第45話「変化」

「善逸くん、口開けて。あーん!」

「あーん!」


小羽がお粥の乗ったレンゲを善逸に突きつけると、善逸はデレ〜と真っ赤な顔を破顔させて、大きく口を開けてパクリとレンゲを口に入れた。


「美味しい?熱くない?」

「全然熱くないよぉ〜〜!小羽ちゃんが食べさせてくれるから、すっごく美味しいよぉ〜〜!」

「そう。良かった……」

「うへへへへ、小羽ちゃんが俺のためにお粥作ってくれて、食べさせてくれるなんて幸せ〜〜!幸せすぎて俺もう死んじゃうかも〜〜!」

「こんな事で喜んでくれるならいくらでもやってあげるから、死ぬなんて簡単に口にしないでね。善逸くん。」

「はーい!うへへへへ!」


デレデレ顔の善逸に困ったように笑うと、小羽はまたお粥を掬ってふーふーと息を吹きかけた。
ある程度お粥を冷ますと、またレンゲを善逸の口元に突きつけて食べさせてやる。
蜘蛛化する毒のせいで手足が短くなってしまった善逸はご飯を食べるのも一苦労なため、先程からこんな感じであーんを繰り返して小羽が食べさせてやっていた。
しかもこのお粥、小羽が自ら調理した卵粥である。
気になる女の子に料理を作ってもらって、その上食べさせてもらえるなんて生まれて初めてな善逸は、今人生において訪れた贅沢な幸福を全力で噛み締めていた。


「小羽ちゃんが俺のために作ってくれて、俺のためにふーふーしてくれたお粥を小羽ちゃんの手で食べさせてもらえる……ああ、俺今すっっっごい幸せ!!うへへへへ!!えへへへへ!!」

「そ、そう?」


飽きれるくらいデレデレ顔の善逸に、小羽はほんのりと頬を赤く染めて、照れたように俯いて目を逸らした。


「……ぶん殴りてぇ……」


そんな物騒な言葉を吐きながら、恨めしげに善逸を睨みつけるのは清隆である。
今なら人一人殺せそうな殺気立った鋭い眼光で善逸を睨みつけている彼は、ギリっと奥歯を噛み締めて悔しそうに唸る。
そんな清隆を同情的な目で見つめながら、炭治郎は言う。


「気持ちは分かるが殴ったら駄目だ。せめて頭突きにするんだ。」

「俺は炭治郎みてぇに石頭じゃねえから頭突きしても善逸(あいつ)殺せねぇ。」

「俺の頭突きは鈍器じゃないぞ!?」

「……くそ、病人じゃなければ今すぐに殴るのに……でも今そんなことしたら小羽に嫌われる。くそっ!しかもなんか仲良さげだし……小羽……兄ちゃん寂しいぞ。」

「清隆……」

「……その顔やめろ。」


シスコンを微塵も隠すことなく曝け出す清隆に、炭治郎はまるで自分を見ているような気分になり、なんとも言えない微妙な顔をした。


「ご飯食べたら薬飲もうね。」

「えー!!あの薬すっごく不味いんだよ!!嫌だよ!!飲みたくないよ!!」

「でも飲まないと手足元に戻らないよ。がんばって飲もう?」

「うう〜、だったら小羽ちゃん飲ませてよォ!」

「飲ませてって言われてもなぁ〜、湯のみ持てばいいの?」

「そこはやっぱり口う……「口移しとか言ったら殺す!!」……やっぱり何でもない。」

「……善逸くん……お兄ちゃんも……」


善逸が調子に乗ってセクハラ発言をしようとすると、清隆からの殺気がぶわりと膨れ上がり、肌を刺すような痛い視線を感じた。
それに冷や汗をかきながら、善逸は慌てて口を噤む。
いっそ清々しい程に欲望に忠実な善逸に呆れ、殺気を隠すどころか敢えて分かりやすくひしひしと伝えてくる過保護な兄に、小羽は深くため息をついた。


「……がんばって飲んだら、善逸くんがして欲しいことしてあげるから。」

「えっ!?」

「小羽!?」

「あっ、勿論私が許せる範囲でだよ。それなら……「じゃ、じゃあ!膝枕して!あっ!できれば耳かき付きで!!それから、一緒に出かけたりしたい!!」……まあ、それくらいなら……「約束だよ!!」……うっ、うん。」


ここぞとばかりにぐいぐいくる善逸に呆気に取られる小羽。
ちょっと押され気味に約束すれば、善逸はとても嬉しそうに、本当に嬉しそうに喜んでいた。
破顔したデレデレ顔で見るに堪えないが、小羽との逢い引きを心から楽しみにしているらしい彼に、小羽は困ったように笑う。
そして残念なことに、それを嫌だと感じない自分にも驚いた。
寧ろ少しだけ楽しみだと感じているこの気持ちにも……

――どうにも、あの夜から少しおかしいのだ。
善逸くんに心にずっと抱えていた葛藤や苦しさを吐き出して、それでも受け入れてくれた彼の優しさに触れて涙した。
善逸くんを見ると、鼓動が速くなる。

……まさか、私って善逸くんのことを……?

いやいや、それは……


「……うーん……」

「小羽ちゃん?なんか難しい顔してるけど大丈夫?」

「うーん??」

「……っっ!!!」

ガタンっ!!

「ダメだ清隆!!抑えろ!!」


何かを察したらしい清隆が、もう我慢の限界とばかりに拳を作りあげて立ち上がれば、炭治郎が必死になってそれを止めようとする。
お互いに大怪我をしているのにも関わらず、炭治郎は清隆を羽交い締めにして、善逸を殴ろうと暴れる彼を必死に止めていた。


「はなせ炭治郎!!あいつやっぱ殴る!!いいや殺す!!」

「駄目だ!!」

「ひぃぃぃ!!なんなのぉぉ!!?」


小羽が一人自分の心の変化に悶々としている間、暴れまくる清隆を炭治郎が必死に押さえつけ、善逸は殺気立った清隆にただただビビりまくっていた。

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