第44話「気づき」(小羽視点)

小羽視点

それは少し前に遡る。
私が一人で善逸くんの看病をしていた時であった。

「う……っ!」

「……善逸くん……」

(すごく……苦しそうだ。)


高熱によって苦しむ善逸くんが少しでも楽になるように、私は一時間おきに手ぬぐいを水で濡らしては額に当ててやり、更に汗だくになった善逸くんの体を時々拭いてやったりした。
それでも善逸くんの熱は中々下がらずに、苦しそうに呼吸する彼を見る度に、胸が締めつけられそうになった。
一晩介抱すると決めたものの、一向に熱の下がる気配のない善逸くんに私は焦っていた。


「……っ」


善逸くんが苦しげに息を吐き出す。
顔を苦しそうに歪める善逸くんの目にうっすらと涙が浮かんだ。
熱に浮かされて苦しいのだろうか。
私がまたしのぶさんを呼んできた方がいいのだろうかと思い始めた時、善逸くんが震える唇で何かを呟いた。


「……っ……ぃ」

「……え?」


それはあまりにも小さな声で、善逸くんのように耳が良い訳では無い私には聞き取ることができなかった。
また善逸くんの唇が震える。
今度こそちゃんと聞き取ろうと、耳を傾ける。
聞き逃すことのないように善逸くんの顔に耳を近づけた。


「……さみ…しい……ひとり、は……嫌、だ……」

「……っ」


それはなんと切実な願いだろうか。
まるで苦痛に耐えるような、呻き声のように絞り出すような声で発せられた言葉。
けれど、思わず顔を歪めたくなるくらい哀しくて、泣きたくなるような震える声でもあった。
普段の喧しいくらいに賑やかな善逸くんからは想像も出来ないくらい、哀しい声。
聞いているこっちまで悲しくなるようなその声に、私はすっと目を細める。


「……っ、善逸くん……」

「……ぅあっ!」


悪夢でも見ているのか、善逸くんがまるで助けを求めるように手を伸ばす。
見ていられなくて、私は咄嗟にその手を取った。
ぎゅっと包み込むように両手で握り締める。
すると、善逸くんの瞼がふるふると震えた。
ゆっくりとその瞳が開かれる。


「……っ」


ゴクリと息を飲んだのは私だった。
暗闇の中でうっすらと淡く光るランプの光だけが病室を照らす。
そんな薄暗い夜の空間に現れた美しい月に、私は吸い寄せられるように釘付けになった。
善逸くんの瞳は髪の金色とはまた違う美しさがあった。
琥珀に近い金色の瞳が夜空に浮かぶ月のように優しくて、惹きつける。
無意識にずっと見ていたいと思った。


「……小羽、ちゃん?」

「善逸くん。」


目を覚ました善逸くんに名を呼ばれて、はっと我に返る。
善逸くんは私を見ていた。
まだ意識はぼんやりとしているのか、どこかその瞳は虚ろげで、涙に濡れて潤んでいた。
思わずぎゅっと手を握る手に力を込めた。


「……まだ、寝てた方がいいよ。」

「小羽ちゃん、俺……」

「大丈夫だよ。ちゃんと傍にいるから。」

「俺……昔の夢を見たんだ。ずっと……ずっと独りぼっちだった頃の……」


善逸くんはまるで昔話を聞かせるように、私に自分のことを話してくれた。
自分が産まれてすぐに親に捨てられたこと。置き去りにされた家の人に育ててもらったけれど、家の人とは上手くいかなかったこと。
ずっと寂しかったと。
誰彼構わずに女の子に優しくされればすぐに求婚した理由。
どうしても家族が欲しかったと、悲しげに語る善逸くんの横顔に、私は彼に対して盛大に誤解をしていたと感じた。
善逸くんが女の子を見境なく口説くのは、単純に女好きなのだと勝手に思い違いをしていた。
すごく申し訳なくなる。


「俺ね、家族が欲しかったの。誰かに一度でもいいから愛されてみたくて、だから……一生懸命がんばった。でも、いっつも空回りして、全然ダメで。」

「うん。」

「俺……夢があるんだ。誰よりも強くなって、それこそ柱になれるくらい強くなって、じいちゃんの期待に応えて、沢山の弱い人や困っている人を助けるんだ。
それで……一生に一人でいいから、誰かを好きになって、守り抜いて……幸せにする。」

「……素敵な夢だね。」

「でもさ、俺……全然弱いから、情けない奴だから。誰にも期待なんてしてもらえない。」

「そんなことないよ。」

「でも……」


自分をどこまでも卑下する善逸くんに、無意識に手を伸ばす。
そのまま気持ちのままに彼の頭を撫でた。
突然頭を撫でたからか、善逸くんが驚いたように目を大きく見開いてこちらを見る。
それでも私は撫でる手を止めなかった。
善逸くんは、自分で思っているように駄目なんかじゃない。
確かに怖がりだし、泣き虫だし、よく逃げ出そうとするし、情けない所もあるけれど、本当はすごく優しい人だ。
誰かが傷つくくらいなら、平気で自分を傷つけようとするし、誰かを守る為ならば自分の命なんて顧みずに盾になろうする。
本当は臆病なのに、誰よりも無茶をする。
こっちが心配になるくらいに優しすぎる人なんだ。
善逸くんは、全然ダメな奴なんかじゃない。
それが分かってほしくて、私は言葉を紡ぐ。


「善逸くんは頑張ってるよ。すごく頑張ってる。逃げ出したって、最後までやり遂げたでしょ。投げ出さなかったでしょ。ちゃんと、頑張ってるよ。」

「……本当に?」

「うん。偉い偉い。」

「……っ!」


まるで小さな子供をあやす様にそう言うと、善逸くんの目から涙が溢れた。
ポロポロとお月様のような綺麗な金色の瞳から、透明な雫が零れ落ちる。
それを綺麗だなと思いながら、私は善逸くんの頭を撫で続けた。
善逸くんとはずっと一緒にいたのに、私は善逸くんの心の底にあった孤独に気付いてあげられなかった。
善逸くんはずっと寂しいと訴えていたのに。
ごめんね善逸くん。
善逸くんは私の心を救ってくれたのに、私は善逸くんの力になれてなかったね。
だから、これからはもっと優しくあろうと思う。
この人の寂しさを、ほんの少しでもいいから紛らわせてあげたかった。
撫で続けていると、善逸くんの目がとろんと眠たげになってきた。
疲れているのだろう。眠気に誘われるように目を閉じた善逸くんを穏やかな気持ちで見つめていた。


「……おやすみ善逸くん。」


そう言うと、善逸くんが微かに微笑んだ気がした。



***************



「……だいぶ良くなりましたね。」

「……良かった。」


朝になってからまたしのぶさんに善逸くんの容態を診てもらうと、しのぶさんは笑顔でそう答えた。
良くなっている。その言葉に私はほっと胸を撫で下ろした。


「まだ微熱ですから、今日は兎に角安静に。」

「……分かりました。」

「善逸、大丈夫か?何かして欲しいことあったら遠慮なく言うんだぞ?」

「俺も……ヤクタダズダケド……」

「ぅぅ、ありがとうぉ〜〜!!炭治郎ぉ!!伊之助ぇ!!」

「早く元気になれよ。善逸!」

「うぅ、清隆〜〜!!」


次々とみんなから労る声を掛けられて、とても嬉しそうに涙を流す善逸くんの様子を私は微笑ましげに眺めていた。
すると、不意に善逸くんと目が合う。


「……っ」


――なんで。
思わずそう呟きそうになって、ぐっと言葉を飲み込んだ。
私と目が合った瞬間、彼の目がとても優しいものに変わった。
何で……そんな目をするの。
何でそんな……まるで愛おしいものを見るような笑顔を私に向けるの。
蕩けるような目でこちらを見ている善逸くんの視線に気づいてしまった。

その視線が何を意味するかなんて、勘が良くなくたって分かる。
頭と心がかち合うように理解した瞬間、カッと顔が熱くなった。
思わずその視線から逃げるように目を逸らしてしまう。

ドクリドクリと鼓動が速くなる。
訳も分からずに気恥ずかしくなってしまい、私はただ、この心臓の音が善逸くんに聴こえないように必死に冷静になろうとしていたのだった。

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