第109話「心強い用心棒」

「――あいつ、何でここへ……?」

彩乃がそう呟いた瞬間、金槌の妖は首を90度に傾けてこちらに振り返った。
その姿がなんとも不気味で、彩乃と田沼は思わず叫んでしまう。

「「うわーーっっ!!」」
「……ん?田沼君にも見えてる?」
「ああ。妖が目を貸してくれて……」
「え……」

そんなやり取りをしていると、金槌の妖はこちらに襲い掛かってきた。
持っている金槌を降り下ろし、攻撃してきたのだ。

ぶんっ!
「「わあっ!」」
ぶんっ!ぶんっ!
「……っ!」

最初はなんとか避けていた二人だったが、彩乃が妖に捕まってしまい、彩乃は何とか逃れようともがいた。

「……っ、放せ……っ!」
「……けた。みつけた。かがみ……かくしてるめのなか……とりだす……」
「!!」
「壊して……取り出す……」

彩乃を捕らえた妖は、彼女の右目を狙って金槌を振り上げた。
このままではやられてしまうと感じた彩乃だったが、以外な人物に助けられる。

がしっ 
「小物のくせに私の鏡を横取りする気か……去れっ!!」
カッ!
「ぎゃっ!!」
「ぎぎ……」
ばりんっ!
「あっ……」

やられそうになった彩乃を助けたのは、田沼に取り憑いたキョウカだった。
彼女は彩乃に降り下ろされた金槌を片手で掴むと、口から何か光線のようなものを吐き出して金槌の妖を追っ払ったのだ。
攻撃された金槌の妖は悲鳴を上げながら部屋の窓ガラスを破って何処かへと逃げて行った。

「……た……田沼君?大丈夫……?」
ばたり
「わあ田沼君!?」

口からシュウシュウと煙を吐きながら倒れる田沼を慌てて抱き寄せると、ぐったりとした彼を見て、彩乃の中で何かが切れた。

「……い……いい加減にして!田沼君に妖を見せたり……助けてくれたんだろうけど、田沼君にこんなことさせたり……鏡が大事なんでしょ?大切な友人がいるんでしょ?私にとっても田沼君は大切な友人なの!これ以上無茶をさせるなら許さない!!」
「……」

彩乃の言葉にゆっくりと目を開けるキョウカ。
彩乃は一度冷静になろうと深呼吸すると、懇願するように彼女に言った。

「……お願いだから……私の方に憑けない?鏡探しは手伝うから、どうか田沼君は解放して。」
「……妖を見たがったのはこいつ自身だ。」
「……」
「お前は殆ど妖について話さない。それは話す必要がないことだからなのだろう。優しさからのことだろう。――わかっていても……やはり話してくれないとわからない。大切な友も話さなかった。話してくれぬまま姿を消した。重い病に掛かったことを打ち明けられず、私にうつさぬよう何処かへ行った。――そう。風の噂だけが耳に入ってきた。……話してくれてどうにもならなかっただろうか――……私は噂をかき集め、その病を祓うと伝わる鏡を手に入れた。――後はあいつを見つけ出して……ああ……鏡……早く。集めないと……あいつが……早く見つけないと……すまん人の子。今の私はこいつの体に留まるだけでも精一杯なのだ。――すまん……人の子……あと少し……あと少しで……」
「……」

最後の言葉はもう小さくて聞き取れなかったが、キョウカは力を使いすぎたのか田沼の中に消えてしまった。

(守りたいから隠すのに、それが逆に相手を傷付けてしまうこともあるのか……)

彩乃が自分と田沼のことを例えて考えていると、ニャンコ先生が何処からかやって来た。

「さすがは八ツ原。別邸とはいえ寺の敷地内にあんな小物が入ってこれるとは……」
「ニャンコ先生!今まで何処に!?大変だったんだよ!」
「あの金槌が何者なのか様子を見ていたのだ。まあ手助けする前にそいつが追い払ったがな。」
「……」
「お前も今日はさっさと寝ろ。私が見張っててやる。こんな下らんことにいつまでも関わって堪るか。明日で片をつけるぞ。」
「……うん、先生。」

彩乃はニャンコ先生を抱っこするとふわりと微笑んだ。

(――大丈夫。私にはこんなにも心強い用心棒がいるんだから……)

彩乃の中にあった微かな不安は、先生の心強い言葉で吹き飛んだのだった。

- 122 -
TOP