第113話「コロッケ」

「名を返そう。受け取って……」
「夏目様、ありがとうございます。」

名を返すと、妖は帰って行った。
――友人帳の名を返し始めて半年以上。
どこで噂を聞き付けるのか放免を求めて訪ねてくる者も増え始め、少しずつではあるけれど名を返す日々に慣れてきた。

「ただいま〜」
「ああ、疲れた。」
「なんだまた名を返してやったのか。」

ぐったりと畳に横になる彩乃をニャンコ先生は呆れたように見つめる。
――名の返し方は簡単だ。
相手をイメージしつつ念じて開けば自動的に友人帳が名を割り出す。
その紙をくわえ、手を打ち合わせながらふっと息を吐くと、紙から名が解放され、妖の元へと戻っていく――……ただ、どっと疲れるのだ。

「つまらん奴だ。友人帳がどんどん薄くなっていくではないか……いっそのこと隙をついてこんなガキ喰ってしまおうかな……今すぐに。」
「聞こえているけどインチキ招き猫。」

ニャンコ先生とのこんなやり取りももはや日常茶飯事になりつつある。

「彩乃ちゃんご飯よー!」
「はーい!」
「今日は滋さんは遅いから先に食べちゃいましょう。」
「わかりました。わあ、いつもながら美味しそうですね。」
「ふふ、ありがとう。どう?新しい学校には慣れた?」
「ええ、皆良くしてくれてます。」
「良かった。私達にもどんどん甘えてね。」
「…はい…」

身寄りもない自分を引き取ってくれたのは、心優しい藤原夫妻。
この人達の元へ来てからというもの、とても充実した日々を過ごしている。

(……だからこそ、この人達には絶対に迷惑掛けないぞ。特に妖関係では!)
「いただきま……ん?」
(…小さな歯形…鼠?)
「なかなか美味ですなぁ」
「……へ?」

ご飯を食べようと手を合わせる彩乃。
ふと何気なく見たコロッケが少し欠けていることに気付いて、彩乃は不思議そうに首を傾げた。
すると何処からかここに居る筈のない第三者の声が聞こえた。
思わず声のした方へ視線を向けると、そこにはテーブルの上に湯飲みよりも小さなお爺さんがいた。

「わあっ!!」
「あらどうしたの?」
「い、いえ……なんでもないです!!」
「……そう?」

突然大声を出した彩乃にびっくりする塔子。
彩乃は慌てて誤魔化すと、塔子はとても不思議そうに首を傾げたのだった。

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