+△0124:Tue 誰に救済されているのか
上司はどうやらいめちぇんなるものを果たしたらしい。厭になるくらいきっちり閉めていたシャツのボタンをうえからみっつあけて、靴の踵には踏みあとをつけ、とどめとばかりにトレードマークと化しつつあった帽子を脱ぎ髪の毛を逆立てた上司はもはやわたしの知る上司ではなかった。
「ユウキ=テルミ?」
「本名 今日からそう呼べ」
「はあ」
とっくの昔に捨てた教科書のなかにしるされていたようななまえだった。考えてみればハザマだのというなまえはコードネームだったか。諜報部に入りはや数年、自分の名がコードネームだと公言する上司をわたしはこのひと以外みたことがなかった。
「つよそうなお名前ですね」
「テメェよくずれてるって言われんだろ」
「そんなことありませんよ」
常に語尾に垂れ流すようにして引っ掛けていた敬語はいったいどこにきえてしまったんだろう。金色の目がゆるりと歪むのを見上げながら、わたしはぼんやりと霞むような思考をめぐらせる。そもそもわたしはこの上司についてほとんどなにもしらないのだ。その指がきれいに卵の殻を剥く姿、懐からながれるように取り出したバタフライナイフをくるくると弄ぶ姿、その程度のことしかしらない。もしかしたら彼はもともとこういうひとなのかもしれない。ふだんは仕事中だからとかなんとかで、オンオフきっちりキャラまで変えて、わたしのまえに立っていたのかもしれない。
「オイオイアサギちゃん、んだよその目 なんか言いたいことあんじゃねえの」
「いえ いうと怒られそうなんでいわないです」
「ハア? 言ってみろよ怒んねえから」
「本当ですか?」
「マジマジ」
「うーんじゃあいいます」
ハザマさんはそんなふうに喋らない。そんなふうに襟を立てない。そんなふうにわらわない。そんなふうに歩かないし、そんなふうにわたしをみない。
そんな内容のことを淡々と告げると、ハザマさんだったころもあるユウキ=テルミという上司はにやにやわらった。あんまりすきではないタイプの笑顔だったけれど、その顔は何度見てもやっぱりハザマさんのもので、わたしはじぶんの内臓がぐらぐらゆれているのを感じた。



銅貨