第32話「拘束せよ」

現在、小羽は考えていた。
先程からカナヲが、そわそわと落ち着きなさそうにしている……ような気がするのだ。
人面蜘蛛にされた人たちの治療も一通り終わり、後は撤退するだけ。というところまでひと一段落した頃になって、急にカナヲがそわそわし始めた。
パッと見は普段通りで分かりづらいが、時折どこかを気にするように遠くを見るのだ。


(もしかして……)


小羽はカナヲに近づくと、声をかけた。


「しのぶさんが心配なの?」

「!」

「気になるなら行ってきていいよ。ここはもう大丈夫だから。」

「……でも……」


よく耳を澄ませないと聞き取れないような、とても小さな声でカナヲが呟く。
しのぶが心配で駆けつけたい気持ちはあるが、彼女の指示を無視してしまうような行動を取ることに躊躇いがあるようだ。
考え込むように黙り込んでしまったカナヲに、小羽はある提案をすることにした。


「ねえカナヲ。いつもの銅貨を投げてどうするか決めたら?」

「……」


コクリとカナヲが小さく頷く。
カナヲはポケットから銅貨を取り出すと、それを指で弾いて素早く手の甲で受け止め、もう片方の手で隠した。


「……結果はどうだった?」

「……」

「そっか。いってらっしゃい、気をつけてね。」


小羽の言葉にカナヲは小さく頷く。
どうやらカナヲはしのぶを追い掛けることに決めたようだ。
小羽に見送られながら、カナヲは木々をつたってしのぶの元へ急ぐ。
あっという間に見えなくなった背中に、小羽は心の中で気をつけてねと願った。



*************



「伝令!伝令!炭治郎、禰豆子。両名ヲ拘束!本部ヘ連レ帰レ!!」

「――えっ!?」


カナヲを見送ってから数刻ほど経った頃、鴉たちが騒がしくやって来たかと思えば、そんな伝令を伝えてきた。
その内容に、一瞬何を言われたのか小羽は理解できなかったが、頭がゆっくりと機能していくと、小羽の中で不安が生まれる。

――どういうこと?

何で炭治郎くんと禰豆子ちゃんが!?

まさか、禰豆子ちゃんが鬼だから?

多分……いや、理由なんてそれしかない。

お兄ちゃんたちはどうなったんだろう。気になる……

私もあっちに行った方がいいんじゃ……


ちらりと隣で眠る善逸に視線を向ける。
もう苦痛は感じないのか、すやすやと穏やかに眠る善逸に、小羽はほんの少し申し訳ない気持ちになった。


(……ごめんね善逸くん。後でちゃんと説明するから。)


今はどうか、お兄ちゃん達の所に行くのを許して欲しい。

小羽は心の中でそっと善逸に謝ると、すぐに雀の姿に変化して、清隆たちがいるであろう方角に飛び立っていった。



****************


清隆side

「いって〜〜、カナヲの奴、思いっきり蹴り入れやがって……」


清隆は痛むお腹を押さえながら、苦痛で顔を盛大に歪めて、吐き出すように呟いた。


――炭治郎がやけにガタイのいい巨大な鬼に吹っ飛ばされた後、一人残された伊之助を放っておけずに、思わず変化を解いて戦いに参加してしまった。
だけど階級が丁程度の俺ではまったく歯が立たず、右足の骨と肋を折られてしまった。

万事休すって時に義勇兄さんに助けてもらった俺は、縛られた伊之助を置いて炭治郎を探した。
そしたら驚いたことに、炭治郎は十二鬼月と戦っていたのだ。
俺たちが駆けつけた時には本当に危ない状況で、下弦の鬼は兄さんによっていとも容易く倒された。

けれどその後しのぶさんがやって来て、鬼である禰豆子ちゃんを始末しようとしたのだ。
鬼殺隊としてその判断は間違っていないけれど、禰豆子ちゃんは違う。
彼女は普通の鬼とは違うのだと説明しようにも、しのぶさんの殺気は半端なかった。
本気で禰豆子ちゃんを殺そうとしている。
だから義勇兄さんがしのぶさんを足止めしてくれている間に、俺と炭治郎は禰豆子ちゃんを連れて逃げ出した。
しかし、追っ手にカナヲがやって来て、それを俺が止めようとしたら、カナヲは俺の腹に一撃蹴りを入れてきた。
痛みで悶絶する俺が手を離した隙に、炭治郎の顎の骨も砕きやがった。

俺と炭治郎が怪我でまともに動けなくなっていると、運がいいのか悪いのか、丁度いい時を狙ったかのように鴉が現れて、炭治郎と禰豆子ちゃんを拘束し、本部へ連行しろとの伝令が入ったのである。
恐らくその伝令を寄越したのはお館様だろう。
禰豆子ちゃんの存在は、俺が既にお館様に伝えてあったし、何で今になって拘束するのかは分からないが、何か考えがあっての行動だと思う。
隠によって拘束された炭治郎。
禰豆子ちゃんは大人しく箱に入ってくれたので、特に拘束などされなかったが、二人共連れて行かれてしまった。


「……早く追いかけねえと……お館様のことだから、禰豆子ちゃんを殺すなんてことはしないだろうけど、柱たちがそれを許すとは思えない。」

「――お兄ちゃん!」

「小羽!?」


ふらりと痛む体を無理やり動かして立ち上がれば、空から小さな雀が飛んできた。
それは俺の妹の小羽で、小羽は人の姿に戻ると、大慌てで俺に駆け寄ってきた。
俺が怪我をしているのが分かったのか、真っ青な顔をしていた。


「お兄ちゃん怪我したの!?まさか……戦ったの!?」

「あー……まあ、な。」


鎹鴉の役割を放棄して戦いに参加してしまった手前、バツが悪いと感じて、歯切れの悪い返事をする。
それに小羽は顔をくしゃりと歪めた。今にも泣きそうである。


「バカ!!バカバカ!!お兄ちゃんのバカ!!」

「いてててて!!骨折れてんだからやめろ!!」

「知らないわよ!!私にはあれだけ役割を優先しろだの散々説教しておいて、自分が破って怪我してたら妹に示しがつかないでしょうが!!バカ!!うわーん!!心配させないでよぉ!!」

「悪かった!!悪かったって!!」


俺が悪かったから、胸をポカポカ叩くのはやめてくれ。

肋が折れてるから、凄く痛いんだよ。

泣き叫びたいくらいいてぇの。


泣きながら相変わらずポカポカと胸を叩いてくる小羽に、俺は痛みで涙目になりながら謝り続けたのだった。

- 49 -
TOP