03 腹ごしらえ
電車に揺られ、家のある最寄りへ着く頃にはお腹が空っぽで鳴いていた。
何か食べて帰ろうか、と考えたが今はシャワーを浴びたくて仕方なかった。
頭が少しぺとっとしていて、気持ち悪いのだ。
だが一昨日冷蔵庫掃除をしたので食材が全然ない事を思い出し、帰宅途中にあるスーパーでお昼に食べるお惣菜と夕食の具材を買っていく事にした。
スーパーに入ると、丁度お昼時ということもありお弁当とお惣菜コーナーは人が多かった。
お惣菜の匂いに釣られ、お腹が激しく鳴る。
BGMに掻き消されて、周りに聞こえてないとは思うが少し恥ずかしくなり急いで買い物を済ませようと思うのであった。
..
『よし』
少しパンパンなレジ袋を片手に、私はスーパーを後にした。
お惣菜で、お弁当の具セットみたいなのがあったのでそれを買った。
デザートでアイスか和菓子か悩んだけど、値引きシールが貼ってあったので和菓子の方を買ってしまった。
万年ダイエット中だけど、和菓子はカロリー少ないっていうよね、大丈夫大丈夫。
今朝バタバタと出た自宅マンションが見えてきた。
そういえば不死川先生は帰ったのだろうか…。
シャワー浴びたら帰るって言ってたし、流石に帰っちゃったよね。
少し残念に思いながら、オートロックの暗証番号を開け中に入る。
エレベーターに乗り、正面の姿見で朝より髪が崩れている事を確認してしまった。
こんな姿で外を出歩いていたなんて恥ずかしいな。
でも仕方ない、今日だけ、うん。
自分に大丈夫と言い聞かせつつ、部屋まで向かう。
ガチャっとドアノブを捻ってみるが、鍵が閉まっていた。
やっぱり帰っちゃったのか。
分かってはいたが、少し残念に思う自分がいた。
鍵を開けなければと、いつも鍵を入れているポケットを弄るが鍵がない事に気付く。
『あ、そういえば….』
不死川先生、一階のポストに入れておくって言ってたなぁ。
自然と漏れる溜息。
ちょっと心配だけどスーパーの荷物を玄関脇に置いてエレベーターへ踵を翻した。
その時だった、ガチャっとドアの開く音とガサっと袋の音が同時に後ろで聞こえた。
「あァ、おかえり」
ドアからひょこっと顔を覗かせたのは眼鏡姿の不死川先生。
一瞬ドキッと心臓が跳ねた。
『ぇ、な、何で…』
「...いや、すみません。メッセージをくれるとの事でしたが、面倒だったので直接話した方がいいかと思って」
家にいない方がいいとは思ったんですけど、すみません。
と謝る彼はいつも学校で会う彼だった。
朝少しだけこの彼だったけど、あの乱暴な口調を知ってしまったから、何だか違和感があった。
「これ、買い物してきたんですか?」
ガサっと持ち上げたスーパーの袋を手に問いかけてきた。
『あ、そうです』
「…片付けますね」
袋の中を軽く覗くと、部屋の中へ戻ろうとする彼。
私は自分でやりますよ!っと後を追って部屋へ入った。
「結構買ってきましたね」
『えぇ、一昨日冷蔵庫掃除したので…』
「あァ、それでかァ…」
『?何か言いました?』
「いえ、なんでも」
冷蔵庫のあるキッチンへ行くと、IHコンロの上に置いた覚えのない鍋が蓋をして置いてあった。
久しく使っていないはずだけど、なんだっけ?
それが出ている事を不思議に思い、蓋を開けた。
『え、カレー?』
冷蔵庫に買って来た物を仕舞ってくれていた不死川先生が振り返り、鍋蓋を片手に首を傾げている私と目が合う。
「あァ、スーパーで買い物してきて作ったんです」
お腹空かせて帰って来るかなと思ったので。
そう付け足された言葉に顔が一気に熱くなった。
食い意地張ってる女って思われた!という様な恥ずかしさではなく、帰って来る私の為にご飯を用意してくれていたという事の嬉しさに照れてしまったのだ。
「食べますか?」
『ぅ、はい』
なんとなくだけど先にシャワーに行きたいな、なんて少し言い辛かった。
「温めるんで、座っててください」
『え、いえいえ!そのくらい自分でやります!』
「作ったのは俺なので、最後まで俺にやらせてください」
そんな事言われたら、何も言えない。
私は不死川先生の言葉に甘えて、彼特製のカレーが出て来るのを待った。
自分の家だと言うのに、静かな部屋になんだか居心地が悪く何となくテレビを付けてみた。
だが土曜の昼間というのは、特に面白い番組がなくバラエティ番組の再放送みたいなのが一番無難だった。
「はい、どうぞ」
『わ、ありがとうございます!』
思ったより早く不死川先生のカレーがテーブルに置かれた。
顔を上げお礼を言うと、彼の手にもう一皿ある事に気づいた。
『先生も、今からですか?』
「えぇ。どうせなら一緒に食べようと思っていたので」
彼は向かいに座り、メガネを外しながら言った。
不死川先生の前に置かれたお皿には私に盛られたカレーよりかなり量が多かった。
いや、結構食べるな。っと思わず笑ってしまう。
「何ですか?」
『いえ、何でもないです!それより、いただきますね』
「...どうぞ」
何時だったかホームセンターで一目惚れした木製の可愛いスプーンに、ほくほくの白米とカレーを半々に乗せ口の中へ運ぶ。
『ん〜、!』
口いっぱいに広がったカレーの味に、何時も自分が作るものとは全然違う!美味しい!っと心の中で騒ぐ。
感想を述べている暇がない程に美味しいカレーは、次々と空腹だった私を満たしていく。
その幸福感に夢中で、私の様子をひっそり見ていた彼が優しい笑みを浮かべている事には気付かなかった。
..
『はぁ〜、まさか不死川先生が料理上手だとは思いませんでした!ごちそうさまでした!』
「お粗末様でした。まぁ、下に兄弟が多いので家事は良くやります」
『なるほど、そういう事ですか』
いいなぁ、下に兄弟か。
私は上に兄が一人いるだけだから、下の兄弟が欲しいと何度も思った事がある。
けど下に兄弟のいる友人にこれを言うと、大抵下に兄弟なんて良くないよと帰ってくる。
『あ...すいません、ご飯食べたらシャワー浴びようと思ってたんです』
少しペタつく体に不快感を思い出す。
一瞬スッと目を細めた彼は一言。
「ではその間の片付けをやっておきますね」
何から何までやってくれようとするので、流石にそれは本当に大丈夫だと、何とか制した。
じゃぁテレビでも見てます、っと少し不貞腐れた感じでソファへ腰をかけた彼は何だか可愛く見えた。
そんな彼の横を通り、寝室にあるタンスから下着と着替えを手に脱衣所へ向かった。
パパッと出て、昨日の話を聞こう。
少し聞く事に躊躇いがあるが、真実を知りたいので聞かないわけにはいかない。
ちょうどいい温度のシャワーを浴びながら、私は彼に聞く事を頭の中で整理し纏めていた。
..
ドライヤーもスキンケアも済ませ、いざ脱衣所を出ようとした。
『ぁ....』
だが鏡に映る自分がノーメイクという事に気付き踏みとどまった。
このまま彼の前に出て良いものかと瞬時に悩んでしまった。
いくら夜を共にしたとはいえ、スッピンというのは...。
けど化粧ポーチは結局リビングの鞄の中だし、、、
『仕方ない』
マスク作戦だと思い、脱衣所を出た。
何でマスクをしているのか聞かれたら、すっぴん見られたくないですって言おう。
とりあえず納得してくれるんじゃないかな?
確かマスクの箱はリビング入ってすぐにあるはず。
ぺたぺたと廊下を歩き、リビングのドアを開ける。
『わっ!?』
ドアを開けたら目の前に不死川先生が立っており、思わず飛び上がる。
『び、ビックリしたぁ』
「あァ、すみません」
その謝罪はとても小さな声で、私の耳には微かにしか入らなかった。
何故か立ち尽くしている彼を不思議に思い、顔を覗き込む。
すると彼は私を足元から段々上へ視線を移動させ最後に私と目を合わせた。
『?.....せんせ...ひゃぁ!』
腕をグイッと引っ張られ、そのまま寝室へ連れて行かれる。
私は気付いていた、彼のその瞳が熱を持っていた事に。