを用意してくれていて…と、ここまで来てあることに気づく。私は途中で意識を失ったのだ。

慌てて周囲を見渡しても自分がいつも使っている部屋になんら変わりはなく、意識を手放した後、私が普通に屋敷に帰ってきたことを意味していた。胸をそっと撫で下ろして、身なりを整えようとしたとき、コンコンとノックの音が響いた。


「メイお嬢様、お目覚めですか?」

「あ、はい」


扉を開けて入ってきたのは、昨晩と纏っている雰囲気は異なり柔らかいものだが確かに件の馭者で。昨晩の彼の様子から誘拐という線を一度考えてしまったため、少しドキリとした。


「メイお嬢様、おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい…あの、昨晩は何故…?」

「ああ、メイお嬢様が連日大変そうでしてお身体に触るかと思い、無理矢理にでも眠っていただきました」


――少々手荒でしたかね、すみません。そう馭者はあまり悪気のないような表情を浮かべてヘラッと笑って見せた。そんな彼の様子に私は毒気を抜かれ、力んだ身体から解放された。


「ま、まぁ確かに強引でした。けれど、私あの香り好きですよ」


あの香りのアロマキャンドルはまだ私が小さい頃に、お祖父様が私を寝かし付ける時よく用意してくれたものだった。だから、懐かしく感じたのだ。


「…そうでしたか。それなら安心しました」


そう言う彼は、顔つきこそはこの部屋に入ってきたときから変わらないけれど、ほんの一瞬だけ、心底安心したような表情をして見せた。なんて、温かくて優しい顔をした人なのだろう。ああ、彼はお義父様達とは違う。


「あ、私先週からこの屋敷に仕えておりますオビと申します。昨晩も挨拶したのですが、念のためもう一度」

「オビさん…よろしくお願いします」

「オビでいいですよ。お嬢様」

「オビ……」


よく見ると、歳は同じか少し上くらいだろうか。先程の表情は既に消えていて、どことなく取ってつけたような笑顔が何とも掴みどころのない感じを受ける。それでも自分より歳が一回りほど上回る人たちが多いこの屋敷で、同年代である人の存在は私の気を少しだけ楽にさせた。オビとは、仲良くできるだろうか。そう顔を綻ばせ考えたとき、義両親達の顔が脳裏を過った。


「…でも私にはあまり関わらないほうがいいと思います」

「へぇ、何故です? ライナー家唯一のお嬢様なのに」

「私、お義父様達からしたらただの厄介者ですから」

「それは、あんたが養子だからかい?」


――今のは誰の言葉?まさか使用人であるオビの?旧友のように慣れた様子で核心を突くようなことを言われるとは思わなかった。オビは依然と変わらない笑顔を浮かべていて、にっと細めた瞳からは琥珀色が少し覗いていた。


「そうですね。養子だから、ですよ」


少々違和感を覚える口ぶりであったが、特に咎めることをしなかった。むしろ普段から腫れ物のように扱われる私にとっては新鮮で悪くないと感じてすらいた。


「…とまぁ言っても、俺にはあんたが本物のお嬢様だろうと養子だろうとどうだっていいんだけどね」

「えっ?」

「そういうことで、俺は気にしません」

「いやいや、私は気にしますから!絶対にオビとは極力関わりません」

「大丈夫ですよ。俺こう見えて意外と上手くやれるほうなんで、メイお嬢様はお気になさらずに!」

「(冗談じゃない……)」


勘弁してほしいものだと思う。私のせいでまた誰かが傷付けられてしまうのか、そう思ったのは確かだ。でも、オビは不思議だ。確証は得られないけれどそんな思いとは裏腹に、私を、この家を変えてくれるようなそんな気がしてならなかった。


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