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様々な考察が飛び交い、様々なことが発覚した、とても賑やかな朝食の時間もついに終わりを告げる。サンジが食器を片し始める中、チョッパーがエマに傷の具合を見せてほしいと言った。エマもそれに当然のように納得し、共に女部屋に行くことになった。早速、とゆっくりと席を立つエマ。ふと、自分の隣の席に座っているウィルを見て、言った。

「おじいちゃんは、どうしますか?」
「エマがいいって言うなら診察中もいていいぞ??」

エマと離れたくはないだろう、とそう思ったチョッパーの気遣いを受けたウィルをだったが、彼はほんの少しだけ戸惑った様子を見せ、小さく息を吐いて落ち着くと、「いや、」と声を上げた。

そして、彼は言ったのだ。


――私は、島に戻る。





―――――






「絶対一緒に来るって言うと思ったよ」
「……わたしもです」

意外だったな、とわたしはベッドに横たわり、チョッパーさんに傷を診てもらいながら二人でそんな話をしていた。
まさかあのおじいちゃんが、一旦とはいえ、わたしをひとり海賊だらけの海賊船に置いて、島に戻る選択をするなんて。
きっと、いっぱい考えたんだろう。一瞬の時間だったけど、いっぱい、いっぱい考えたんだろう。わたしのこと、ルフィさんや、皆さんのこと。あんなに海賊を嫌っていて、あんなにも過保護なおじいちゃんが、その上でも島に戻ると言ったのは、きっと皆さんならば大丈夫だと、信頼できると、そう思ったからなんだろうな、と、勝手に思う。

勝手に思って、なんだかすごく……すごく、嬉しくなった。


「……うん、まだだいぶ痛むとは思うけど、かなり良くなってきてるよ。治りはめちゃくちゃ早いぞ!」

能力者だからとか関係あんのかなー、と言うチョッパーさんは、新しい包帯を丁寧に巻いてくれる。わたしはチョッパーさんにお礼を言いながら、頭のどこか遠くの方で、そういえば自分も能力者なのか、なんて他人事のように思っていた。


「よしっ、できたぞ!」
「ありがとうございます、チョッパーさん」
「少しずつ動くのもいいけど、まだ辛いだろうからなるべく安静にするんだ」
「わかりました」
「それと、動きたい時はできたら近くの誰かに声をかけてくれ!」

きっとみんな手伝ってくれるから、と笑うチョッパーさんに、ゆっくりと体を起こし、改めてお礼を言ったわたしは、そのまま彼を見つめてしまっていた。

「? どうしたんだ?」
「あっ、いえ……ただ、皆さんはすごいなって思って……」
「え? 何がすごいんだ??」

可愛らしく首を傾げるチョッパーさんに、わたしは自然と笑みを零して、頭に思い浮かべた彼のことを話した。

「あのおじいちゃんに信用されるなんて、本当にすごいです」

あの人は、本当に海賊が嫌いだから。
わたしがおじいちゃんの撃った拳銃の弾に当たったあの日の、おじいちゃんから感じた殺気は、本物だった。今まで、殺気なんて知らなかったわたしだったけれど、それでも感じた。脳が、肌が、その空気から。引き金を引こうとするその手に、迷いがないのをこの目にして。わたしの知らないおじいちゃんを、わたしの知らない、憎悪だらけのおじいちゃんを、見た。確かにそれを見たから、おじいちゃんの海賊への憎しみは、私なんかには到底理解できないくらい根深いものなんだと分かって……だからこそ、こんな状況は、まるで奇跡のようだとさえ思う。

わたしがそんな風な話をすれば、チョッパーさんはまた首を傾げて。


「おれ達はやりたいようにやってるだけだぞ? エマが食料をくれたから、お礼がしたかったし、エマがナミを守ってくれて、怪我をしたから治したかったんだ。たぶんだけど、みんなそうなんだ。エマのじいちゃんに信用してほしくてやったことなんて、ひとつもないし……なんでエマのじいちゃんがおれ達を信用する気になったのかはおれにはわからないけど、別におれ達はすごくないと思うぞ??」


チョッパーさんの言葉が、ただ、胸に沁みていく。
なんて真っ直ぐ。裏も表もない、素直すぎる答えだった。
……きっと、こういう人達だからこそ、おじいちゃんは信用できたんだ。信用されたいなんて思わなくても、この人達はただそれぞれに、自分のやりたいことをやりたいようにやった。そしてその全てに、この人達の優しさが、器の大きさが表れて。
関わった時間はそんなに長くなかったけれど、その短い時間の中で見えた彼らの人柄が、あのおじいちゃんの信用を得るに足りたんだ。チョッパーさんはすごくないと言ったけれど、わたしはやっぱり、すごいと思った。

だってこんなに、素敵な、素敵な海賊さんだから。


「……やっぱり、」
「ん??」
「やっぱり……この島に皆さんが来てくれて、本当に良かった……!」


感動のままにわたしがそう言うと、チョッパーさんは一度驚いた顔をして、でもすぐになんだか照れ臭そうにニコニコと笑う。それはそれは嬉しそうに、口調を荒げていた。





―――――






ウィルが島へと戻ると、彼はそこで見た光景に目を見開いた。
島に住んでいる人々が、全員で海の方へと歩いて来ていたのだ。人々の手には、何かしら武器となりそうなものが持たれていた。人々のその手や、歩みを進めようとするその足は、震えている。


「あれは……!?」
「村長さんだ!! 村長さんは無事だぞ!!」
「良かったわ……!! っでもあの子は、エマちゃんは!?」


遠くにウィルの姿を確認した人々がそれぞれに大声を上げながら、彼の元へと駆け出した。ウィルは驚き、その場に立ち尽くし、人々が自分の側に駆け寄ってくるのを呆然と見ていた。一瞬にしてウィルは囲まれ、沢山の安堵の視線を浴びた。


「大丈夫か村長さん! 海賊に何もされなかったか……!?」
「あ、ああ……それより、お前達はどこに行くつもりだったんだ?」


そんな武装までして、と、ウィルの言葉を聞いた人々のうちの一人が、答えた。


「村長さんとエマの帰りが、あまりにも遅いから……た、助けに行こうと、思ったんだ……」

彼はその手に持つ鍬をぎゅっと握り締めて、俯きがちにそう言った。彼のその言葉にウィルは一瞬目を丸くしたが、サングラス越しにその表情が読み取られる前に表情を戻す。そしてウィルは、まるで人々を嘲笑うかのように、言った。


「お前達が私達を助けに……? 海賊を相手に……こんな今更、か?」


ウィルの冷たい言葉を受けても、彼に言い返せる者は誰一人としていなかった。
実際、島の人々がウィルとエマを助けに行こうという、その大きな決断をするのに要した時間はあまりに長すぎた。この島に来ていた海賊が、麦わらの一味ではなく、本当にただの悪党のような海賊だったとしたら、彼らが決断してこのまま向かったところで時は既に遅い。恐らくウィルとエマは殺されているか、連れ去られているか、そんな現実を見るだけになっていただろう。


「……無謀だな」


どこまでも冷たいウィルの声を、人々はただ、受け止めた。俯いて、顔を上げることのできなくなった彼らに、ウィルは大きく息を吐いた後、今度は優しい声色で、言葉を投げた。


「ありがとう」


ウィルの声に、言葉に、驚きを隠せない彼らは、ハッと顔を上げて、目の前で微笑む自分らの村長を見上げた。先程までとは打って変わって、あまりに温かいその言葉に、瞳に涙をためる人々が何人も現れた。

「な、んで……おれ達は……礼なんて、言われていいはずが……」
「……本当に、無謀だ。今まで一度だって何かと戦ったこともなければ、表に出ようともしなかったお前達が、海賊を相手にそんなヒョロヒョロの体で、どうせ振り下ろせない武器など持って立ち向かおうなど。無謀にもほどがある」

心底呆れた様子を見せながら言うウィルの声は、それでもやはり、優しかった。

「だが……その決断を下し、こうして行動に移すのには、相当強い覚悟がなければ無理だ。……そうだな、命を懸ける、と言うほどの」
「村長さん……」
「お前達は初めて、“誰かがどうにかしてくれるはずだ”、という思考を捨てたのだろう。私と……孫の為に」

自分達の為に覚悟を決めてくれた、自分達の為に、変わろうと動いてくれたその気持ちが、ウィルには何よりも嬉しかったのだ。
ウィルがもう一度人々に礼を言えば、せき止めていた何かを溢れさせるかのように、人々は泣きながら、ウィルへの思いを零した。


「っ礼を言うのはおれ達の方だ、村長さん!!」
「そうだよ!! あなたはいつだって、何の迷いもなく私達を守ってくれたのに……私達は……こんなにも、時間をかけてしまった……!」
「あの日だってそうだ……自分の大事な家族を犠牲にしてまで、あんたは、おれ達を……っ」

ひとりが零した“あの日”に関するその言葉に、ウィルは苦笑する。

「それに関しては話したはずだ。私は……一度お前達を見捨てようとしたんだぞ」
「それでもおれ達は今、生きてる!! あんたの家族の命の上に立って、あんたに守られて……生きて、いるんだ……」
「……っ」
「本当に……本当に……ありがとう…………っ」


頭を下げ、地を濡らす人々を、ただ静かに見つめるウィルは、熱くなる目頭を冷ますことに、必死だった。

島の人々は、あの日ウィルの家族に起こったすべての事実を、ウィルの口から聞いていたのだ。
ウィルは記憶を失ったエマがいたこともあり、人々に隠し通すことは不可能だと考え、そして、エマが記憶を取り戻さないように様々な口合わせをしてもらうなどの協力を仰いだ。
ウィルが家族を溺愛していたのを知っていた人々は、彼から語られたどうやら嘘とは思えないその話を聞き衝撃を受けた。故に、彼に協力することを、すぐに決めたのだ。

9年前のことを思い出しながら、ウィルは涙を堪え、冷静を装ってエマの話をした。


「それから……エマは、無事だ」
「!!」
「本当か……!!? 良かった……良かったァ……!」


心から安心したような声を上げる人々の様子から、本当にエマの身を案じていたことが痛いほどに伝わっていた。
ウィルは全てを話した。自分のせいでエマに怪我を負わせてしまったこと、そして海賊に救われ、今現在も海賊の船に乗って休んでいること。そもそも、あの海賊達はエマを連れ去ったわけではなかったのだということ。それからエマが、記憶を取り戻したこと。包み隠さず、その全てを話した。

「海賊が……助けてくれたなんて……」
「それより、エマちゃんが、全部思い出したって……」
「そ、それでっ……エマは……エマの、心は、大丈夫なのか……!?」

エマが記憶喪失であることを嘆く度に、エマが両親を待つ姿を見る度に、エマがウィルのことを“おじいちゃん”ではなく、“村長さん”と呼ぶ度に。人々の胸は、痛んでいた。
それでも隠し通さなければ、全てを思い出したら、エマの心はショックに潰されて、彼女のあの笑顔は二度と見ることができないと、それを恐れていた。
それなのに、ウィルの口から語られる、エマが全てを思い出したという事実。人々は、彼の言葉を待った。


「……大丈夫。あの子は、」


――エマは……前を、向いている




与えられたから、知れたんだ
(人の心を動かした、“それ”が何かということを)


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