とあるモブ男くんの観察日記

俺はモブである。誰がなんと言おうとモブである。だから名前はここでは言わないでおこう。
俺は鬼殺隊士ではない。ただの隠だ。
そんな俺には、最近気になる子がいる。気になると言っても、恋愛対象としてでは無い。
そして気になるのは正確には二人である。とある鬼殺隊士の男女。まだ年若い少年少女だ。
これは俺のそんな二人の様子を記録した観察日記である。

○月✕日
今日は那田蜘蛛山で多くの鬼殺隊士が鬼に殺されるという痛ましい出来事があった。
鬼殺隊士である以上、死は隣り合わせだ。だから今回ばかりが特別酷いという訳では無い。
それでも、かなりの数の隊士が命を落とした。俺たち隠はそんな隊士たちの戦闘の後始末や、傷の手当をするために那田蜘蛛山へと集められた。
そこで出会ったのが「信濃小羽」という一人の少女隊士であった。
彼女は無傷であったのだが、彼女の傍にいた金髪の少年隊士が重傷であった。
鬼の毒にやられて、身体が蜘蛛になりかけていた。きっと彼女にとって大切な仲間なのだろう。信濃さんは泣きそうな顔で俺たちの治療を手伝ってくれた。この少年は、こんなに可愛らしい子に大切に思われて幸せ者だなと素直に思った。

○月✕日
今日は用事があって夜に蝶屋敷を訪れた。
そこで信濃さんに会った。彼女とは那田蜘蛛山以来の再会である。話しかけたら返事をしてくれたが、何だか元気がなかった。
お兄さんが那田蜘蛛山の任務で大怪我を負ったらしいので、きっと心配なのだろう。お兄さん思いの優しい子だな。

○月✕日
翌日の昼に蝶屋敷を訪れたら、何やら病室の一角がやたらと騒がしかった。
気になって少し覗いて見たら、信濃さんのお兄さんがいた。そしてそこにはあの金髪の隊士の姿もあった。
あまにも騒がしかったので、わざわざ聞き耳を立てなくても話が聞こえてしまった。
どうやら信濃さんと喧嘩したらしい?細かいことは分からないが、なんだか嫌われただのなんだのと聞こえてきた。
痴話喧嘩だろうか。若いっていいなぁ。

○月✕日
数日後、また蝶屋敷を訪れた。
そしたら真昼間から「結婚してくれー!」って大声が屋敷に響き渡った。
何事かと驚いていたが、胡蝶様は慣れているのか、「あらあらまたですか」とかのんきに言っていた。
話を聞くと、あの金髪の隊士……名を我妻というらしい。あいつが毎日信濃さんに求婚しているらしい。
あの二人、てっきり恋人なのかと思ったが違うのか。てか、こんな昼間っから大声で何やってるんだよ。若いって怖いぜ。
そんな俺はもうすぐ三十二になる。俺も恋したいな。

○月✕日
信濃さんが任務で大怪我をしたらしい。
少なからず顔見知りであった俺は心配していた。何度か蝶屋敷を訪れるうちに、彼女とは話すようになっていたのだ。
蝶屋敷で療養していると聞いて、俺は見舞いに行くことにした。

○月✕日
信濃さんは命に別状はないらしく、会いに行ったら思ったよりも元気そうで安心した。
しかし、彼女とちょっとした世間話をしていたらあの金髪の隊士に睨まれた。
人を殺せそうなくらい嫉妬に狂った男の目で睨まれて、おじさんちょっとビビった。
信濃さんに抱きつきながら、「俺の小羽に何か用ですか!!」って怒られた。
えっ、待って。お前らいつの間に付き合いだしたの?えっ、おめでとう。良かったね。

○月✕日
更にあれから一ヶ月が経った。
信濃さんは最近はよく笑うようになった。元々よく笑う可愛らしい子だったけど、最近は本当に幸せそうだ。
きっと……というか、絶対に我妻隊士とお付き合いしてからだろうなと思う。恋は女の子を変えると言うけれど、本当らしい。
幸せそうで何よりだ。相変わらず俺は我妻隊士には殺されそうなくらいの嫉妬深い目で睨まれるけどね。
時々お兄さんが我妻隊士をものすごい形相で睨んでるのを見かけるけど、彼は大丈夫だろうか?
そう言えば、信濃さんの髪紐が変わっていた。前は女の子らしい赤い髪紐だったのに、今日見たら我妻隊士の羽織と同じく柄の物に変わっていた。
お揃いの物を身につけるとか、見せつけられてるみたいでちょっと腹が立つ。
正直、独り身には羨ましいぞ。まあ、あの子が幸せそうならそれでいい。

○月✕日
今日もあの子はよく笑っている。
隣には相変わらず嫉妬深い金髪少年がいる。だけどあの子は幸せそうだ。

○月✕日
俺の観察日記は今日で終わりになるだろう。何故なら俺は隠を今日限りで辞めるからだ。
俺にも守りたい家族ができた。これからは大切な妻と子を守るための日記を綴るのだ。

そうして、俺は本を静かに閉じた。

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