第10話

「……取り引き、ねぇ?」
「何か問題でも?折角ですから仲良くしましょうよ。」

こてんっと、可愛らしく小首を傾げてすっとぼけるしのぶに、甚爾は首筋にほんのりと冷や汗をかきながら答える。

「取り引きってんなら、刀下ろしてから言えよ。」
「それはまだダメですよ。あなた相手に油断なんてできませんから。応じない場合は問答無用で刺しますし。」
「そういうのは交渉って言わねぇんだよ!」

しのぶに刀を突きつけられたまま、背中越しに甚爾は叫ぶ。
少しでも動こうものなら、しのぶは問答無用で刀を刺すというのは脅しでもなんでもなく本気だ。
だから甚爾相手に油断もしないし、隙も見せたりしない。
全集中“常中”で気配を極限まで高めて、どんな動きをしても反応できるようには警戒していた。
甚爾も生まれ持った本能でそれを感じ取っているのだろう。
そしてこう思った。こいつ(しのぶ)には速さでは勝てないと。
柱の中でも最弱だったしのぶだが、その身のこなしと素早さだけは柱の誰よりも優れていた。
そして頸が斬れない代わりに、しのぶは突きの威力だけは恐ろしく強いのだ。
0距離で刀を向けている以上、確実に一撃は甚爾に毒を打ち込める自信があった。

「そうですね。取り引きに応じてくだされば刀を収めます。応じなければ待っているのは死だと思ってください。」
「脅しておいて取り引きもくそもねーだろ!」
「あなたにとっても悪い取り引きにはならないと思いますが?」

甚爾は本当かよと疑う。
あくまでもにっこりと美しい笑顔を崩すことなく、たおやかに微笑むこの少女に、甚爾は柄にもなく圧倒されていた。
こいつは敵に回したらヤベェ気がする。強さで言うなら、恐らく自分の方が強いだろう。
だがこの少女からは何故か別の意味で恐怖心を煽られる。
逆らってはいけないような……

――いや、大丈夫だ。実力ならこっちが勝ってる。

甚爾は昔のことを思い出していた。
この女には見覚えがある。
昔、興味本位で五条悟を見に行った時に、五条の坊主と一緒にいたガキだ。
こいつの事は少し知っている。あの御三家の一つである加茂の家の出でありながら、親に捨てられ、五条家に買われた娘。
五条悟の気まぐれで婚約者になったというその娘は、呪霊にしか効かない毒を扱う術式を持っていると聞いたことがある。
ならばこの女の血は俺にとって脅威にはならない。
一撃は免れなくても、それさえどうにか出来れば後はどうにでもできる。
この女を人質にして、五条の坊主を先に仕留めるのもありだな。
こうと決めたら、甚爾の行動は早かった。

「悪ぃな、交渉は……決裂だ!」
「っ!?」

甚爾が脚を勢いよく踏み出す。その一瞬にしのぶはすかさず甚爾に二撃の突きを与えた。
速い。それはどちらも。
だが僅かにしのぶの突きの方が速かった。予想外にも二撃の攻撃を受けてしまった甚爾は、舌打ちしながらもしのぶから距離を取る。

「やっぱ速いなあんた。」
「あらあら、残念です。少々痛めつけないとダメみたいですね。」
「しのぶ!」
「悟くんはそこに居てください。夏油先輩たちは先に天元様の所へ!」
「分かった!」

夏油は叫ぶと、天内たちを連れて奥へと走っていく。
そうしている間にも、しのぶと甚爾は目を逸らすことなく睨み合っていた。



*****



〜〜過去回想〜〜


『僕さぁ〜、昔、傑が呪詛師になってすぐの頃、あいつ(傑)に一緒に来ないかって誘われたことあるんだよね。』
『それは本当ですか?』
『うん、硝子から傑に会ったって連絡があって、急いで追いかけたんだ。その時に少し話した。』
『…………』
『あいつ"俺"に言ったんだ。僕になら非術師を殺して術師だけの世界にすることができるって。』

そう話しながら、五条はあの時の夏油の言葉を思い出す。
怒りでどうにかなってしまいそうな気持ちを抱えながらも、どうにかして親友を止められないか必死だったあの時のことを。

「説明しろ、傑。」
「硝子から聞いただろ?それ以上でもそれ以下でもないさ。」
「だから術師以外殺すってか!?親も!?」
「親だけ特別というわけにはいかないだろ。それに、もう私の家族はあの人達だけじゃない。」
「んなこと聞いてねえ。意味ない殺しはしねぇんじゃなかったのか!?」
「意味はある。意義もね。大義ですらある。」
「ねぇよ!!非術師殺して術師だけの世界を作る!?無理に決まってんだろ!!
できもしねぇことをセコセコやんのを意味ねぇっつーんだよ!!」
「……君がそれを言うのか?」
「あ"?」
「君にならできるだろ、悟。
自分にできることを、他人には『できやしない』と言い聞かせるのか?
君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?」
「何が言いてぇんだよ!」
「もしも私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足がつくと思わないか?」
「だから!何が言いてぇんだよ!」
「悟、君も一緒に来ないか?」
「……………はっ?」
「君も最愛の人を……胡蝶を失って思っただろ?呪霊なんかがいなければ良かったのにと。
胡蝶を殺したのは呪霊だ。そしてその呪霊を生み出しているのは、非術師だ。
私たち(呪術師)が必死に守ってきた連中こそが、そもそもの原因だったんだよ。
あの猿共は、私たちが命懸けで戦っているのに、その理由を知らない。知ろうともしない。
それなのに私たちの力を気味悪がって迫害する。排除しようとする。そんなのおかしいだろ!?
なぜ私たちがそんな猿共のために死なないといけない?命をかけないといけない?そもそも呪霊を生み出しているのは猿共だろ!!
なぁ悟、お前がいれば、きっと術師だけの世界も夢じゃない。そうすれば、呪霊だっていなくなる。
……共に来ないか?」
「……行かねぇよ。」
「……そうか、残念だよ。生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ。」
「行かせると思うか?」
「殺したければ殺せ。それには意味がある。」

「僕は、傑を追うことが出来なかったよ。」そう語る五条に、しのぶは何も言えなくなる。
そのシーンは原作で知っている。けれど、自分の死が余計に事態を重くしてしまったのだと知って、やるせない気持ちになった。
しのぶだって死にたくて死んだ訳ではないが、あの頃の自分は死ぬことを心の奥底で望んでいただけに、ひどく申し訳ない気持ちになった。
もしも、私が生きていたら何か変えられたのだろうか。そう思ってしまう。
だけどきっと無理だっただろう。原作の知識のない自分にはきっと、どの道夏油を止めることは出来なかった気がする。
それだけ彼の決意は固かっただろうから。

『そんで?あのおっさんをどうやって仲間に引き込むわけ?』

落ち込むしのぶを励まそうと思ったのか、重い空気を変えようとしたのか、不意に五条が話の話題を変えてきた。

『そうですね。甚爾さんはお金で雇われているようなので、こちらも同じ手で交渉してみようかと。』
『資金はあるの?なんなら五条家のお金を使ってもいいよ。』
『それは大丈夫です。色々と手を使って個人的な資金はかなりあるんですよ。』
『えっ?準一級ってそんなに稼げたっけ?』
『これまでの研究成果で資金が増えたんですよ。あとは株とか色々と……』
『えっ?いつの間に?』
『冥さんにお願いして資金を増やすコツを教えていただいたんです。』
『本当にいつの間に……』

自分の知らぬところでしのぶがそんなことをしていたなんて思わなかった五条は、呆気に取られる。
何故そんなことをしたのか、何故そんなにお金が必要だったのか。
聞きたいことはいっぱいあった。

『しのぶ……』
『理由は後でちゃんと話しますよ。でも今は、天内さんを助けることに集中しませんか?』
『ちゃんと、話してね?隠し事は嫌だよ。』
『ええ、分かってます。』

しのぶはまだ、何かを抱えているんだろうか。
色々と思うところはあったが、五条はしのぶのことを信じて頷いた。

『それと、もしも交渉が決裂して戦闘になった場合は、私に甚爾さんの相手をさせてくれませんか?悟くんには天内さんの護衛をお願いしたいです。』
『はっ!?そんなのダメに決まってるでしょ。しのぶに何かあったらどうするのさ。』
『大丈夫です。勝算はあります。』
『でも!もしも負けたら?もしもまたしのぶが死んじゃったら?……僕はもう、嫌だよ。しのぶを失うなんて。』
『悟くん……信じてください。』
『やだ!』
『悟くん。』
『やだってば!』
『……どうしても、ダメですか?』
『僕が相手にした方が、確実に勝てる。』
『そうですね。でも、悟くんじゃ殺してしまいませんか?』
『………………ちゃんと加減する。』
『私の目を見て言ってくれませんか?』

五条はしのぶからそっと目を逸らして言うので、彼女は呆れたようにため息をつく。
五条の実力なら確実に勝てるだろう。だけど甚爾相手に加減できるかは怪しいところだ。
甚爾は呪力こそないが、その身体能力の高さは化け物なのである。
また本気を出して殺してしまっては意味が無い。

『……ではこうしましょう。悟くんも側にいていいです。でも最初だけは私に任せてください。それでもしも私が負けそうになった時は、助けてください。』
『…………』
『それでもダメですか?』

しのぶが五条の顔色を伺うように顔を覗いて尋ねる。
五条の表情は険しい。その美しい青い瞳は、不安げにゆらゆらと揺れていた。
五条の気持ちはしのぶだって痛いほど分かるのだ。
愛する者を失う恐怖。それはかつて最愛の親を、姉を失ったことのあるしのぶには嫌という程理解できる。
けれど、どうか信じて欲しいと思う。
いつまでも五条一人に頼り続けることはできないからこそ、ここで頑張りたいのだ。

『悟くん、お願いです。』
『…………』
『悟くん。』
『…………無茶は、しないでよ。』
『はい、約束します。』
『ん』

五条の大きな手に、そっと自分の手を重ねる。
彼の瞳は変わらず不安げに揺れていた。それでも、五条は信じると言ってくれたのだ。
またしのぶを失うかもしれないという恐怖を抱えながらも、それでもしのぶの気持ちを優先してくれた。
だから、しのぶは彼の想いに全力で応えると心に誓った。



*****



「蟲の呼吸、蝶の舞、戯れ。」
「……っ!くぅ!」

しのぶが目に戻らぬ素早い動きで刀の先端を突き出す。
それは一度ではなく二度三度、数回に渡って何度も打ち込まれる。
しかし甚爾はそれをなんとかかわしていく。
ギリギリではあるが、避けられない速さじゃない。
しのぶは避けられたことが意外だったのか、きょとんと目を丸くする。

「あら、これを避けますか。」
「……まあな、そろそろ目が慣れてきたぜ。」

確かにこいつの動きは速い。最初は目で追うことすら出来なかった。
けれどそれだけだ。突きの威力はそこそこ強いが、その一撃一撃が致命傷になることはない。
だったら恐れることは無い。戦闘を繰り返すうちに、目も段々と慣れてきた。体も温まってくる。
武器庫用に連れていた呪霊の中で飼っていた大量の低級呪霊を解き放つ。
呪霊に気を取られている間に接近して、一撃で殺す。

「僕のことを忘れてもらっちゃ困るよ。」
「なっ!」

澄んだテノールボイズが辺りに響く。
大量に解き放たれた呪霊がしのぶに向かって襲い掛かると、それは次々と爆発していくように消されていく。
あれだけ大量に解き放たれた呪霊が一瞬で消え去っていく。
五条悟だ。あいつがやりやがった。
甚爾は思わず舌打ちする。その存在を忘れていた訳ではないが、ここで手を出してくるとは思わなかった。
女の方は自分より弱いとはいえ、決して強くない訳では無い。寧ろ結構強い方だと思う。
そんな相手と化け物である五条悟を相手に二対一でやり合うのはまずい。
甚爾はどうしたもんかと頭を悩ませる。

――無数の紅い蝶が甚爾に襲い掛かる。それはさながら蝶の群れのよう。
しのぶの血によって生み出された何百もの蝶の群れが一斉に甚爾の元に飛び交う。
甚爾は咄嗟にそれをかわしていくが、流石に避けきれずに数匹の蝶が彼の服や腕、脚、頬に所々に当たる。

(……ちっ!いくらか当たっちまったな。だが問題ねぇ。あの女の術式は呪霊にしか効かねぇんだからな。)

それよりも問題は五条悟の方だ。
どうにかして先にあの女を殺して、あいつと一体一に持っていかねぇと。

そう思って、女の方を見る。
恐ろしいくらいに美しい顔立ちの女は、とても高校生には思えないくらいの色気を漂わせていた。
女と目が合う。その女の唇が、ニィっと僅かに釣り上がった。

「術式、胡蝶の夢、縛り蝶々」
「あっ?」

それはまるで唄うように、その艶やかな唇から唱えられた。
その瞬間、甚爾の体はガクンと力が抜けたように倒れ込んだ。
頭からどしゃりと、派手な音を立てて地面に倒れ込む。
甚爾はあまりにも当然起こったことに頭がついていかず、混乱していた。
手が、脚が、腕が、そして唇すらも動かせない。
何一つ、指一つすら動かすことはできない。
何だ?何をされた?

甚爾の顔に影が掛かる。
唯一動かせる目だけを動かせば、そこにはこの状況を作り出した本人であろう、しのぶが立っていた。
彼女は倒れている甚爾の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、にっこりと微笑んだ。
それはそれは楽しそうに。

「驚きました?ダメですよ。格下相手だからって油断ちゃ。」

しのぶはどこか楽しそうに、そして嬉しそうに、無邪気な少女の笑みを浮かべる。
そこに五条もやって来て、倒れている甚爾を見下ろしてゲラゲラと笑う。

「あーあ!ボロ負けだねおっさん!ウケるー!」
「悟くん、無駄に煽らないでください。」
「はいはい。」
「これで私の勝ちですが。今度こそ、話を聞いてくれますね?」
「…………」
「あら失礼。口が動かないと喋れませんよね。少しだけ術式を弱めますが、決して暴れないでくださいね。」
「妙なことしたら今度こそ殺すかんな。」

五条に殺気の籠った目で見下ろされながら、甚爾は心の中で盛大に舌打ちした。
しくじった。相手の力量を見誤ったのか?
いや、あの女は確実に俺より弱かった。でも負けた。この痺れはあの女の術式か?呪霊だけにしか効かないという話は嘘だったのか。
色々と考えるが、答えなんて分からない。甚爾はいよいよ面倒くさくなって、考えることを放棄した。
完全に戦う気力を無くした甚爾。その気持ちを感じ取ったのか、しのぶが術式を弱めた。
体は相変わらず動かせないが、首と口だけは動かせるようになった。

「俺に何をした?」
「それは言えません。」
「あんたの術式か?呪霊にしか効かないって聞いてたが。」
「さあ?」
「……ふーん、まあいいさ。余計な詮索はしないでおくよ。」
「そうしてください。これから仲良くしていきたいので。」
「へーへー!……取り引きの内容は?」
「まずは星漿体の件から手を引いてください。代わりにこちらはそれなりの額を用意します。」
「いくらだ?」
「そうですね。手付け金として天内さんにかけられた3000万より多く、8000万お渡しします。契約次第では30億出します。」
「"まず"ってことはそれだけじゃないんだろ?」
「ええ、あなたにはできればこちら側について欲しいんです。」
「あっ?」
「私の元で正式に働いてみる気はありませんか?」

しのぶの言葉に、甚爾は目を丸くする。
この女は何を言ってるんだと言いたげに。
それでもしのぶはにっこりと笑顔を崩すことはない。

「恵くんのことに関しても、お力になれると思いますよ。」
「……お前、最初から俺の名前知ってたことといい、どこで調べた?」
「それは言えません。」
「はっ!話になんねーな!信用できねー相手と交渉するほど馬鹿じゃねーわ。それならまだここで死んだ方がマシだ。」
「困りましたね。星漿体に関してこちらも色々と手を打ったと言っても、納得できないでしょう?」
「それで俺を知ったって?」
「ええ、そうです。」
「俺に何をさせたい?」
「今はこれといって何かをさせたいとかはないんです。ただ、あなたには私の……いえ、悟くんの味方になって欲しいんです。」
「俺に高専側につけって?」
「違います。高専とかじゃなくて、私と悟くんの味方になって欲しいんです。」
「……何のために?俺は呪力を持ってねぇただの猿だぜ。」
「呪力が無くても、甚爾さんは十分強いじゃないですか。私には甚爾さんの力が必要なんです。甚爾さんが欲しいんです。あなたじゃないと駄目なんです。」
「ちょっとしのぶ!その言い方はなんか嫌だよ!僕というものがありながら!!」
「悟くんは黙っててくれませんか!?」
「やーだーーー!!しのぶは僕の!!僕だけのしのぶなのーー!!!」
「鬱陶しいです!!」

甚爾が欲しいと言ったしのぶの言葉に、敏感に反応する五条。
そういう意味で言ったのではないが、五条はなんか嫌だったらしく、泣きながらしのぶに抱きついてきた。
小柄な体格のしのぶの体は、あまりにも大きなその体にすっぽりと包まれてしまう。
ウザイ。兎に角ウザイ。
今真剣な話をしているのに、邪魔しないで欲しい。
しのぶは額に盛大に青筋を浮かべながら、なんとか五条をどかそうと、彼の胸を強く押す。
しかし、五条の力は強い。
ええい、いい加減にしろと、しのぶもヤケになっていた。
そんな2人のあまりにもくだらないやり取りを眺めていた甚爾は、何やらこんな連中を警戒していたことが段々と馬鹿らしくなってきた。

ああ、アホらしい。
そしてくだらねーわ。でも……

『呪力が無くても、甚爾さんは十分強いじゃないですか。私には甚爾さんの力が必要なんです。甚爾さんが欲しいんです。あなたじゃないと駄目なんです。』

そう言って真剣な表情で俺が必要だと言われたのは、いつぶりだっただろうか。
家族にも、禪院家にも相手にされなかった俺が。

『私には甚爾くんが必要だよ!一生一緒に生きてほしい!』

死んじまったあいつも、俺にそう言ってくれたな。

「ははっ、久しぶりにいい女に口説かれたな。いーぜ、その話乗ってやる。」
「え?」
「なっ!おまっ!ふざけんな!しのぶは僕のだかんな!」
「そんな青っちいクソガキなんかよりも、大人の俺が色々と教えてやるぞ?」
「えっ?それは結構です。」
「あっ?つまんねーの。少しは顔赤らめるとかしろよ。」
「私、心に誓った人にしかときめけませんので。」
「しのぶ〜〜!」
「へーへー!ごちそうさん!」

しのぶの思わぬ惚気に、五条は歓喜あまって抱きつく腕の力をより強めた。
目からは涙がダバダバと大量に流れ出ている。
そんなしのぶたちに心底呆れたような視線を向けて、甚爾はため息をつく。
こうして、なんとか伏黒甚爾を味方に加えることに成功した。
一先ずはこれで天内が甚爾に殺害されることは無くなった。
それでもまだ、天内の死を完全に食い止めることは出来ていない。
しのぶは念には念をと、もう少し手を加えることにしたのだった。



*****



◆胡蝶しのぶの術式説明

術式:夢の胡蝶
血の蝶を操る。
その喋に当たった対象に対して毒、麻痺、眠り、幻覚などの状態異常を引き起こさせることが出来る。
これまでしのぶの術式は呪霊にしか効果がないと思われてきたが、それは意図的にしのぶが隠し続けてきた嘘の情報である。
実は対象は呪霊以外にも効果はある。
そしてそれはしのぶ以外の術士にも使用可能なのである、
しのぶの血にしのぶ本人が術式を施すことで、血に呪力さえ流し込めばその術式を他者でも発動させることが可能なのである。
つまり、呪具などにしのぶの術式を施した血を塗って攻撃などすれば、その施された状態異常を相手に引き起こさせることが他者でもできるということである。
そうなるとしのぶの血の利用価値を知った者たちに彼女が狙われかねないため、悟がそれをひた隠しにしてきた。
この事を知るものは今のところ六眼で術式は見抜ける悟だけである。


◆伏黒甚爾
しのぶと今回戦って、彼女に敗北した。
実力では自分の方が上だが、しのぶには何か実力以外に勝てないものを感じて逆らえない。
しのぶと取引きをして、天内の件からは手を引いた。
自分を心から必要だと言ってくれたしのぶに、少しだけ妻の面影を重ねた。
五条悟を選ぶあたり男を見る目は無さそうだなと大人としてしのぶを心配している。

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