第4話「慎んでお受けします」

清隆視点

「お兄ちゃん。私やっぱり鬼殺隊に入りたい。」
「――え?」

炭治郎と禰豆子ちゃんと会ってきたその日の夜、妹の小羽が妙に緊張した面持ちで告げてきた言葉に、俺は自分の耳を疑った。
俺の聞き間違いだよね?
お願いだからそうであってくれ!

「鬼殺隊に入隊します。」
「……何で……」

……聞き間違いじゃなかったよ。
真剣な眼差しでまっすぐに俺を見つめながら、もう一度告げてくる小羽。
どうしてだ?今までのままじゃ駄目なのか?
どうして急にそんなこと言うんだ。
俺はとても動揺してしまって、震える声で絞り出すように小羽に尋ねた。

「……どうしてだ?」
「私……ずっと考えてたの。このままでいいのかなって。お兄ちゃんだけに戦わせて、私は安全な所で見ているだけ。守られてばかりじゃなくて、私もお兄ちゃんを守れるようになりたい。」
「お前は女の子なんだから、わざわざ危険なことをしなくていいんだ。」
「私が嫌なの!」

突然声を荒げて叫ぶ小羽に、俺は伸ばしかけていた手を止めた。

「……お兄ちゃん。私だって戦えるよ。私だってお兄ちゃんを守れる。だから……お願い。私に最終選別を受けさせて下さい。」
「……小羽……」

小羽は綺麗に土下座をして俺に頼み込んできた。
……小羽の気持ちにはずっと前から気付いてきた。
本当はずっと一人だけ戦えずにいたことが後ろめたいと感じていたのだろう。
だけど俺はそれにわざと気付かないフリをした。
それで大切な妹が危険な鬼と戦わずに済むならそれでいいと思っていたから…… 
本当は鬼殺隊になんかなってほしくない。
俺の鎹鴉として活動することだって嫌だったのに……
それでも、こんなにも真剣に自分の気持ちを訴えてきた小羽を見たのは久しぶりだった。だから……
本当はとても嫌だけど……心配で心配で仕方ないけれど……
ここで応援してやれないなんて兄ちゃん失格だろ? 

「――分かった。いいよ。」
「いいの!?お兄ちゃん!」
「……ああ。明日、お館様に話しに行こう。」
「うん!ありがとうお兄ちゃん!」

嬉しそうにパアッと顔を輝かせる小羽に、俺は困ったように苦笑した。
そんなに嬉しそうな顔をされたら、もう反対なんてできないじゃないか。
少しでも迷いがあったり、恐怖心があるようだったら、説得しようと思ってたのに……
俺が小羽の幸せを願ったように、きっと小羽も俺を想って決断したのだろう。
それが痛いほど分かるから、もう何も言えなかった。

******

翌朝になって、小羽たちはすぐにお館様の屋敷へと向かった。
昨夜のうちに鴉を飛ばしておいたから、とてもスムーズにお館様への面会が許された。

「――やあ。二人共久しぶりだね。最後に会ったのは二ヶ月前だったかな?」
「お久しぶりでございます。お館様。」
「今日は突然の訪問に関わらず、ありがとうございます。」

お館様の前で跪くと、彼はとても穏やかな笑顔で小羽たちを出迎えてくれた。

「話は昨日の手紙で概ね理解しているよ。……小羽は鬼殺隊になりたいんだね?」
「はい。」
「いいよ。許可しよう。」
「「――え?」」

あまりにもあっさりと承諾されたものだから、小羽たちはきょとりと目を丸くしてお館様を見つめてしまった。

「本当は君たち兄妹には鴉として動いてもらいたかったのだけど、君たちが………小羽が鬼殺隊に入りたいと言うのなら、最終選別を受けることを許そう。ただし、小羽には最終選別終了後に、合格者のうちの誰かの鎹鴉として働いてもらいたい。もちろん清隆にもね。」
「――え。でもそれじゃあ……」
「勿論、鬼殺隊に入る以上はちゃんと鬼狩りの仕事もしてもらうよ。それでも、今は変身できる鎹の人間はとても貴重でね。鬼殺隊の仕事をしつつ、鎹鴉としても動いてもらいたいんだ。」
「――つまりは、二重の役割を果たせと……?」
「そうなるね。」
「「…………」」

お館様からのまさかの条件に、二人は困惑した表情で顔を見合わせてしまう。
しかし、お館様の命令は絶対だ。

「「……慎んでお受けします。」」

色々と思うところはあるのだが、二人は静かに跪いたのである。

*******

「――まさか鎹鴉をやりつつ、鬼殺隊の仕事をすることになるなんてなぁ〜。しかも俺まで……」
「お館様は何を考えてるのかな?二重の役割なんて、中途半端になってしまいそうなのに……」
「さあな〜、でも、鎹の一族の長からも条件を出されたのは痛かったなぁ。」
「……そうだね。」

小羽は最終選別を受けられることになったのは嬉しかったが、鬼殺隊に入隊する上での条件が追加されたことには納得がいっていなかった。
何故なら、長から鎹鴉として動く時には、何があっても戦闘行為をしてはならないと釘を刺されてしまったからだ。これでは自由に動けない。

「……はあ。」
「……やめるか?」
「まさか!受けるよ!」
「じゃあこれから一年。久しぶりに修業を開始しようか。ずっと刀を握っていなかったから、鈍っているだろう?」

清隆の言葉に、小羽は苦笑を浮かべた。
すっかり鈍ってしまった体の感覚を取り戻すには、これから相当努力する必要があるだろう。
それでも、自分に戦う術(すべ)があるのなら、誰かを守れる力があるのなら、前に進むだけである。

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