第126話「祓い屋の名取」

「やあ名取、わざわざすまんな。」
「お久しぶりです。」

夜の20時頃。とある池の前で二人の男達が待ち合わせをしていた。
そのうちの一人は彩乃のよく知る人物、名取周一だった。
名取がやって来ると、男は被っていた帽子を取り、にこやかな笑みを浮かべる。
見た目六十過ぎといった感じの老人は、口元のシワを濃くして笑った。

「はは、ご活躍のようだな。早速で悪いが仕事の話だ。三隅地方のある地主に妖事で困っていると泣きつかれてな。お前さんならどうにか出来るかと話を持ってきたんだ。『月分祭』と言う祭りを知っているか?まあ何処にでもある豊作をかけて勝負事をする類いの祭りで、豊作の神とされる『豊月神』と地枯らしの神とされる『不月神』の二神を模した村人が神の代行として勝負をし、豊月神側が勝ちの舞を舞って、豊作を願う……という十年に一度の祭りだったらしい。」
「――ええ。確か古い祭りで今はもう行われていないと聞いたことが。」
「その通り。しかしどうやら妖達は気に入ってしまったのさ。人が勝負に代行だと言って始めた祭りだが、当の両神様が人の行わなくなった勝負を十年に一度寄り合って繰り返しておられるらしい。」
「そりゃまた酔狂な。」
「のんきだな。言っただろ、不月神が勝てば不作になる。三隅の山が枯れる。」
「……」
「それでほうっておけず、地元の呪術師が調査してみたところ、三隅の小物妖達が妙なことで騒いでいるらしい。いつも祭りの一月前には両神様とも三隅の山に姿を現すのだが、豊月神がまだ姿をお見せにならぬと……」
「それはまさか……」
「ああ。どうやら見境のない祓い人が異形だからと何処かに封じてしまったらしい。このことが不月神に知れれば豊月神は不戦敗となり、三隅の地は約十年草木が枯れた地になるだろう。だから名取。祭りが終わるまでに豊月神を探し出してもらいたい。」
「――祭りはいつです?」
「明日だ。」
「明日!?」
「ホイ、これ資料ね。」

そう言って老人は名取に封筒を手渡す。
それを受け取りながら名取は急な仕事に冷や汗を掻いた。

「……それは、厳しいですね。」
「だろうな。だから見つけ出すのが間に合わぬ時は、最終手段を取ってくれて構わぬよ。」
「最終手段?」
「ああ。不月神を封印する。」
「なっ!?神を封じるなんて……!」
「勿論容易いことではないだろう。万が一封印に失敗でもしたら祟りを受けかねない。だから今回だけ、『彼等』に協力を頼むことにした。」
「彼等?」
「花開院家の陰陽師さ。」
「!!」

老人の言葉に驚く名取。
祓い屋と陰陽師は昔から商売敵として仲が悪く、協力など滅多にしない。 
そんな彼等と手を組むということは、今回の仕事はそれだけ危険だということなのだろう。
当然だ。神祓いなど人には荷が重すぎるし、下手をすれば命を落としかねない。

「神殺しなど、陰陽師でもなければ難しい。我々は封印は専門であっても、討伐は専門外だからな。」
「……あくまでも不月神の討伐は最終手段ですよね?」
「ああ。だが、万が一ということもある。彼等と協力して必ず成功させてくれ。」
「……わかりました。」
「花開院家の者には明日、三隅山に来るように言ってある。では頼んだよ、名取の若様。」

そう言って老人は帽子を深く被り去って行った。
名取は老人から渡されたメモを見つめながら、それをグシャリと握り締める。

「……お請けになるのですか?主様。」
「――ああ。やってやるさ。」

そう決意する名取はとても険しい表情をしており、柊は心配そうに名取の隣に寄り添うように立った。

「――三隅の山の向こうは夏目の住む町ですね。」
「え?……ああ、そうだな。彩乃の部屋の窓から見える山だろうか……」

そう呟く名取はどこか儚げで、今にも消えてしまいそうな気がした。

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