第131話「柊の優しさ」

彩乃が壺から放たれた妖を探していた頃、名取と竜二は会場の原っぱから離れた丘の上で大鈴の音色を聞いていた。

「――大鈴の音……祭りが始まった。夏目様が身代わりを受けてくださらなければこの時既に負けが決まるところでした。」
「――勝負がつくまでに豊月を探す時間ができたって訳か。」
「はい。急いで探さねば。」

名取達の元に白笠の一人が残り、豊月神を探す手伝いをすることになっていた。
名取は白笠に冷たい視線を送りながらも話し掛けた。

「一つ確認があるんだが、豊月神は本当に封印されたのか?」
「……どういう意味でございましょう?」
「封印されたのって一体いつのことだい?随分土壇場な行動じゃないか。もっと早く動くことも出来たんじゃないか?」
「……」
「――彼女の霊力の強さや人の良さに漬け込んで何か善からぬことでも企んでいるんじゃないかと思ってね。本当は豊月神はいなくなったんじゃないのか?時の信仰の薄れで力も衰え、祓い人に祓われてしまったか、黒衣達が言ったようにこの山やお前達が面倒になりこの地を捨てて去ったか……残され困ったお前達は彩乃を連れてきて騙し、本物の豊月神に仕立てあげるつもりではないだろうな。」

鋭い視線を白笠に向ける名取は、静かに、けれど確実に怒っていた。

「――成る程、それは名案ですな。」
「!」
「ふふふ。失礼、冗談でございます。しかし豊月様が封じられたのは本当で……三年前の事です。」

そして白笠は語り始めた。
白笠達が豊月神を探すのがこんなにもぎりぎりになったのは、自分達が思い違いをしていたからだったのだと…… 
――月分祭で勝った神は森深い奥にある祠を宿とし、山や里を次の月分祭が始まるまでの10年間見守っていくのだという。
名取が言ったように数十年前から人々の信仰は薄れ、面白味のない日々を豊月神は送っていたようだ。
そんな時、断りもなくろくに知らぬ祓い人が腕試しのつもりで森に入り、たまたま見かけた豊月神を封じてしまったのだ。
豊月神を封じた石はこの山の何処かへと飛んで行ってしまい、白笠達は慌てて探し回ったが見付けられなかったのだと言う。

「しかし……封じたのは下級の祓い人。子供騙しのような簡易な封印のようでした。あの程度の封印を解けぬ御方ではないのです。それ故、祠で山を守るのに飽きてしまわれていて、暫くは封印の中でお休みになり、また楽しい祭りが始まる頃にはきっと姿を現してくださるだろうと……祠をお守りしながら我々は待ってしまったのです。」
「「……」」
「豊月様が戻られたら祭りは今回を最後に致しましょうと。役目を終えたらまた旅にでも出ましょうと申し上げるつもりでおりましたが……ああ、確かに貴方が言うように、もうとっくに封印など破ってしまって、この地を去ってしまわれたのかもしれない。」

そう語る白笠はどこか寂しげで、話を聞いていた柊は彼を励ますように言葉を掛けた。

「――しかし……しかし、去ったとは限らぬのだろう?思わぬ程封印もきつく、お前達の助けを待っているのかもしれない。お前達を残して去るような主だったのか?仮にも仕えようと心に決めたのなら、主を信じろ。」

柊の言葉は白笠の心に届いたのだろうか? 
名取と竜二は黙って二人の様子を見守り、竜二は何かを考えるように柊達を見ていた。

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