第144話「夏目、受け入れられる」

「――あの娘……拳ひとつであの斑を倒したぞ。」
「ほう。なんて霊力の高さだ。」
「……(やっ……やってしまったーー!!)」

成るべく穏便に事を済ませる為に大人しくしていようと決めていたのに、ついいつもの癖でやってしまった彩乃。
これでは余計に妖達から怒りを買ってしまうのではと、青ざめる彩乃だったが、事態は以外な方向へ向かう。

「お前、人間のくせに中々やるな!」
「人の子の身で妖怪を倒せるなんて見直したわ。強いのね!」
「ほう。よく見たら中々美しい見た目をしている。それでいてあの強さとは……いやはやあっぱれだな。」
「えっ?えっ?」

先程までの張り詰めた空気はどこへやら。
何故か先生を倒したことを次々と称賛され、彩乃は戸惑う。
その時、ずっと様子を見守っていたイタクが赤河童の前に出た。

「――む?どうしたイタク。」
「赤河童様。どうかこの娘をこのまま里の外へ出してやって欲しい。頼む。」
「お、おい。あのイタクが頭を下げたぞ。」
「何で人の子の為に?」
「……イタク……」

赤河童に頭を下げて彩乃を解放してやって欲しいと頼むイタクの姿に、普段の彼を知る遠野妖怪たちはひそひそと小声で噂する。

「どうしたイタク。お前がそのように頭を下げるなど。その人の子の娘はお前にとってそんなに大事なのか?」
「ああ。こいつには命を救われた恩がある。だから赤河童様、頼む!」
「うーむ……」
(……どうして……どうしてイタクはここまでしてくれるんだろう。命の恩人って言ってたけど、私は彼のことを覚えていないのに……)

真剣な表情で赤河童に何度も頭を下げるイタクの姿に、彩乃はとても申し訳ない気持ちになった。
あまりにも必死に頼み込んでくるイタクに、赤河童は困ったように腕を組んで考え込む。

「うーむ、本来なら無事に帰すわけにはいかぬが……まあ良いじゃろう。斑の友人のようじゃし、何よりもイタクがここまで頼むのじゃから、悪い人間ではないんじゃろう。人里に帰してやる。」
「宜しいのですか赤河童様!?」
「いいんじゃいいんじゃ。それにワシは強い者は好きじゃからな。人の子のくせに斑程の妖怪を拳ひとつで黙らせたこの娘を気に入った。娘。気が向いたらまたこの遠野の里に遊びにくるといい。お前さんならワシは歓迎するぞ。」
「えっ……あ、ありがとうございます?」
「ちょっ、赤河童様、流石にそれは……」
「それにこの娘がこの隠れ里に迷い込んでしまったのは、斑のせいじゃしな。」
「何ー!?」

赤河童の言葉に見に覚えがなかったのか、ニャンコ先生が驚いたように大声を上げる。
それに赤河童は呆れたように苦笑すると言った。

「何じゃ気付いとらんかったのか?お前さんの強い妖力が無意識にこの隠れ里の畏れを断ち切り、一緒にいたその娘もこの里に迷い込んでしまったんじゃよ。」
「えっ、それじゃあ……こうなったのはニャンコ先生のせい?」
「まあそうなるな。」
「「……」」
「……う、うにゃ〜ん。」
「先生……後で覚悟しておいてね?」

にっこりと黒い笑みを浮かべる彩乃の目は笑っているのに笑っていなかった。
そんな彩乃の言葉にニャンコ先生は冷や汗を垂れ流しながら、決して彩乃と目を合わせようとはしなかったという。

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