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それからわたしは、ルフィさん達の貴重な数日間をいただいて治療に専念した。
悪魔の実の影響を受けた体質のせいなのか、船医であるチョッパーさんの腕の良さ故なのか、どちらにしてもおかげさまで傷はもう痛まなくなった。傷跡も本当に薄っすらとしか残っていなくて、これは確実にチョッパーさんのおかげだなぁ、なんて思いながらベッドの上で捲り上げた服を元に戻す。

どうやら、またわたしにしては珍しく早朝に目を覚ましたようで。ナミさんとロビンさんは、まだハンモックですやすやと寝息を立てていた。
ベッドをお借りし続けていて申し訳ないと思う日々だったけれど、それも、今日までだ。


この数日間、本当に色んなことがあった。
わたしがずっとこの船に居させてもらっている間、おじいちゃんは毎日船を訪ねて来た。それでも、訪ねて来る・・・・・だけで、おじいちゃんは完全に、わたしをこの船に預ける形をとっていた。おじいちゃんはもう、海賊であっても優しいルフィさん達のことをきちんと認めて、信用しているから。

……それよりなによりもわたしが驚いたのは、この島の人達が、ちらほらとこの船に訪れて来るようになっていったこと。

最初はわたしを含め、ルフィさん達も驚いていた。だって本来なら、優しい海賊とは言え、“海賊”がいるとおじいちゃんに聞かされて分かっているはずの場所に、怖がりな皆が自分から来るなんてこと、あるはずがなかったから。それなのに、皆は来た。恐る恐るという風な感じではあったけれど、それでも、沢山の食料を持って、ここまで来た。これはお礼だから、と。

……おじいちゃんから聞いた話によれば、皆は全部、知っていたんだって。
9年前のあの日何があったのか。全て、おじいちゃんから聞かされていて……わたしの記憶が戻らないように、協力を頼んでいたと、そう聞いた時、わたしはまた、泣いてしまった。
おじいちゃんや、パパやママだけじゃない、この島の人全員でわたしを、わたしの心を守ろうとしてくれていたその事実が、なんだか申し訳ないようで、でも嬉しくて。あまりにも、優しくて。
その話を聞いて、わたしは船に訪れた皆に、心からのお礼を言った。何度も何度も、時々謝って、そしてまたすぐに、ありがとうと、繰り返した。
皆は、泣いていた。泣きそうだったわたしが、ほんの少し冷静になれるほどに、ボロボロに泣いていた。
パパとママが、自分達の命を守ってくれたんだと。代わりにわたしの大切なものを沢山失わせてしまって、本当にごめんねと。だからこそ、少しでも役に立ちたかったと、守りたかったんだと。そう言って泣いていた。

そんなこんながあってから、皆はわたしを助けてくれたお礼にと、毎日のように食料を持ってくるようになって、サンジさんは「そんなに持って来てもらわなくても、もう足りてるんだが……」と、優しい苦笑いをしていたりして。
時にはサンジさんが皆に対しても料理を振る舞ってくれて、ルフィさん達と一緒に楽しそうにご飯を食べている様子なんかも見れたりした。なんだかんだで、おじいちゃんも島の人達も、ルフィさん達と仲良くなっていっているのが目に見えて、なんだかすごく嬉しいなと感じる、素敵な数日間だった。沢山、沢山写真に収めさせてもらった。でも。


「……今日が、最後……」


昨日チョッパーさんに診てもらった時点で、やはり治りの早さに驚くべきところではあるけれど、ほとんど完治に近いと言われていて。元々、ある程度日常生活に支障をきたさないくらいになったらルフィさん達は出航するはずだった。なのに結局、ほぼ完治したところまでいてくれた。もう一日、あと一日だけ、と引き延ばすように。
それで昨日ついに、わたしの具合も良くなり、食料も足りた、さすがにもうこの島に留まる理由もない、と、明日にでも出航しようという話が出たのだ。


「寂しいなぁ……」


ぽろっと零れてしまった言葉を、手遅れではあるものの口の中に戻すように、ハッとして、手で口を覆った。ナミさんもロビンさんも、目を覚ましてはいないようでホッとする。

ベッドの上にいてもまた眠れる気はしないし、何より、寝てしまったら勿体ない……そんな気がした。
わたしはいつものように伊達眼鏡をかけた。そしてゆっくりと、ゆっくりとベッドから降り、枕元のカメラを持って、なるべく物音を立てないよう細心の注意を払いながら女部屋を出るために階段を上った。

船の甲板へと出ると、太陽が少しだけ顔を出していて、今日の始まりを伝えに来たようだった。
船首の方へと歩いて、手摺に肘をついて体重をかける。静かな波の音を聞きながら、海を眺めた。

もし、ルフィさんが船の食料を全て食べ切っていなかったら。
もし、ルフィさん達が見つけた島がここじゃなかったら。
わたし達はきっと、出会うことなんてなかったのだろう。わたしが悪魔の実の能力者であるなんてこと、誰も知りもしなかったのだろう。ご飯があんなに美味しかったことを、思い出すことはできなかっただろう。

大切な、大切な人が、命を懸けてわたしを守ってくれたことを、忘れたままになってしまっていただろう。
あんなにも、こんなにも愛されていることを、思い出せずに生きてしまっていただろう。

たとえ、今日がお別れの日になろうと、彼等に出会えたことは、わたしにとってかけがえのない、奇跡のような事実だ。
出会えて良かったと、本当に本当に、心から思う。
彼等が今日、出航する時には……きっと笑って、その旅路の無事を祈ろう。気をつけてって、さようなら、って……。


“さようなら”


ルフィさん達の顔を思い浮かべながら、そう言う練習を頭の中でしていたら、情けないのだけれど、なんだか目頭がじんわりと熱くなってきてしまって。
わたしはパタパタと自分の手で目元に風を吹かせていた。

するとその時、後ろの方からどこかが開いたような音がした。なんとか涙を引っ込めて、くるっと後ろを見てみると、男性達が眠っている男部屋の出入り口からサンジさんが上って出てきたのが見えた。きっと、いつも通り朝食の準備をするために起きたのだろうと、勝手に想像する。
それならば邪魔するまいと、気付かれないよう何も言わずにいたのだけれど、サンジさんはすぐにこちらに気付いた。

「おはようエマちゃん。随分と早起きだね」

そう言いながら近づいて来る彼に、わたしも挨拶を返す。

「おはようございます、サンジさん。……なんだか、寝てるの勿体なくって」

肩を竦めながら、軽く笑って言えば、サンジさんは「そっか」と微笑んだ。


「サンジさんは朝ご飯の用意をしに?」
「あァ。今日もとびきり美味い飯を作るから、楽しみにしてて」
「はいっ!」


サンジさんのご飯は本当に美味しいからなぁ、と言いながら再び海の方を見ながら頬杖をつく。サンジさんのご飯が食べれると思うと、本当にウキウキするのだ。
……ただ今日は、皆さんと関わる全てのことに、「最後」という言葉が付き纏ってしまう。いつものように、何も考えずに喜ぶことが、できない。

わたしは、彼はその後すぐに支度をしに行くものだと思っていたけれど、なかなか行かず、わたしの隣に立っていた。どうしたのだろうと、頬杖をやめてサンジさんの方を見てみると、なんだか優しいようで、切ないような、そんな表情を浮かべていて。
わたしが小さく彼の名前を呼ぶと、サンジさんはハッとした後、真っ直ぐにわたしを見て優しく話し始めた。


「……君が初めておれの料理を食べて、泣いて喜んでくれてた時のこと、思い出してたんだ」
「えっ」


なんだか恥ずかしいな、と思いつつ、あの時は本当に感動したな、とわたしも一緒に思い出した。
それまでの、無味なご飯を食べる生活はなかなかに厳しかった。皆が美味しいと言って食べるものが、わたしには分からなかった。でも、美味しい、と言わなければ作ってくれた人には失礼にあたるし、わたしは度々、そういう場面ではそうやって嘘を吐いて生きてきた。

「ここ数日間はご飯の時間が楽しみで仕方ありませんでした。サンジさんのおかげです!」

ありがとうございます、と笑えば、サンジさんは嬉しそうに笑った。けれど、その笑顔がだんだん真剣な表情に戻っていくのを見て、わたしは首を傾げた。何か言いたげなサンジさんの言葉を待つ。


「……でも」


――おれ達がここを出たら、君は……


さわ、と風が髪を揺らす。
サンジさんの言いかけた言葉は、容易に察することができた。彼等がこの島を出て、わたしの生活がこれまで通りになったとしたら、これからのわたしの食生活は、また前と同じになる。
これも、ここ数日間でわかったことなのだけれど、どうやら本当に、サンジさんの作った料理にしか、わたしの味覚は機能してくれないらしい。理由は全くわからないけれど、本当に不思議なことに、ただそういう事実だけが残っている。

だから、サンジさんはわたしのことを気にかけて、心配してくれているのだ。
それがわかったから、わたしは、彼に笑顔を向けた。


「……大丈夫です」
「エマちゃん、」
「これまでもそうだったことですし、なんとかなりますよ!」


だから、あなたがそんなに苦しそうな顔をする必要は、ないんです。本当に優しい海賊さん。
わたしは、この話題を終わらせようと、極力明るめに話しだした。


「そろそろ朝ご飯の用意しないとじゃないですか??」
「あァ……そうだな」
「あっ! わたしお手伝いします、洗い物とか! お邪魔じゃなければ!」
「えっ? いや、まァ邪魔なわけねェが……」
「だったら是非!! どうせわたし暇なので!」


これまで何から何までお世話になってばかりでしたし、と半ば強引に、わたしはサンジさんのお手伝いをさせて欲しいと頼み込んだ。
サンジさんは困ったような優しい笑顔を見せて、「君は案外、押しが強いんだな」と、そう言って笑う。つられるようにわたしも笑えば、また、優しい風が背中を押した。


「そんじゃ行こうか。お姫様プリンセス




お姫様は我儘なフリをする
(肝心なところでは本音ひとつ、言えてないのにね)


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