第130話「開始」

雲一つない晴天。
勝負会場の原っぱには既に多くの妖怪達が集まっていた。
そんな場所に豊月神に扮した彩乃は神輿に乗ってやって来た。

「豊月様だ。豊月様がお着きになったぞ!」
「おお……」
(ここが祭りの会場……こんな所で人間なんだとバレたりしたら……) 

想像して嫌な汗が首筋を伝う。
不安になった彩乃は隣にいるニャンコ先生に小声で尋ねた。

「名取さん達は大丈夫かな?ねぇ先生……」
「おお?豊月様の御輿の上に丸い子豚が……」
「何だあの白くて餅のような珍獣は……」
「プープー」
「……」

散々な言われように、普段のニャンコ先生なら絶対にキレていたと思う。
しかし現在当のニャンコ先生は花提灯を出しながらイビキをかいて眠っていたのだ。
その様子に呆れてものも言えない彩乃。
会場に着くと、既に不月神とその一行は到着していた。

(あれが不月神……)

その時、太鼓の音が鳴り響いた。

「両神様、よくぞ三隅の山へお越しくださいました。今宵の勝負にてこの山の祠に就いて治めて頂くお方を決めさせて頂きます。占いましたところ今回の勝負は『狩り』この壺より飛び出します獣を先に捕まえた方が勝者と致しましょう。」
(狩り……)
「宜しいか。では……始め!!」
ドンッ!
ゴオッ!
「わっ!」

始まりの掛け声と共に審判の妖は壺の蓋を開けて中に入っていた妖を開放した。
壺から開放された『何か』は勢いよく空へと飛び出し、山の何処かへと姿を消した。

ごろーん、ごろーん 
「大鈴が鳴った。」
「おお、月分祭の始まりだ!」

大鈴が鳴るのが月分祭の始まりの合図。
漸く始まったお祭りに、妖達は歓喜の声を上げた。

「勝負だ。豊月神。」
ビュン! 
「不月様に続け!」
「負けんぞ豊月神!」
「……」

不月神は一瞬だけ彩乃を見ると、一言だけ言って空へと飛んで行った。
後に続くように黒衣達も原っぱを後にしていく。

「おお、不月様一行が行ったぞ。」
「風のようだ!」
「……っ」
(壺から何が出たかさえ見えなかったーー!)

もしも自分が妖怪だったなら見えていたのだろうか。 
人の身ではあの壺の中に潜んでいた『もの』さえも目視できない。
それでも勝たなければ……

「豊月様。」
「――ええ、行こう!」

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