善逸が小羽人形を作る話

ある日、善逸は思った。

(小羽の人形が欲しい。)

色々とあって、小羽と付き合い出したは良いものの、兄の清隆や炭治郎の目が厳しすぎてまっったくと言っていい程手が出せないのだ。
善逸としてはもっとこう、恋人らしく手を繋いで歩いたり、デェトしたり、あわよくば抱き合ったり、ゆくゆくは接吻なんかもしてみたいのだ。
しかし、清隆が清く正しい健全なお付き合い以外は認めないと、善逸に厳しい目を光らせているせいで、全然、何も、恋人らしいことが出来ないのである。
手を繋ぐのはダメ。デェトは清隆同伴のみ許される。
そんな厳重な監視の元での健全なお付き合いなので、抱き合ったり、ましてや接吻なんか絶対に許される訳がなかった。
そんなこんなで、善逸の不満と欲求不満は限界であった。
そしてそんな善逸が思いついたのが小羽人形を作ろうということである。

(小羽にあれこれできないなら、代わりに小羽そっくりな人形を作って欲求を満たしたい!)

そんな邪な願望から、この計画は生まれたのであった。
善逸はそうと決めたら、翌日には街へと出かけて人形の材料を買いに行った。
そして裁縫箱はアオイから借りた。彼女は「何に使うんですか?」と怪訝そうにしながらも貸してくれた。
こうして、必要な準備は揃ったのである。

「くふ、うふ、ふへ、うふふふふふふふ!」

思わず口角をにいっと釣り上げて笑みがこぼれてしまう。この場に炭治郎たちがいたら、「気持ち悪い」と絶対にドン引きされそうな、そんな不気味だ笑みだった。

本物の小羽みたいに、可愛く可愛く、それはそれは愛らしいお人形を作ろう。
幸い、手先は器用な方だ。俺ならやれる。頑張れ善逸!

そんな欲望に汚れまくった邪な心を抱きながら、善逸はこの日から何日も夜なべして小羽人形を作り始めたのである。



――制作三日目。

「……おい善逸、これは何だ?」
「げっ!清隆……」

善逸が小羽人形を作り始めて三日目。
今日も夜にこっそりと制作に勤しもうとしていた矢先、任務帰りの清隆に見つかってしまった。
ある程度形ができていた小羽人形を持っているのを見られてしまい、善逸は冷や汗を全身にかいていた。
そんな善逸を見下ろす清隆の目は恐ろしいほど冷ややかであった。

「何を作っているんだ?」
「えっ、いや、これは……」
「な、に、を、作っているんだ?」
「……」

清隆の目は、笑っていなかった。
にっこりと顔は笑顔を浮かべているのに、目が全く笑っていない。マジだ。
これは答え方を間違えると本気で殺される。
善逸はダラダラと冷や汗を全身にかきながら、必死に言い訳を考えていた。
考えろ。考えるんだ善逸。

「こっ、これは……人形だよ。」
「人形ねぇ……俺にはそれが小羽に見えるんだよなぁ?」
「小羽人形です。」
「ほお?小羽の人形なんて作ってどうするんだ?」
「そ、それは……」
「正直に言った方がいいぞぉ?」
「……ハイ。」

善逸は清隆の冷ややかな圧力に負けた。
恐怖のあまり、馬鹿正直に白状したのである。小羽人形を作って、添い寝したい。接吻したい。ぎゅうって抱きしめてみたい。
本物の小羽の代わりに可愛がって、欲求を抑えたいと。馬鹿正直に話した。結果……

「没収!!」
「そんなぁ!!」
「当たり前だァ!!そんな邪な理由で小羽を汚されてたまるかぁ!!」
「何でだよ!人形ならいいじゃん!」
「よかねぇわ!本人にやるのも駄目だが、人形でも駄目だ!小羽が汚れる!」
「うわーん!!頼むよぉ!!」
「ダメだ!燃やす!!」
「そんなぁぁぁぁ!!」

こうして、正直に白状したのに人形は没収され、燃やされてしまった。
けれど善逸は諦めなかった。何度も何度も材料を買いに行き、何度も隠れて作り続けたのである。



――そうして、十日が経った。

「つっ……ついに……できた!」

ついに小羽人形が完成したのである。
善逸は漸く完成した小羽人形を見つめ、天を仰ぐように上を見上げて、感動の涙を流した。
長かった。とても長い道のりだった。
これが完成するまでに、本当に苦労したのである。

「うぉぉぉぅぅう!!やっっと!!やっっと完成したよぉぉ!!」

善逸は完成した人形を前に、感動してガチ泣きした。ぐりぐりと頬擦りして、抱きしめて、その感触を存分に味わう。
人形は、苦労した分とても良い出来映えに仕上がった。
本物の小羽の可愛さには負けるが、我ながら中々可愛くできたと思う。

「うへへへへへ、か〜わ〜い〜い〜!」

ツンツンツンツン、指で小羽人形の頬を突っつく。
あまりの可愛さにデレデレと頬が緩む、
これで寂しくてもずっと小羽と一緒に居られる。
うへへへへへ、嬉しいなぁ。
善逸はそんなことを考えるあまり、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
完成したことが嬉しくて、気が緩んでいた。だから油断していたのだ。

「――善逸?何笑ってるの?」
「……へ?」

すぐ後ろに小羽本人が近づいていたことに。
突然声をかけられて、善逸は間の抜けた声を上げて振り返る。
そこには、不思議そうな顔をして善逸を覗き込んでいる小羽がいたのである。

「ひっ!こっ、小羽ぇ!!?」
「うん?」

よりにもよって、一番見られたくない相手。一番、知られちゃいけない相手に見つかった。
善逸は大慌てで人形を背に隠そうとするが、最早手遅れであった。
小羽はしっかりと人形を見てしまったのである。

「それ、私?」
「うえ!?あばばば!これは!」
「見せてくれる?」
「えっ!うっ…………どうぞ。」

めちゃくちゃ狼狽えながら、なんとか誤魔化そうとした。
しかし、善逸が言い訳するよりも先に、小羽が人形を見せてくれと言ってきたのである。
躊躇う善逸であったが、可愛い彼女の頼みを断れる訳もなく、たっぷりと間を置いてから渋々人形を渡したのであった。
人形を受け取った小羽はまじまじとそれを見つめる。
見れば見るほど自分そっくりなその人形は、本当によく出来ていた。

「……これ、善逸の手作り?」
「あっ……うん。」
「すごいね!」
「えっ、おっ……怒らないの?」
「何が?」
「えっ、いや!なんでもないよ!」
「変な善逸。それにしても、これ本当にすごいね。細かいところまで作られてて、私そっくり!それに可愛い!」
「えっ、えへへへ、そうかな?」
「うん!すごく可愛いわ!」

小羽に見つかったら、てっきり怒られたり、気持ち悪がられるかと思っていた善逸は、小羽の意外な反応に戸惑いつつも、喜んでくれているらしい彼女の反応に嬉しくなった。
自分そっくりな小羽人形を抱きしめながら、小羽は嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「善逸って、人形も作れるんだね!本当に器用!」
「えへへへへ!」
「ねぇ、善逸。私も善逸人形欲しいな。」
「へ?」

大好きな小羽に褒められて、照れくさそうに笑っていると、小羽から意外なお願いをされて、善逸はきょとりと目を丸くした。
小羽は目をキラキラと子供のように輝かせながら、善逸に言った。

「私も善逸人形欲しい。」
「えっ、えっ?でも……」
「お願い!善逸だと思って大切にしたいの!」
「作りましょうとも!」
「本当に!?ありがとう善逸!私もお手伝いするね!」
「うひひひひ、小羽の為なら全然いいよぉ〜〜!」

善逸の邪な欲望から生まれた人形であったが、可愛い恋人に意外にも絶賛されたことで、善逸は難を逃れたのである。
こうして新たに善逸人形が作られることになり、それぞれの恋人の部屋には相手の人形が置かれることになったのであった。
その後、嬉しそうに善逸人形を大切にする小羽を、とても複雑な表情で見つめる清隆の姿が度々見られることになるのであった。

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