第133話「神殺し」

川に落ちてしまった彩乃と竜二は、滝に流され上流からだいぶ下流の方へと流されてしまった。
川の流れには逆らえず、水の流れが緩やかな下流まで竜二は掴んだ彩乃の腕を放さず、川に落ちた衝撃で気を失った彩乃を抱えながら岩場まで泳いだのであった。

「――おい!しっかりしろ!!」
「――っ、げほっ、ゴホゴホ!!」

なんとか陸に上がった竜二は、気を失った彩乃の頬を叩いて起こそうとする。
すると、あまり水を飲んでいなかったのか、彩乃はすぐに意識を取り戻した。
少し飲んでしまった水を苦しそうに噎せながら、彩乃はなんとか荒い呼吸を整えようとした。

「――ごほ、はあはあ。」
「おい、大丈夫か?」
「……はい。花開院さんは大丈夫ですか?」
「ああ。」
「……獣は?」
「……逃げたみたいだな。」
「――良かった。すぐに戻らないと。名取さん達が心配だわ。」
「待て、お前怪我を……」
「大丈夫ですから早く……!」
「……落ち着け。名取さんだって祓い屋なんだ。自分の身の守り方くらい知ってんだろ。だからまずはお前が息を整えろ。」
「……」

竜二に言われて、自分がひどく焦っていた事に気付く。
まずは呼吸を整えようと、彩乃は深く深呼吸した。

「――ありがとうございました。花開院さん。」
「……別に。それよりも歩けるか?」
「はい。」

彩乃はゆっくりと立ち上がると、水を吸って重くなった着物の裾を絞った。
絞ったことで水が地面に小さな水溜まりを作る。
全身が濡れて気持ち悪いが、彩乃は今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

「上流へ急ぎましょう。川沿いに行けば合流できるかもしれない。」
「ああ。あちらもきっとこっちへ向かってるだろうな。」

竜二と彩乃は名取達と合流するため、川の上流に向かって走り出した。
絞って少しだけ軽くなったとはいえ、水を吸った着物が体にべったりと張り付いて、思うように走ることができない。

「……はあはあ……あの……花開院さん。」
「――何だ。」
「一つだけ訊いてもいいですか?」
「質問による。」
「花開院さん達が受けた今回の依頼って、飽くまでも豊月神を探すのが目的なんですよね?」
「……何が言いたい?」
「…いえ、以前名取さんから陰陽師と祓い屋は滅多に協力しないと聞いていて、それに、陰陽師は妖を討伐するのが専門だと聞いていたので……」
「まるで最初から不月神を祓うのが本来の目的で、その為に俺達(陰陽師)と祓い屋が手を組んだみたいってか?」
「っ!?」

考えていたことを言い当てられ、息を飲む彩乃。

「お前の考えている通りだよ。祓い屋の連中が考えそうな汚ねぇ手段だ。花開院家に今回の依頼がきたのは昨日だったんだ。とても間に合わない土壇場での依頼だった。」
「昨日!?」
「豊月神探しってのは飽くまでも建前で、元より不月神を討伐することが今回の依頼の本命なんだ。名取さんと俺達花開院家は、十年毎に訪れる憂いを祓うためにていよく神殺しなんて恐ろしい所業を押し付けられたんだろうな。」
「そんな!花開院さんはそれをわかってて今回の依頼を受けたんですか!?」
「――ああ。」
「……どうして……」

祓い屋に面倒事を押し付けられたとわかっていて何故受けたのか。
彩乃の呟きに竜二は前を見据えながら答える。

「どの道誰かがやらなきゃこの山は枯れる。だったらやるしかねぇだろ。」
「……そうかも、しれませんね……」

花開院さんの本心はわからない。
けれど、三隅の山を守ろうとしているのだけはわかった。
二人が不月神を祓うことが目的で今回の依頼を押し付けられたのなら、尚更二人に神殺しなんてさせる訳にはいかない。

(……やってやる。)

自分達に出来る限りのことを――

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