第177話「千羽様」

彩乃が病院に戻った時、雨はまた降りだしていた。
そんな時、彩乃は雨の中傘も差さずに病院を抜け出す車椅子のお婆さんを見かけた。

「――あのお婆さん……」
「どうした彩乃?入らんのか?」
「なんか気になる……ちょっとついていこう。」
「おい!」

彩乃はお婆さんから何かを感じてついていくことにした。
たった一人で森の中に入っていくお婆さんの後を追うべく走り出した。

「――お婆さん。」
「……あら……」
「こんな雨の中傘も差さずに何処に行くんですか?」
「……孫が……危ないのよ……だから千羽様にお願いしに行くの。」
「……千羽様?」
「ええ。この先に祠があって、そこに千羽鶴をお供えすると病気の治りが早くなるの。ここ最近は入院してお参りに行けなかったんだけどね……今は……夏実が……」
「……お婆さん、良かったら私も一緒にお参りに行ってもいいですか?」
「あら、貴女も?」
「私の友達も、今苦しんでるんです。だから……あ、でも、千羽鶴がない……」
「まあ、そうなの。大丈夫よ。千羽様は優しい神様だから、真剣にお願いすればきっと叶えてくれるわ。一緒に行きましょう。」
「……はい。」

そして彩乃はお婆さんと一緒に千羽様の祠に行くことになった。
森を少し進むと、そこには寂れたボロボロの小さな祠があった。

「……こんなにボロボロになってしまって……」

お婆さんは悲しそうにそう呟くと、車椅子から降りようと体を浮かせようとした。
それに彩乃は慌ててお婆さんを支えてやる。
お婆さんは小さく「ありがとう」と言うと、車椅子から降りて草むらに膝をついて手を合わせた。

パンパン
「千羽様、千羽様。お久しぶりでございます。いつぞやはお世話になりました。ここ最近はお参りも出来ず申し訳ありませんでした……また……孫を……あの子をお救いください。あの子が自分で折った千羽鶴だけど……あの子を……助けてください。」
「お婆さん……」
「おい、彩乃。」
「――ん?」
「上を見ろ。」

ニャンコ先生に言われて上を見ると、そこにはとても小さな妖がお婆さんを見ていた。
彩乃はこんな所に妖がいることに驚いたが、もしやとある考えが浮かび、妖と話をするため、お婆さんに寄り添うニャンコ先生に傘を渡すと、彩乃はそっとお婆さんから離れた。

「あの……もしかしてあなたが千羽様ですか?」
「!、お主……私の姿が見えるのか!?」
「はい、見えます。あなたが千羽様ですよね?」
「そうだ。私が千羽……ここの土地神だ。」
「良かった。あなたなら病気の人を治せると聞きました。もしそれが本当なら、呪われた人も救えますか?」
「――呪い?もしや……ひばり殿の孫のことか!?」
「ひばり?それよりも、鳥居さんを知ってるんですか?」
「あそこにいる老婆だ。彼女は鳥居ひばり殿……夕方私の祠にお参りに来て、妖に呪われてしまった娘の祖母だ。」
「鳥居さんの……お婆さん!?」

思わぬ偶然の出会いに驚く彩乃。
しかし、それならばと彩乃は千羽に頼んだ。

「彼女達と知り合いならどうかお願いします。鳥居さんを助けてください。」
「それは……無理だ。」
「!、どうして……!」
「土地神の力は信仰によって変わる。この祠にはもう何年も人がお参りに来ていない……故に私はこんなにも縮んでしまった。今の私には人を助ける程の力がないのだ……」
「あ……」

千羽の言葉を聞いて、彩乃はかつて出会った土地神のツユカミのことを思い出した。
彼もまた、人々から忘れられ、信仰されずに消えてしまった土地神だった。

「そんな……」
「――すまぬ。だが、娘を蝕んでいた呪いは解けているようだ……」
「え……そっか!リクオくん達が上手くやったんだ!それなら……」

喜ぶ彩乃を見て、千羽は何故か悲しげに顔を俯けて黙り込む。

「いや……それはわからない。呪いは確かに解けた。だが、あの呪いは体を蝕む。呪いが解けてもあの娘自身がどれだけ保つか……」
「そんな!じゃあ鳥居さんは助からないの!?」
「……私に力があれば……」
「――どうすればいい?」
「――え?」
「どうすればあなたの力を取り戻せるの?」
「……私の力は人の想いの力……人が心からその者を救いたいと願う心だ。」
「……そっか。ありがとう。」
「?」

彩乃は千羽に礼を言うと、お婆さんの隣に跪いて祠に手を合わせた。

「千羽様、千羽様。どうか、どうか鳥居さんをお救いください。祈ることしかできないけど……それで彼女が助かるなら……どうかお願いします。お婆さんの大切なお孫さんを助けてください。」
「お嬢さん……ありがとう。」
「娘……」
「ち、お人好しが……」

彩乃と鳥居のお婆さんは、雨の中ずっと千羽様の祠の前で祈り続けたのであった。

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