第127話「トラブル」

翌日、名取は全ての式を連れて三隅山を訪れた。

「とりあえず来てみたが……さてどうするか。」

あまりにも難易度の高い今回の依頼。
名取は何から始めようかと小さくため息をついた。

「お前達はこの辺の妖から情報を集めてくれ。私は祭りの行われる廃寺前の原っぱへ行ってみる。」
「はい。」
「主様を一人にはできぬ。柊、お前がお守りしろ。」
「――ああ。」
「構わない行け!」
「!、しかし」
「時間がないと言っている。私に従えないのか。」
「……戦力は近場に置いておく方が事が運びやすいものです。お一人の方が不便というもの。」
「――それは……」
「作戦会議は終わりましたか?」
「!?」

中々自分の指示に従わない柊に苛立ちを感じる名取だったが、柊から正論を言われて、言葉に詰まった。
そんな時、不意に第三者の声がして名取はハッとしてそちらに視線を向けた。

「……どうも。会合以来ですね、名取さん。」
「……花開院家から派遣された陰陽師は君だったか……」

名取に声を掛けてきたのはゆらの実の兄である花開院竜二だった。

「今日はよろしく頼むよ。」
「ええ。……もっとも俺が動くことになるのは最後の手段ですけどね。」
「……そうであることを祈るよ。」

微笑む名取の目は笑っていなかった。
どこか緊張感の漂う空気が二人を包む。
そんな空気を壊すようにザワリと辺りの妖達が騒ぎだした。

「下にー下にー」
「――おお、おい見ろ。不月神のご一行だ。」
「ついに原っぱへ向かわれる。」

名取と竜二が茂みに身を潜めて顔を覗かせると、そこには漆黒のお面と同じく黒い着物に身を包んだ不月神がいた。

「――あれが不月……」
「まずいな。豊月神がいないことがバレるのは時間の問題か……」

竜二と名取の焦る気持ちとは逆に、妖怪達は楽しげに話をしていた。

「いやぁ、美しかった。ついに祭りが始まるか。両神様が原っぱに着いて廃寺の大鈴が鳴れば祭りの開始じゃ。」
「しかし……豊月様のお姿がまだ見えぬらしい。心配じゃ……もし不月様が勝てばこの山はどうなるのか……」
「――いや、同じく原っぱに向かわれる豊月様一行を見かけたと鳥達が言っていたぞ。」
「「!!」」

妖怪達が豊月神を見たという言葉に息を飲む名取と竜二。

(――どういうことだ?豊月が封印されたというのはデマか……?)
「おお見ろ!」
「下にー下にー」
「なんと豊月様!?」
「良かった。豊月様がいらっしゃたぞ!」
「「……」」

しゃらんしゃらんと軽やかな鈴の音色を奏でながら白い一行が名取達の目の前を横切っていく。
白い面に純白の着物。美しく着飾った豊月神とその下僕達が原っぱに向かって行進していく。

「牡丹の冠に鹿角の面ということは……あれが豊月様。」
「おお……こんなお近くでなんて……初めて見た。」

予想外の豊月神の登場に呆然とその様子を見送っていた名取達だったが、じっと豊月神を見つめていると、不意に豊月神と目が合った。

「あっ、やばっ!!」
「……ん?あ。」
「「……」」 
「下にー下にー」

そして豊月神が去った頃、名取は静かに柊に尋ねた。

「……柊。」
「はい。」
「……今、彩乃にそっくりな妖が……」
「いえ、あれは夏目です。ブタ猫もおりました。」
「……」
「……何やってんだあいつ……」

呆れたように呟く竜二の言葉に、名取は思わずこめかみを押さえた。
そうなのである。
豊月神と思われた神は実は彩乃で、何故ここにいて、豊月神の偽者なんてやっているのかなど、名取はひとつしか理由が浮かばなかった。

(……また妖に巻き込まれたな……)

お人好しな友人の心配をすると、そのうち胃に穴が開きそうだなと、名取は苦笑するしかなかったのであった。

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