第145話「畏れ」

イタクのお陰で何とか無事に外に出して貰えることになった彩乃。
出口までイタクが案内してくれると言うので、彩乃はお言葉に甘えて連れていってもらうことにした。

「……で、何でお前等も着いてくるんだよ!」
「いーじゃねぇか。イタクがあんなにまで人間の女を庇うなんて初めてだし、気になるんだって。」
「そうよね。私もびっくりしちゃったわ。彼女、あなたの命の恩人だって言ってたわよね?二人はどういう関係なの?」
「お前等には関係ねーだろ。」

イタクと彩乃に着いてきたのは淡島と冷麗、それに雨造と紫だった。
四人共、初めて見た人間の少女の為にあんなに必死になるイタクの姿に驚き、そしてその原因である彩乃に興味津々のようであった。

「えっと、どういう関係と言われても……」
(どうしよう。イタクは私を知ってるみたいだけど、私はイタクのこと全然覚えてないんだよね……)

あんなに良くしてもらったのに何とも薄情だと思うが、彩乃はどうしても思い出すことが出来なかった。

(――思い出したいな……)

自分は何を忘れてしまったんだろう。
イタクはこんなにも自分に必死になってくれた。
せめて、彼のために思い出したいと思った。

******

暫く森を進むと、彩乃達は川に出た。
あまりにも険しい道のりだった為、ここまで来るのにイタクに背負われてやって来た彩乃。
川に辿り着くと、イタクはそっと彩乃を下ろした。

「この川の先が出口だ。」
「ありがとうイタク。ごめんね。運んで貰って……重かったでしょ?」
「別に。お前みたいな細っこくて羽根みたいに軽い奴を運ぶのなんて大したことない。」
「そ、そう?ありがとう。」

さらりと何てことのないように言われ、彩乃は照れてしまう。
そんな彩乃の様子に気付くこともなく、イタクは唐突に鎌を取り出した。

「……イタク?」
「この里の畏れを断ち切るんだよ。そうしなきゃこの里からは出られねぇ。」
「――ねぇ、その『畏れ』って何?結界みたいなもの?」
「違うわ。畏れは妖怪の本質。能力みたいなものね。」
「うーん?よくわからないわ。」
「まあ、人間には説明してもわかんねぇって!」
「うりゃ!」
ザシュ!! 
「!、景色が……変わった!?」

イタクが勢いよく鎌を無空に降り下ろすと、突然そこだけ空間が裂けた。
そして次の瞬間には川にいた筈の彩乃達は、山の中に立っていた。

「すごい……どうなってるのこれ……」
「さっきまで私達がいた川は妖怪の世界で、人間には見えないの。イタクは人の世界と妖怪の世界の境界線を断ち切ったのよ。」
「人間にはここから先はいくら進んでも山にしか見えないし、絶対に隠れ里には辿り着けない。だけど私達妖怪にはこの先が川になってるのよ。ケホケホ。」
「つまり……幻ってこと?」
「そういう事ね。」
「……へ〜、妖ってそんなこともできるんだ。」
「これくらい妖怪ならできて当たり前だぞ。」
「そうなの……ん?」

彩乃が感心した様子で辺りを見回していると、足下から声がして彩乃は下を向いた。

「キュウ。」
「……鼬?……まさかイタク!?何で!?」

彩乃が驚くのも無理はない。
ついさっきまで少年の姿をしていたイタクが、何故か小さくて愛くるしい鼬になっていたのだ。

「ええっ!何で鼬になってるの!?」
「鎌鼬だからな。」
「イタクは昼間は小さな鼬になっちまうんだよ。俺も今は男だが、夜になると女になるんだぜ。」
「ええっ!!」
「お、いい反応だな。」
(――妖って、本当に何でもありだな……)

今までも沢山の妖に出会ってきたつもりだったが、自分の常識を遥かに越える妖の奇妙な体質に、彩乃は乾いた笑みを浮かべるのであった。

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