第146話「拒絶」

「――まさかイタクが鼬になっちゃうなんて……それにしても……可愛い!!」
「人間の女は小さいものが本当に好きだな。……おいやめろ撫でるな。抱っこするな!」
「ごめん。でも可愛くて……!」
「謝りながらも頬擦りするのはやめないんだな。よかったじゃねーかイタク。モテモテだな。」
「淡島てめー。元に戻ったら覚悟しとけよ……」

小さくて可愛らしい鼬姿のイタクをすっかり気に入ってしまった彩乃は、イタクを撫で回しながら満足げに笑っていた。
そんな嫌がりながらもあまり抵抗しないイタクに、淡島はからかうようににやりと笑うのだった。

「見つけたぞ、小娘ぇ〜!!」
「うわぁ!!」

イタクをからかいながら楽しげに会話をしていると、突然誰かの声がしたかと思えば、彩乃は何者かに飛び付かれた。
突進するかの如く勢いよく押し倒されて、彩乃は持っていた鞄を落としてしまった。

「人の子……喰う……うまそう……」
「う……あんた……さっきの……あやか……し……」
「彩乃!」
「邪魔するな!!」
パシッ!
「キュウ!」
「イタク!」

突然彩乃を襲ってきたのは、昼間に彩乃を追ってきた一つ目の妖だった。
大きな両手で彩乃の首をキリキリと締め付けると、彩乃は苦しげに唸る。
そんな彩乃を助けようと、無謀にもイタクは鼬の姿で一つ目の妖怪に飛び掛かった。
しかし、いとも容易く手で払われてしまい、イタクは地面に落ちて倒れ込んでしまう。
倒れたままピクリとも動かないイタクに、彩乃は焦りを感じた。

「……イタ……ク……」
「人の子……うまそう……ぎゃあああ!!」
ピキピキピキ
「――私達の前でその子を襲うなんていい度胸ね。……死んで詫びなさい。」

一つ目の妖怪が彩乃を食べようと大きく口を開いた瞬間、一つ目は突然断末魔を上げて苦しみだした。
そして次の瞬間には一瞬にして氷漬けになったのであった。
驚いて視線をさ迷わせると、とても冷たい眼差しで一つ目を見据える冷麗の姿があった。
冷麗はそっと一つ目に息を吹き掛けると、氷は瞬く間に粉々に砕け散った。

「あ……」
「大丈夫?怪我はない?」
「え、ええ。……あっ!イタク!!」
「俺なら大丈夫だ。」
「――って、血が出てる!怪我したの!?」

彩乃は目の前で妖が殺されたことに胸を痛めたが、すぐにイタクのことを思い出して彼の元へ駆け寄った。
するとイタクの体は傷だらけで、足からは血が流れていた。

「大変!早く手当てしないと!!」
「放っておけ。そんなの唾つけときゃ治るさ。」
「そんな訳ないでしょ先生の馬鹿!イタク、ちょっと見せて!」
「お、おい!大丈夫だって!」
「いいから!」

彩乃は平気だと言って怪我を見せようとしないイタクを無理やり抱き抱えると、持っていたハンカチを足に巻いてやった。

「――これ、応急処置だから。確か鞄に救急セットが入ってたから、すぐに消毒して包帯を……」
『――イタチさん、死なないで!』
「――え?」
(……今、何か思い出しかけた?)

一瞬、何かを思い出しかけた気がしたが、彩乃はそんなことよりもイタクの手当てが先だと慌てて鞄を拾おうと立ち上がった。

「おい、鞄ならここに……あれ?何か落ちたぞ……」

淡島が彩乃の鞄を拾い上げると、鞄から帳面の様なものが落ちた。
それを淡島が拾うと、彼はその帳面を見て顔色を変えた。

「――『友人帳』?おい、まさかこれって……」
「――っ!あの『友人帳』か!?」
「あっ!それは……!」

淡島が拾った帳面は、『友人帳』だった。
彩乃はそれに気付いて慌てると、淡島から取り返そうと慌てて手を伸ばした。

「返して淡島!それは大切な……!」
「妖怪の命を縛る絶対服従の帳面があるって噂は知ってたが、まさか本当にあるなんてな……」
「これはお前が作ったのか?妖怪を服従させるなんてふざけたもん。俺達遠野妖怪に喧嘩売ってやがるぜ。」
「違っ!それは祖母の大切な友人達の……」
「――友人?ふざけんじゃねぇ。命を縛っておいて、何が友人だ!」
「あなた、まさか遠野に来てまで妖怪から名を奪う気なのかしら?だとしたら生かしておくわけには……」
「――お前等待てよ。」
「――イタク?こいつを庇うのか?」

誰かの下につくことを嫌う遠野の妖怪にとって、友人帳の存在は決して許せないものだ。
淡島達から冷たい視線を向けられ、責められる彩乃を庇ったのは、やはりイタクだった。

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