第9話

注意書き

・本誌のネタバレがあります。

・単行本派の人やネタバレ嫌という方はご注意ください








「――ところで、どうするんですか。この扉。」

お互いの気持ちを伝え合って、無事に両想いになることができた。
感情の高ぶるままに抱きしめて、キスをして、幸せを噛み締めていたのだが、ふと鍵の壊れた扉が視界に入って我に返った。
恥ずかしい恥ずかしい。我も忘れるほどキスに夢中になるなんて。と、しのぶは顔から火が出そうになるくらい羞恥心に駆られていた。
そりゃあ両想いになれたのは素直に嬉しかったが、あんな獣のように無我夢中で愛し合ってしまった自分を思い出して恥ずかしくなった。
自分はもう少し理性的な人間だと思っていただけに、しのぶのショックは計り知れなかった。恋って怖い。
そして五条が壊した扉を前に、しのぶはため息をつく。
しかし壊した当の本人である五条はなんてことのないように「弁償すれば良くね?」と軽く言ってのけた。これだからお金持ちは。

「そういう問題ではないと思うのですが……まあいいです。」
「そうそう、今はそんなことどうでもいいじゃない。僕たちやっと両想いになれたんだよ?」
「……悟くん、さっきから気になっていたのですが、口調変わってません?あとなんだから雰囲気も少し……」
「あっ、やっぱ気になる?」

なんだか口調が変わった気がすると指摘したら、ニヤリと口角を釣り上げて悪戯っぽく笑う五条に、しのぶは怪訝そうに目を細めた。
そして五条の口から聞かされた話に、しのぶは一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに神妙な面持ちへと変化していった。

「まさか、悟くんも時間を逆行してきたなんて思いませんでした。姉さんと会っていたんですね。」
「まあね。僕もしのぶの墓参りに行って、君のお姉さんに会うことになるとは思わなかったよ。しかも時間まで遡ることになるなんてね。」
「悟くんは今、何歳なんですか?」
「28だよ。」
「ということは、10年後から来たということですよね。あの悟くんが大人に……」

あの、まるで精神年齢が小学生で止まってしまったかのような問題児の悟くんが大人になったとは、なんとも感慨深い気持ちになる。
そう思ってまじまじと五条を見ると、彼は何かを察したのか、不服そうな顔をしていた。

「なぁーにー、しのぶってば俺が大人になるのがそんなに変なの?」
「そういう訳ではないんですが、なんだか不思議な気分で……大人になった悟くん……見てみたかったですね。」
「えっ、何言ってんの?これから一緒に大人になればいいじゃん。」
「え?」
「僕、もうしのぶを失う気なんてないよ。」
「悟くん、でも……」
「お互いに記憶を持ったまま過去に戻ってきたってことはさ、そういうことでしょ?カナエはしのぶの幸せのために僕たちを過去に戻したんだ。これから起こる未来を変えて、しのぶが生きられるように。」
「それは……」

確かに、過去に戻ってきたのならこれから起こるであろう未来を変えることはできるかもしれない。
今の私には原作の知識もある。でもいいのだろうか。過去を変えたりして、より最悪な未来になったりしないだろうか。それこそ、悟くんが死んでしまうような未来になんてなってしまったら、私は……
しのぶが不安そうにしているのが不思議なのか五条は怪訝そうに顔をしかめる。

「どうしたのしのぶ。なんで迷うわけ?僕はまたしのぶを失うなんてごめんだよ。」
「私だって死にたい訳じゃないですよ。でも、もしも未来を変えてより最悪な未来になったりしないか不安で……」

もしも私が死なない未来になったとしても、そこに悟くんがいない未来になんてなったりしたら、私は今度こそ本当に生きる希望を失ってしまう。それが怖い。怖くて怖くてしょうがないのだ。
不安そうな顔をするしのぶを見て、五条ははあ〜っと深いため息をついた。
なんだか呆れたような表情浮かべて、「しのぶって、結構バカだよね」と言った。
それにしのぶはムッとして、顔を顰めた。

「人が真剣に考えてるのに……」
「だってそうでしょ。そんなどうなるなんて分からない未来に怯えたってしょうがないじゃん。それよりも僕は、確実に変えられる未来を変えたい。んで、しのぶも傑もどっちも諦めない。」
「…………」

自信満々にそう口にする五条に、しのぶはポカンと口を開けて呆気に取られたような顔で彼を見つめた。
そしてへにゃりと困ったように眉を下げると、クスリと口元を釣り上げて笑ったのである。

「ふふ、悟くんらしい答えですね。」

口元に手を当てて、しのぶはクスクスと可笑しそうに笑う。
それは決して馬鹿にしている笑みではなく、どこか安心したような、ほっと気が緩んだような、そんな笑顔だった。
そんなしのぶの笑顔に五条はニヤリと自信ありげに笑う。

「あったり前でしょ。僕のこと誰だと思ってるの?」
「ふふ、最強の五条悟くんですね。」
「そーそー、だからしのぶは僕を信じてよ。」

茶目っ気たっぷりにウィンクする五条にしのぶは微笑む。
三度の人生の中で、二度も絶望の中で死んでいった。何度も後悔した。
天内の件だって、しのぶは五条と夏油を信じていた。それでも、二人は失敗してしまった。
だからきっと絶対なんて保証は無いのだ。例え目の前のこの男がどんなに強く、最強なのだとしても。
それでも、一度目の過去よりも確実に変わったものがある。
それはしのぶと五条の二人が一度この過去を経験していること。
そしてしのぶがこの世界の原作の未来を思い出したことである。
これから起こる未来が分かっているということは、最悪な出来事が起こる未来を回避出来る可能性があるということ。
そしてしのぶは五条が知らない情報を知っている。それは強みでもあり、大きなリスクでもあると思うのだ。
未来を変えれば、分かっている最悪な出来事を避けることができる。しのぶの原作の知識を活かせば、きっとそれができるだろう。
だけどそれがきっかけで、より最悪な未来に変わる可能性もある。
しのぶはそれが怖いのだ。けれど五条はそれを鼻で笑った。
何が起こるか分からない未来を恐れるよりも、確実に掴み取れる幸せな未来を信じろと。
自分を信じろと、そう、言ってくれたのだ。
だから私は、もう一度だけ信じてみようと思う。目の前の愛しい人を。
だから話してみよう。私のもう一つの秘密を。

「悟くんは、姉さんに会って私の過去を知ったんですよね?」
「ああ、うん。鬼のことも、しのぶが蟲柱って呼ばれてた過去も見てきた。最初は信じられなかったけど、しのぶから改めて聞かされて、今は信じてるよ。しのぶが違う世界で生きていたことも、転生したことも。」
「そうですか……悟くん。」
「ん?」
「もう一つ信じられない話をしてもいいですか?」
「なぁに?しのぶってばまだ僕に話してない秘密でもあるの?」

五条は冗談だと思っているのか、明るい口調で尋ねる。
そんな彼にしのぶは苦笑しつつ、口にした。

「今から話すことは、とても信じ難いことだと思います。それでもどうか信じて欲しい。」
「しのぶ?」

しのぶがあまりにも真剣な表情で話すからか、五条は笑みを消して真剣に耳を傾けてくれる姿勢を見せた。
そしてしのぶは語り出す。この世界の秘密を。自分の知る未来を。


*****


「……マージで?」

しのぶから聞かされた話に、僕は珍しく頭を抱えることになった。
しのぶの言っていることは信じてあげたい。だけどこれは流石に、にわかには信じ難い話だった。
だって、この世界が漫画で描かれていて、しのぶはこの先に起きる未来をある程度把握しているというからだ。
しかもそれはこの世界だけではなくて、しのぶが前世で生きていた鬼の世界もまた、漫画で描かれた世界なのだという。そしてしのぶはその知識を前の前の前世で知ったのだと。
しのぶの転生が二度目なのにも驚いたが、流石にこの世界が漫画だとか言われても、はいそうですかと簡単に信じられないのは仕方ないと思う。
僕が頭を抱えてしまったのに対して、しのぶは「まあそうなりますよね。」とすぐに信じてもらえないことは最初から分かっていたのだろう。僕を労わるように見つめていた。

「私は前の世界で、『胡蝶しのぶ』というキャラクターの人生を歩んだ一人の人間だったんです。それがどういう訳か、この『呪術廻戦』と呼ばれる世界では本来存在しない人間として生まれ変わった訳ですよ。」
「えー、ちょっと待って。本当に混乱してるんだけど。流石に、にわかには信じ難い話で……」
「でしょうね。私もそうなります。ではその証拠に、私が本来知るはずのない、けれど悟くんが知っていることをいくつか述べましょうか?」
「え?」
「一つ、来年の9月に夏油先輩がある集落で大勢の人間を殺害して、呪詛師になりますね。」
「……はっ?」
「2つ、悟くんはその後、伏黒恵くんを保護します。」
「…………」
「3つ、悟くんは高専の教師になります。なんなら関わる生徒の名前を全員言えますよ。宿儺の器になってしまう虎杖くんを含めて。」
「……いや、いい。」

悟くんは目元を手で覆うと、深くため息をついた。
そして確認するように「その情報はしのぶが幽霊になって見てたとかじゃないよね?」と尋ねてきた。
なので私は首を横に振って否定した。

「違いますね。私の記憶はあの任務で死んだ日で止まっています。この情報は死の間際に前前世の記憶の一部が戻ってきたに過ぎませんから。私は死んだ後、自分がどうなっていたかは覚えていません。」
「カナエみたいに見守ってた記憶はないの?」
「全くないですね。姉さんから伝えられたことは、悟くんが私が死んだ後に荒れて火遊びが酷かったことくらいで。」
「はっ!?カナエそんなこと言ってたの!?」
「ええ、女性を取っかえ引っ変えにしては散々泣かせていたとか。」
「違っ!いや違わないけど、どれだけの女の子を抱いても、本命はずっとしのぶだけで!」
「わー、最低ですねー」
「しのぶ〜〜!」

私が冷めた目で悟くんを見つめると、彼は目を潤ませて私に抱きついてきた。
190cmもある大きな男性(しかも精神年齢は28歳)が半泣きで泣きついてくるのはだいぶ痛いものがあるが、悟くんはこの可愛すぎる容姿を活かして甘えてくる。
そして惚れた弱みだろうか、私は悟くんに甘かった。
ふうっと諦めたように息を吐き出すと、私は腰にしがみついて泣く悟くんの頭を撫でた。

「信じますよ。悟くんがこの10年間、どれだけ私を想ってくれてたのかも、姉さんを通して知ってますから。」
「……本当に?」
「ええ。」
「良かったぁ〜、僕しのぶに嫌われたら流石に辛い。」
「でも今後、浮気したら即別れますからね。」
「わっ、分かってるよ。」

私が目を細めて鋭い視線を送ると、悟くんは肩をびくつかせながら力強く頷いた。
さて、話は逸れてしまったが、これで悟くんは私の言っていることが本当だと信じてくれただろうか。

「――しのぶは本当に、これから起こることを知ってるんだね?」
「多分悟くんが知らない情報も知ってると思いますよ。」
「例えば?」
「そうですね。悟くんは9月の私があの任務に行った日……私の命日、でしたね。その日に姉さんに会ったんですよね?」
「うん、君の墓参りに行ってたからね。」
「では、10月31日はまだ経験してないんですね?」
「ハロウィンに何かあるの?」
「10月31日……後に渋谷事変と呼ばれる特級呪霊と呪詛師によって、渋谷に広範囲の大掛かりな帳が降ろされるんです。そこで沢山の人が……死にます。呪術師側の被害も甚大ではなく、そして、悟くんが封印されます。」
「僕が?」
「ええ、確か呪霊側の本来の目的は最初から悟くんを封印する為だったはずです。交流会での高専への奇襲もその為の準備だったと思います。獄門疆と呼ばれる内側からは絶対に解けない、封印のための特級呪物で、悟くんでも封印されたら術式を封じられて出てこない代物だとか。」
「へぇ、それで?漫画の中の僕はまんまと封印されちゃったわけだ?」
「はい。その……偽物の夏油先輩によって。」
「はっ?傑!?」

まさかここで夏油先輩の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
悟くんが明らかに動揺した顔を見せた。
そんな彼にこの事を話すのはとても躊躇ったけれど、これは伝えなければいけないことだと思ったから、続きを口にした。

「悟くんは、夏油先輩の遺体を、家入先輩に渡しませんでしたよね?」
「それも漫画に描かれてたの?」
「詳しくは描かれてません。ただ、情報としてそう書かれていました。ただ、悟くんが夏油先輩の遺体を火葬しなかったことで、その遺体が利用されてしまうんです。」
「どういうこと?」
「人の体を乗っ取って、その人の体を操れる存在がいるんです。彼の正体は天元様曰く、羂索という1000年前から存在する術師らしいです。恐らくは宿儺とも関わりのある。彼は過去に加茂憲倫という術師の体も乗っ取っていたみたいです。それに、もしかしたら虎杖くんのご両親も。」
「待って、情報量多!はっ?加茂憲倫って、あの呪胎九相図を作成した!?歴上『史上最悪の呪術師』とか『御三家の汚点』とか呼ばれてる!?しかも悠仁の両親の体も乗っ取ったって?」
「虎杖くんに関しては謎が多いんです。ただ、虎杖くんのお母様の額に羂索が宿っていた可能性のある縫い目が描かれていたり、呪胎九相図の一人が虎杖くんのお父様のことを知っていたりしていることから、もしかしたら虎杖くんは、ただの宿儺の器という訳ではないかもしれません。もしかしたら、宿儺の器になるように仕向けられた可能性もあります。」
「でも、宿儺の指を食ったのは悠仁の意思だよ?」
「そうなんですけど、彼がこの世界の主人公なんです。もしかしたら色々と隠された秘密があっても不思議じゃないかと。」
「えっ、悠仁が主役だったの?僕じゃなくて?」
「違います。」

何を勘違いしていたのか、自分を指差しながら落ち込む悟くんに、私は真顔で否定する。
すると悟くんは「こんなグッドルッキングガイの逸材がいるのに……」とか言ってガックリと肩を落とした。
そんな彼を無視して、私は「続きを話してもよろしいですか?」と淡々と口にした。
悟くんは途端にすんっと真顔になって「あっ、はい。」と答えたので私は構わずに話を続けることにした。

「虎杖くんに関しては出生から何まで色々と謎が多いんですよ。だから過去を変える上で、彼が宿儺の器になるのを阻止するのは必須になると思います。」
「うーん、成程。悠仁に関しては後で僕も色々と調べてみるよ。」
「お願いします。」
「そんで、その羂索?とか言う奴はなんで傑の体を乗っ取ったわけ?」
「彼の目的には、夏油先輩の呪霊操術が必須だったからです。羂索はどうやら乗っ取った体の持ち主の能力すらも自由に扱うことができるみたいです。」
「その目的って?」
「天元様曰く、人類と天元様の同化が目的らしいです。」
「は?」
「天元様は星漿体……天内さんとの同化に失敗した後、進化して天元様の個としての自我は消えてしまったそうです。そして進化した天元様の魂は至る所にある。つまり天地そのものが天元様の自我になったということになります。進化した天元様は星漿体に関係なく、他の人間……それこそ複数の人間との同化も可能になったそうで、万が一天元様と同化した人間は術師という壁すら乗り越え、新しい存在の形へとなるそうです。同化した人間が1人でも暴走すれば、渋谷事変同様のことが世界中で起きるだろうと。」
「つまり、より多くの人間が死ぬってことか。でも天元様が進化したからって、天元様が同化を拒否すれば良くない?それとも天元様暴走でもすんの?」
「天元様は進化後、個としての自我は消えてしまっても、ある程度の形や理性を自身の結界術によって保つことはできるそうです。けれど羂索によって人類が進化し、1人でも暴走を始めたら世界が終わってしまう。進化した天元様は星漿体との同化に失敗し、その存在は呪霊に近い存在になったと言っていました。そして夏油先輩の体を乗っ取ったことで、羂索が呪霊操術を使えるようになった。つまりは天元様を取り込んで意のままに出来るということです。」
「えっ、マジで?天元様呪霊になんの?」
「全ては天元様の口から語られたことなので全部が本当のことなのかは分かりません。もしもこれで天元様が実はラスボスで、嘘だったとか言われても、私は結末を知る前に原作の途中で死んでしまったようなのでこれ以上のことは分からないんです。」
「うわ、不死の天元様がラスボスとか笑えねーわ。」
「天元様はこうも言ってましたね。天元様と星漿体、そして六眼は全て因果で繋がっている。羂索は過去に2度六眼の術師に敗れているらしく、2度目は羂索も徹底して六眼と星漿体を生後1ヶ月以内に殺していたそうです。それでも、天元様との同化当日に六眼と星漿体は現れてしまう。そのため、羂索は六眼の抹殺ではなく、封印へと方針を変え、獄門彊の捜索を始めたと。この世に六眼持ちは同時に2人産まれる事がないから。加えて呪霊操術を持つ夏油先輩が現れたことで、獄門彊以外のピースが意図せず揃ってしまった。そして悟くんはまんまと封印されたわけですが……」
「……ムカつくね。」

悟くんの声が、低く地を這うような威圧的な声に変わる。
怒っている。自分の親友の遺体が、好き勝手に利用されたと知って。
悟くんの気持ちは痛いほど分かる。もしも私も姉さんの体が好き勝手に利用されたとしたら、腸が煮えくり返るくらいの憎悪と怒りを感じたことだろう。
それくらい、夏油先輩の存在は悟くんにとって大きな存在なのだ。

「羂索は天元様を操って最終的にはどうしたいわけ?」
「すみません。それは分からないです。」
「羂索の目的を阻止するなら、天内の同化は阻止しちゃいけないってことか。」
「そう……ですね。でも……」
「でもさ、天元様進化しても暴走しないんでしょ?だったら天内助けても問題ないよね。」
「え?」
「ぶっちゃけ天元様が本当にラスボスになったら、それこそ、その獄門疆?とかいうのを使って封印しちゃえば良くない?」
「あっ、あの。」
「羂索って奴は不死じゃないなら見つけ次第殺そう。そんで問題解決だね!」
「あの、でも獄門疆にはもう一つ、獄門彊の裏、通称”裏門”というものがあって、天元様がそれを所持していまして。悟くんが万が一封印されてしまった場合、それを使って解放できるので。」
「しのぶが情報教えてくれたからもう封印なんてされないもーん!」
「ご自身の力を過信しすぎて爪が甘くなるのは悟くんの悪いところですよ。実際、裏門を使ってそれで悟くんを解放できる可能性があったのに、それに必要な天逆鉾と黒縄を悟くんが壊してしまったとかで皆さん困ってましたから、今度はそれを壊さないようにして……」
「あーそうなの?じゃあ今度は壊さないように気をつけるよー!」
「もう!真面目に聞いてますか?兎に角、天内さんの同化を阻止するのであれば、天元様の進化は避けられません。どこまで原作の流れを変えられるかは分からないですけど、夏油先輩の他にもう一人、絶対に味方につけておきたい人がいるんです。」
「それは誰?」
「伏黒……いえ、悟くんには禪院甚爾さんと言った方が分かりやすいですか?」
「はっ!?あいつ!?なんで!?」
「彼は呪術界において想定外の存在なんです。彼のような天与呪縛の力によって因果の外に出た存在が現れた事により、天元様と星漿体そして六眼の運命を破錠してしまったのだと天元様は言ってました。今後の展開次第では、甚爾さんの存在は大きな切り札になると思います。なので絶対に味方につけておきたいです。」
「えー!」
「私は原作の展開を最後まで知りません。そしてこれから原作の流れを変えることでどうなっていくかも分からない。味方は多い方がいいですよ。」
「でも〜〜」
「夏油先輩を救うのでしょう?羂索はもちろん、呪霊側だってどう出るか分からないんです。未来を知ってるのは私と悟くんだけなんですから!」

私がそう言うと、悟くんはぐっと言葉に詰まらせる。
そして後ろ頭をかくと、小さくため息をついた。

「……はあ、分かったよ。あいつ嫌いだけど……にしてもムカつくなぁ〜」

悟くんは笑いながらも、目が笑っていなかった。完全にキレていた。
悟くんが「アイツ等今度会うことがあったら速攻で消してやる」とか息巻いているのを聞きながら、私は気付かれないようにこっそりとため息をついた。
こうやって私が原作のことを話すことで、未来は少しは変わったのだろうか。今は何一つ実感できない。

「悟くん。」
「んー?」

私が悟くんの名を呼べば、彼は不思議そうにこちらを見つめてくる。
随分と不機嫌そうな様子でも、私の言葉に耳を傾けてくれるくらいにはまだ冷静らしい。

「1つずつ確実に変えていきましょう。夏油先輩の離反や私と灰原くんの死。これから起きる未来を改変していくのに必要なピースを、私が知る限りの情報を使って教えます。だから力を貸してください、悟くん。」
「おーけーしのぶ。任せてよ。」
「まずは明日、天内さんの死を回避します。これが出来なければ、夏油先輩は救えません。」

私と悟くんはその日、寝る間も惜しんで意見を出し合った。
お互いの知る情報を出し合って、もっとも最善となる結末を迎えるために。
大切な人の隣で笑い合える未来を今度こそ手に入れるために。


******


天内護衛3日目。
都立呪術高専、筵山麓。

天内理子にかけられた懸賞金が取り下げられてから4時間後、五条たちは予定通り高専にやって来ていた。

「みんなお疲れ様。此処からは高専の結界内だ。」
「これで一安心じゃな!」
「……ですね。」
「……」
「悟、本当にお疲れ様。」
「おー、さてと……」

瞬間、五条は力を抜いた。ずっと張り詰めてきた警戒を解くように。
すると背後に突如として人の気配が現れる。それは、"あの時"と全く同じだった。
だから予想しやすかった。その男の行動は。

「はっ!?」
「よう、おっさん。残念だったね。」

五条の背中から胸を呪具で一突きにしようとしたその攻撃は、無限によって届くことはなかった。
10年前の最初の過去では、披露しきったところを油断して術式を解いた瞬間に胸を一突きにされた。
だけどもうあの時のようなヘマは二度としない。
反転術式を会得したことで出来るようになった、常に無限を解くことなく術式を使い続ける方法。
10年という年月を掛けて磨き上げてきた技術の知識を引き継いだことで、五条は過去に戻っても同じことを行うことが出来た。
そして、そんなことを知らない伏黒甚爾は、あの時と同じように行動した。
わざわざ彼を誘いやすいように、高専に辿り着くまでは警戒を続け、そして結界内に入った瞬間に警戒を解く"フリ"をした。
気配に敏感な甚爾に悟られないように、慎重に演技したお陰で、彼はまったく同じように行動してくれた。
甚爾は完全に隙をついた気になっていた。数日かけて五条悟に疲労を与えた筈だった。それなのに、これはどういう事だ。どこで間違えた。

「こんにちは。お会いするのは初めてですね。」

甚爾の背後に立って、刀の先端を突きつける少女は、にっこりとその美しい顔で微笑む。
いつからそこにいた?気配なんてまったく感じなかったぞ。
甚爾は少女から感じる隙のない気配にたらりと冷や汗をかいた。
しのぶは微笑む。ゆったりと、けれど有無を言わせない圧力のある笑みで。

「初めまして伏黒甚爾さん。私と取引をしませんか?」



******



おまけ

「ところでさーしのぶ?」
「はい?」
「やけに恵の父親のことを気にかけてるじゃん?何で?」
「どうしてそんなこと訊くんですか?」
「いーから答えてよ。味方が多い方がいいって考えは分かるけどさ、それだけじゃないような気がすんだよねー。もしかして好きなの?」
「はい?」

悟くんがにっこりと笑いかける。けれど目がまったく笑っていなかった。返答次第では容赦しないと言いたげな無言の圧力を感じる。
悟くんは何を言ってるんでしょう。私たちついさっき両想いになったばかりですよね?想いを確かめ合ってキスまでしましたよね?
何故そんな考えに至るんですか?馬鹿ですか?
私は思わず笑顔が引きつった。

「何言ってるんですか?私が好きなのは悟くんだって知ってますよね?」
「えーだってさぁ、その割に僕が嫌だって言ってるのにアイツのことやけに気にするからさぁ〜」
「味方云々もそうですけど、もう一つは恵くんのことを考えてです。」
「恵?」
「甚爾さんはあんなんでも恵くんにとってたった一人の父親です。」
「恵はあいつの事なんてどーでもいいと思ってるよ。」
「それでも、親です。それに、甚爾さんは彼なりに恵くんのことを大切に思っていると思うんです。」
「それも漫画の知識?」
「はっきりとは描かれてないですけど、彼にも色々とあったんですよ。だから個人的には助けたいです。」
「ふーん。」
「そんな不満そうな顔しないでくださいよ。」
「だってさあ〜!しのぶが僕以外の男の話するとかクソムカつく!」
「悟くんって大人になったんですよね?」
「今は16だもーん!」

もーんってなんだ。もーんて。呆れて何も言えないとはこの事だ。
一人称や口調が変わっても、いくつになっても、悟くんは悟くんのままなんだなとよく分かった。
はあっと小さくため息をつく。頬を膨らませて子供のように拗ねる彼のご機嫌を取るにはどうしたらいいのか。

「……悟くん。いいこと教えてあげましょうか?」
「……何?」
「前の前の私にはこの世界で好きなキャラがいたんですよ。」
「ほ〜お?それがアイツってわけ?」
「そのキャラは作中で最強って言われてるんです。」
「……ん?」
「性格はクソだとか言われてて、けれど容姿はとても端麗で、まるで子供みたい。でも、生徒思いで頼りになる人です。」
「えっと、それってさ……」
「悟くんのことですよ。」

私が微笑んでそう言うと、悟くんの頬がぽっと赤くなった。
そしてまるで恋する少女のように、モジモジと手遊びをしてソワソワとし始めた。
そんな彼に私は言う。

「私が好きなのは、昔からずーと悟くんですよ。」
「うっ。」
「だから、不安にならないでください。」
「…………………うん。」

彼は耳まで真っ赤に染まった顔を隠すように、俯きながら小さく、とても小さく頷いたのだった。
私が好きになった人は、最強で、女の子も羨むくらいの美しい容姿を持っていて、なのに性格はとても悪い。
けれど、たまにとんでもなく可愛いと思う。
私はそんな彼を愛した。そして彼も愛してくれたから。
私はちゃんとこれからも気持ちを伝えていこうと思う。彼が不安にならないように。

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